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【毎日更新中】ぼっちで陰キャの俺が隣の席のマドンナに誤って告白した結果、世話焼き彼女が誕生した‼︎  作者: 黒子丸
1章

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第4話 ぼっち陰キャと高野 由紀

 高野を抱えたまま、龍弥は非常階段を駆け上がっていた。


 目指すのは、先ほどまで自分がいた一年A組の教室だ。


 腕の中の高野は、もう暴れてはいなかった。ただ、制服をつかむ指には、まだ強く力がこもっている。


 突然抱き上げられて混乱しているのか。それとも、先輩に怒鳴られた恐怖が抜けていないのか。


 確かめたいことはあったが、立ち止まる余裕はなかった。


「……揺れるけど、もう少しだけ我慢してくれ」


 高野が、小さくうなずく。


 下の方から、先輩の怒声が追いかけてきた。


「待ちやがれ! 逃げられると思うなよ!」


 足音も聞こえる。しかし、目に入った砂がまだ痛むのか、その速度は龍弥よりも遅かった。


 今なら、引き離せる。


 教室へ駆け込むと、龍弥は高野を自分の席に下ろした。


「どこか、痛いところは?」


『……大丈夫』


 かすれた声だった。


 その返事に、ようやく少しだけ息をつく。


 だが、廊下へ目を向けたところで、龍弥は唇を引き結んだ。


 このまま職員室へ向かうか。


 そう考えても、高野はまだ椅子の上で膝を寄せ、呼吸を整えている。もう一度抱えて走って、途中で追いつかれたら。


 遠くで、先輩がまた何かを怒鳴った。


 龍弥は教室の後ろへ目を向けた。


 ゴールデンウィーク中の清掃に使ったのだろう。隅には、清掃用具とワックスの容器が残されている。


 思いついた方法に、龍弥自身、少しためらった。


 うまくいく保証などない。失敗すれば、相手を余計に怒らせるだけだ。


 それでも、足音は近づいてくる。


「高野。少しだけ、そこにいてくれ」


 龍弥は彼女の席から離れた、入口寄りの床へ薄くワックスを広げた。自分が立つ場所と、高野のいる窓側にはかからないようにする。


 それからスマートフォンを取り出し、録音を始めた。


 画面を伏せ、入口に近い机の上へ置く。


 せめて、何を言われたのかだけでも残しておきたかった。


 教室の入口へ顔を向けたところで、廊下の足音が止まった。


 次の瞬間、扉が乱暴に開かれる。


「テメェ、よくもやってくれたな!」


 先輩は目を赤くし、龍弥を睨みつけていた。


 その視線が、奥にいる高野へ動く。


 龍弥は二人の間に立った。


「高野には、もう近づかないでください」


「無関係のくせに、出しゃばってんじゃねえよ!」


「嫌がってたでしょう。さっきから、ずっと」


 先輩の眉がつり上がる。


「俺が告白した時点で、そいつはもう俺のものなんだよ! お前に何がわかる!」


 龍弥は一瞬、返す言葉を失った。


 本気で言っているのだろうか。


 高野が何を思っているかなど、最初から考えるつもりもないらしい。


「……告白しただけで、相手が自分のものになるんですか」


「ああ?」


「だったら、断る意味がないじゃないですか。先輩は高野の返事を聞きたかったんじゃなくて、言うことを聞かせたかっただけでしょう」


「生意気な口を利くな!」


 怒鳴られ、肩が跳ねそうになる。


 龍弥は、それをこらえた。


 ここで目をそらしたら、先輩の視線はまた高野へ向く。


「振られた腹いせに怒鳴って、泣かせて。それで相手が好きになってくれると思ってるんですか」


「この、ぼっち陰キャが……!」


「それは、まあ、否定しませんけど」


 声が震えなかったことに、自分で驚いた。


「高野が嫌がってることくらいは、俺でもわかりますよ」


 先輩の顔が、みるみる赤くなる。


「もう絶対に許さねえ。親父に言って、お前ら二人とも高校生活を終わらせてやる!」


 背後で、椅子が小さく鳴った。


 高野が身をすくめたのだろう。


 龍弥は振り返らず、先輩を見た。


「……結局、親に頼るんですね」


「テメェ!」


 先輩が床を蹴った。


 拳が振り上げられる。


 わかっていても、怖かった。


 龍弥は息を止め、乾いた床の上で一歩だけ身を引く。


 その直後、先輩の足が滑った。


「なっ――!」


 体勢を崩した先輩が、とっさに手をつく。鈍い音が響き、膝も床へ落ちた。


 龍弥は、ほとんど反射的に動いていた。


 滑る場所を避けて横へ回り、起き上がろうとした先輩の腕を背中側へ押さえる。


「っ、離せ!」


「また殴ろうとするでしょう!」


 思わず、声が大きくなった。


 先輩が身じろぎするたび、押さえる手にも力が入る。


 けんかの経験など、ほとんどない。相手の方が体も大きい。こんな状態で、いつまでも押さえていられるとは思えなかった。


「暴れないでください。俺だって、こんなことしたくないんで……!」


「ふざけやがって……!」


 先輩はなおも腕を動かしたが、すぐには立ち上がれなかった。


 龍弥の額から、汗が落ちる。


 うまくいった。


 そう思うより先に、失敗した場合のことが頭に浮かんでいた。


 足が滑らなければ。


 振り上げられた拳が、そのまま顔へ飛んできていたら。


 今さらになって、背筋が冷たくなった。


「……さっきの話、録音してあります」


 龍弥は、机の上のスマートフォンへ目を向けた。


 先輩の動きが止まる。


「は?」


「高野を自分のものだって言ったことも、親に言って俺たちの高校生活を終わらせるって言ったことも」


「お前……!」


「まだ録ってます。だから、これ以上はやめてください」


 先輩は机を睨み、それから龍弥を見上げた。


 先ほどまでとは、目つきが違っていた。


 龍弥は呼吸を整える。


「手を離します。もう、殴りかからないでください」


 すぐには返事がなかった。


 やがて、先輩が小さく舌打ちする。


 龍弥は腕を解放し、立ち上がって距離を取った。高野のいる方へは通さない位置を保つ。


 先輩は床に座ったまま、押さえられていた腕をさすった。


 その様子を見ながら、龍弥はスマートフォンを取り上げた。


 録音を止め、少し前へ戻して再生する。


『俺が告白した時点で、そいつはもう俺のものなんだよ!』


 教室に、先輩自身の声が響いた。


 続いて流れたのは、親の力で二人を脅す言葉だった。


「……止めろ」


 龍弥は再生を止めた。


 聞き返した自分まで、嫌な気分になっていた。


「今日のことは、先生に説明します。この録音も聞いてもらいます」


「そんなもん、俺が親父に言えば――」


 言いかけて、先輩が口を閉じた。


 龍弥はスマートフォンを握り直した。


「俺も、家に話します」


 相手の眉が動く。


「……綾瀬涼子って、知ってますよね」


「ニュースの……それがどうした」


「うちの母親です」


 先輩が、ぽかんと口を開けた。


 綾瀬涼子。


 かつて全国放送にも出演し、現在は龍弥の地元を拠点に活動しているニュースキャスターだ。


 仕事では旧姓を使っているが、本名は辻涼子。龍弥の母親である。


 父の隆と結婚し、龍弥を産んだのを機に、隆の地元へ移り住んだ。


 先輩の顔から、少しずつ血の気が引いていく。


 その変化に、龍弥は嫌でも気づいた。


 高野が嫌がっていると言ったときには、聞こうともしなかった。


 それなのに、母親の名前ひとつで黙るのか。


「……だからって、ニュースにするとか、そういう話じゃありません」


 言いながら、自分も母親の名前を盾にしていることがわかった。


 今は、ほかに相手を引かせる言葉が見つからなかった。


「ただ、親に言えば俺たちが黙るとは思わないでください。こっちも、一人で抱えるつもりはないので」


 先輩は、何も答えなかった。


 龍弥はそこで、高野へ顔を向ける。


 彼女は椅子の上で、制服の裾を握っていた。


「……高野」


 声をかけると、ゆっくり顔が上がった。


「先生に話すとき、俺も一緒に行く。それで、大丈夫かな」


 高野は少し迷ってから、うなずいた。


『……うん。一緒に、来てほしい』


「わかった」


 龍弥は返事をし、それから先輩を見た。


「あと、高野に何か言うことはないんですか」


 先輩が唇を噛む。


 しばらくして、低い声が落ちた。


「……悪かった」


 高野は、すぐには答えなかった。


 龍弥も何も言わず、待った。


 やがて彼女が、椅子から立ち上がる。


『告白を断ったことを、謝るつもりはありません』


 声は小さかった。


 それでも、教室の中でははっきり聞こえた。


『私は、先輩とは付き合えません。これからも、その気持ちは変わりません』


 先輩が顔をしかめる。


 高野の指が、また制服を握った。


 だが、今度は目を伏せなかった。


『だから、もう私に近づかないでください。龍弥くんにも、何もしないでください』


 龍弥は、思わず彼女を見た。


 自分のことまで、言ってくれるとは思わなかった。


 それに、今。


 名前で呼ばれたような。


「……わかったよ」


 先輩が、吐き捨てるように答えた。


 龍弥は意識を戻し、言葉を継ぐ。


「謝ったから、今日のことがなかったことになるわけじゃありません。先生には、このあと話します」


「わかったって言ってんだろ!」


 先輩が立ち上がる。


 龍弥は身構えたが、相手が拳を上げることはなかった。


 制服についた埃を乱暴に払い、扉へ向かう。


 途中で一度だけ振り返ったものの、何も言わずに教室を出ていった。


 扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。


 聞こえなくなってからも、龍弥はしばらく入口を見ていた。


 やがて、肩から力が抜ける。


「……はあ」


 長い息が漏れた。


「怖かった……」


 口にした途端、膝が少し頼りなくなった。


 机の端へ手をつき、体を支える。


 先輩の前では平気なふりをしていたが、心臓はまだうるさかった。


『龍弥くん……大丈夫?』


「うん。そっちは?」


『私も、大丈夫』


「そっか」


 それだけで、少し安心した。


 高野の顔を見ようとして、途中で目をそらす。


 落ち着いてくると、今度は自分が口にした言葉が気になった。


「……ごめん。怖いところ、見せたな」


『え?』


「わざと怒らせたり、母さんの名前を出したり。あいつが黙ったとき、ちょっと、いい気分になった」


 言ってから、唇を引き結んだ。


 高野を助けたかった。


 それは、本当だ。


 けれど、途中からは自分の腹立たしさも混じっていた。相手が困る顔を見て、もっと言ってやりたいと思った瞬間もある。


「……あんまり、人のこと言えないな」


 床へ目を落とす。


 入口近くのワックスが、窓の光を受けて薄く光っていた。


 これも、片づけなければならない。


 誰かが踏めば、また転ぶ。


「先生のところへ行く前に、床だけ拭かせて。これ、俺がやったってことも説明するから」


 清掃用具の方へ歩き出そうとしたとき、制服の裾が引かれた。


『……待って』


 振り返ると、高野がすぐそばにいた。


 龍弥は、足を止める。


『無茶だったとは、思う』


「……うん」


『転んだのが龍弥くんだったらって、途中で怖くなった』


 その声を聞いて、龍弥は何も返せなくなった。


 高野は、つかんでいた裾をそっと離す。


『でも、助けに来てくれて、嬉しかった』


 彼女の目が、まっすぐこちらを見ていた。


『あの人に逆らったら、もっと怒らせるかもしれないって思って……私、何も言えなくなってたから』


「……そう、だったのか」


『うん。でも、龍弥くんが間に入ってくれて、一緒に先生のところへ行くって言ってくれたでしょう』


 高野は一度、息をついた。


『だから、最後は私も言えたの。付き合えませんって』


 龍弥は、先ほどの彼女の姿を思い出した。


 制服を握りながら、それでも顔を上げていた。


 あのときの声は、確かに震えていた。


 けれど、言葉は最後まで途切れなかった。


『ありがとう。私の代わりに全部決めないで、ちゃんと話を聞いてくれて』


「……俺、そんな立派なこと、考えてなかったよ」


『それでも、聞いてくれたよ』


 高野が、少しだけ笑う。


『だから、さっきの自分のことまで、全部悪く言わないで』


 龍弥は視線を落とした。


 何と答えればいいのか、わからなかった。


 怒鳴られるよりも、こうしてまっすぐ感謝される方が、よほど返事に困る。


「……うん」


 ようやく、それだけ口にした。


 高野は、まだ龍弥を見ていた。


『私ね、男の人って、怖かったの』


 小さな声に、龍弥は顔を上げる。


『勝手に近づいてきたり、断ったら怒ったり……。みんながそうじゃないって、頭ではわかってるんだけど』


 彼女はそこで、少し言葉を探した。


『でも、龍弥くんに抱えてもらってるときは、途中から、怖くなくなった』


「……暴れてたけど」


『最初は、びっくりしたの!』


 高野の頬が赤くなる。


『急に抱き上げるんだもん。顔も近いし……あんなの、初めてだったし』


「そ、それは、ごめん。とにかく離れた方がいいと思って」


『わかってるよ』


 彼女はうつむき、それからもう一度顔を上げた。


『……だから、そのあと。龍弥くんが何かされる方が、怖くなった』


 龍弥は、言葉を失った。


 高野は自分の指先へ目を落とす。


『あの人に向かっていったときも、こっちに戻ってきてくれるまで、ずっと見てた』


 教室の時計が、かちりと鳴った。


 龍弥は落ち着かなくなり、机に置いた手を引っ込める。


 高野が何を伝えようとしているのか。


 少しだけ、わかりそうになっていた。


 けれど、自分に都合よく受け取ってはいけない気がした。


『ねえ、龍弥くん』


「……はい」


 なぜか敬語になった。


 高野の口元が、わずかに緩む。


『さっきの告白の返事、まだしてなかったよね』


「……え?」


 龍弥の思考が止まった。


 告白。


 その言葉を聞いて、五時間目の席替え直後、教室で口にした言葉が一気によみがえる。


 隣の席になった高野へ、自己紹介をした。


 そして、友達になりたいと言うつもりで――。


「あ、あれは、その……!」


 慌てて口を開く。


 しかし、続きを言う前に、高野が背筋を伸ばした。


 彼女も緊張しているのか、両手を前で重ねている。


『私でよければ、付き合ってください』


「…………え?」


『助けてもらったお礼だから、とかじゃなくて』


 高野は、言葉を選ぶように続けた。


『もっと、龍弥くんのことを知りたいの。私のことも、知ってほしい。……そう思ったから』


 龍弥は、ただ彼女を見つめた。


 頭の中で、いくつもの言葉がぶつかっていた。


 待ってほしい。


 自分は今、何を言われている?


 高野が、俺と?


 本当に?


『……だめ、かな』


「だ、だめじゃない!」


 考えるより先に、声が出た。


 高野が目を丸くする。


 龍弥自身も驚いて、慌てて口元を押さえた。


 教室に、短い沈黙が落ちる。


 それから高野が、ほっとしたように笑った。


 さっきまで、あれほど怯えていた彼女が。


 今は、こちらを見て笑っている。


 そのことが嬉しくて、龍弥はますます何を言えばいいのかわからなくなった。


『じゃあ……これから、よろしくお願いします』


「こ、こちらこそ……」


 ぎこちなく頭を下げる。


 高野も同じように頭を下げ、それがおかしかったのか、小さく吹き出した。


 龍弥は、熱くなった顔を上げられなかった。


 床を拭かなければ。


 先生に事情も説明しなければならない。


 やることは、まだ残っている。


 それなのに今は、たったひとつのことで頭がいっぱいだった。


 ――俺に、彼女ができた。


 友達になりたくてかけた言葉は、間違って伝わった。


 その間違いを説明する言葉も、今はうまく出てこない。


 ただ、目の前で嬉しそうにしている高野を見ていると、自分まで頬が緩みそうになる。


 龍弥はそれをごまかすように、もう一度うつむいた。


 ……お母さん、お父さん、静。


 本日、俺に人生初の彼女ができました。

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