第19話 ぼっち陰キャと新たなカップル生活
二人の話が終わり、いざ教室に戻ろうとした龍弥だったが、ふと腕時計に目を落とすと、すでに五時間目も終盤に差しかかっていた。
「由紀。もう五時間目も終わりそうだし、ここで時間を潰していかないか?」
「えっ、そうなの? 全然気づかなかった!」
由紀は驚いたように目を見開いたあと、ふと不安そうな表情を浮かべた。
「私たち、先生に何も連絡してないけど……どうしよう?」
だが、龍弥にはすでに考えがあった。
「安心していいよ。翔に頼んで、休むことは伝えてもらってるから」
そう告げると、由紀はほっと息を吐いた。
「よかった~。さすが龍弥! 仕事が早いね!」
思いがけず褒められ、龍弥は少し照れくさくなった。
「まあ、これくらいはな」
「じゃあ、安心して話していられるね!」
そう言うと、由紀は屋上の床に体育座りをした。龍弥もその隣に腰を下ろす。
そして、龍弥は屋上に来る前から決めていたことを実行することにした。
自分から質問すること。そして、由紀のことをもっと知ること。
「そういえばさ、由紀はどんなことをするのが好きなんだ?」
何気なく尋ねると、由紀は意外そうな顔でこちらを見た。
「えっ、急にどうしたの、龍弥!? 今まで自分からそんなこと聞いてこなかったじゃん!」
「そ、そうだったか?」
「そうだよ!」
由紀はそう言いながらも、龍弥が自分に興味を持ってくれたことが嬉しかったのか、次第に口元が緩んでいった。
「う~んとね。料理をしたり、服の本を読んだりするのが好きかな。あとは、動画アプリでいろんな動画を見てるよ!」
「そうなのか。いや、なんというか……俺、女子の生活って妹のことくらいしか知らないから、なんだか新鮮だな。俺とはずいぶん違うわ」
「そういえば、龍弥ってアニメが好きだよね!」
――爆弾が投下された。
一瞬、思考が停止した。
だが、数秒もしないうちに顔が熱くなっていくのを感じた。
「な、な、なんでそのことを知ってるんだ!? 俺、そんな素振りは見せてないよな!?」
思わず慌てた声を上げてしまった。
そんな龍弥の反応がおかしかったのか、由紀は「ふふっ」と笑った。
「昨日、龍弥の家にご飯を作りに行ったとき、龍弥が食器を洗ってくれてたじゃん? そのときに部屋を見たんだけど、クローゼットが少し開いてたんだよね。よく見たら、アニメのDVDっぽいものがあったから、ああ、龍弥ってこういうのが好きなんだなぁって思ったんだ」
その説明を聞いた瞬間、龍弥の顔から血の気が引いた。
中学時代、アニメが好きだということを打ち明けた相手は、ごく親しい人たちだけだった。
なぜなら、以前、クラスのあまり目立たない男子が友人とアニメの話で盛り上がっているのを見た女子生徒たちが、こんなことを言っていたからだ。
『アニメの話であんなに盛り上がるとか、マジでキモくない? オタク臭がやばいし、同じクラスにいてほしくないんだけど』
その後、その男子は、いわゆるカースト上位の生徒たちにパシリのような扱いを受けるようになった。
その光景を目の当たりにして以来、龍弥は自分の趣味を気軽に人に話せなくなった。
由紀にも、絶対に知られないようにしていたつもりだったのだが……。
青ざめた龍弥の顔を覗き込んだ由紀は、今度は頬を膨らませた。
「龍弥~? なんでそんなに顔が青ざめてるの?」
少し怒ったような声だった。
龍弥が何も答えられずにいると、由紀はさらに問いかけた。
「まさか、私がアニメ好きな龍弥のことを軽蔑すると思ったの?」
「……ご、ごめん。正直、そう思ってた」
「それって、私のことを信じてないってことだよね?」
由紀は悲しそうに目を伏せた。
「さっき、あんなに信じるって言ってくれたのに……ちょっとショックだな」
「ご、ごめんって! ほら、世間一般的に、アニメを見てる人って非難されやすいじゃん? だから、そんなことはないって思ってはいるんだけど、つい不安になっちゃってさ……」
言い訳がましいことは自分でもわかっていた。
それでも、これが今の龍弥の正直な気持ちだった。
「もう、世間一般なんて気にしなくていいの!」
由紀は顔を上げ、龍弥をまっすぐに見つめた。
「私はそんなこと気にしないんだから!」
そして、今度はぱっと笑顔になった。
「それより、今度は私にもアニメのことを教えてよね!」
「……え?」
「だって、龍弥の好きなものをもっと知りたいもん!」
その言葉に、龍弥は思わず目を見開いた。
どうやら、由紀には許してもらえたらしい。
それどころか、自分の好きなものに興味を持ってくれている。
(……俺は、また勝手に決めつけていたんだな)
由紀なら、自分の趣味を知れば軽蔑するかもしれない。
そんなふうに、彼女の気持ちを確かめることもせず、勝手に結論を出していた。
ついさっき、彼女を信じると約束したばかりなのに。
「……ありがとう、由紀」
「ん? どういたしまして!」
由紀は何でもないことのように笑った。
それから二人は、由紀の好きなことや龍弥の趣味について、今まで以上に積極的に話し合った。
互いの知らなかった一面を知るたびに、二人の距離が少しずつ縮まっていくようだった。
やがて――。
キーンコーンカーンコーン。
五時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「それじゃ、教室に戻ろうか」
「うん! でも、あんな感じで教室を出てきたから、また質問攻めにされちゃうね!」
由紀は楽しそうに笑った。
それとは対照的に、龍弥は思わず顔をしかめた。
(マジか……。勘弁してくれ)
できることなら、今すぐにでも帰りたい。
だが、これから由紀と付き合っていく以上、こうしたことも避けては通れないのだろう。
龍弥はそう自分に言い聞かせ、由紀と二人で教室へと戻っていった。
◇
二人が教室に戻ると、それを待ち構えていたかのようにクラスメイトたちが集まってきた。
「どうしたの?」
「何してたの?」
「高野さん、大丈夫だった?」
由紀を心配する女子たちの声が、特によく聞こえてくる。
一方、男子たちの会話に耳を傾けてみると、聞こえてくるのは相変わらずの悪口だった。
「あいつ、授業サボって高野さんと何かしてるとか、調子乗りすぎじゃね?」
「高野さんはああ言ってたけど、やっぱり納得できねぇよな」
「まあ、いずれ別れるのは目に見えてるだろ」
(……はぁ。まだ言ってるのかよ)
龍弥が内心でため息をつく。
隣にいた由紀も、その言葉が聞こえたらしい。眉をひそめ、何か言い返そうと口を開きかけた。
しかし、それよりも先に、一人の男子が二人の間に割って入った。
「お前ら、まだそんなこと言ってるのか? いい加減、呆れるぞ」
翔だった。
いつもの軽い調子とは違い、その声には明らかな怒りが滲んでいた。
「いい加減、諦めろよ。高野はもう龍弥の彼女だろ。……それに、婚約者みたいなもんじゃねぇか。それなのに、まだ何か言いたいことがあるのか?」
翔の勢いに、先ほどまで龍弥を誹謗していた男子たちは一瞬ひるんだ。
だが、そのうちの一人が反論する。
「そ、そう言ってもな、翔! お前だって、この二人は不釣り合いだと思うだろ!」
「はぁ?」
翔は呆れたように眉を上げた。
「いや、どう見てもお似合いのカップルだろ。それに、釣り合いって何だよ」
そして、相手の目をまっすぐに見つめて言い放った。
「付き合ってる二人に必要なのは、互いに好きだって気持ちだろ。そこに、周りが勝手に決めた釣り合いなんて関係ねぇよ。それなのに、外野が不釣り合いだの納得できないだの、いつまでも口を出してんじゃねぇ。……それこそ、カッコ悪いぜ!」
男子生徒は何も言い返せなくなったのか、翔から目を逸らした。
だが、次の瞬間、今度は龍弥を睨みつけた。
(……俺は、本当に庇われてばかりだな)
翔にまで助けられてしまった。
情けない。
けれど、いつまでも誰かに頼りきりでいるわけにはいかない。
(そろそろ、俺も変わらなきゃな)
龍弥はそう決意すると、隣に立つ由紀の肩を抱き寄せた。
「えっ……えっ!?」
突然のことに、由紀が驚いた声を上げる。
その反応に、龍弥はどこか懐かしさを覚えた。
けれど、今はそんなことを考えている場合ではない。
龍弥は集まったクラスメイトたちを見渡し、声を張り上げた。
「由紀の人生は、もう俺がもらった。俺はこの子を、一生かけて幸せにしてみせる!」
一度言葉を切り、龍弥はさらに続けた。
「だから、もう外野は口出しするんじゃねぇ!」
その言葉が教室に響き渡った。
一瞬の静寂。
そして、なぜか女子たちを中心に、ぱらぱらと拍手が起こり始めた。
龍弥は予想外の反応に戸惑ったが、今さら引っ込めるわけにもいかない。
すると、翔が近づいてきて、龍弥の胸を軽く小突いた。
「やっと素直になったか。もう覚悟は決まったみてぇだな」
「ああ。もう覚悟は決まったよ。世話かけたな、親友」
龍弥がそう返すと、翔はにっと笑った。
「なーに、今度メシを奢ってくれれば勘弁してやるよ、親友!」
「……ちゃっかりしてんな、お前」
「ははっ、当然だろ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
だが、その直後――。
「おい、お前ら」
教室の入口から、低い声が響いた。
二人が振り向くと、そこには桂井先生が立っていた。
「青春ドラマをやるのは勝手だがな、もう授業は始まってるんだぞ? お前ら、わかっててやってんのか?」
「「す、すみません!」」
翔と龍弥は慌てて返事をした。
周囲のクラスメイトたちも、先生の存在に気づいて次々と自分の席へ戻っていく。
そんななか、龍弥はまだ由紀の肩を抱き寄せたままだった。
腕の中を見ると、由紀は顔を真っ赤にして俯いている。
龍弥は、そんな彼女に優しく声をかけた。
「……そういうことだから、これからも一緒にいような」
由紀は一瞬だけ顔を上げた。
そして、恥ずかしそうに、こくりとうなずいた。
そのまま龍弥の腕から抜け出すと、逃げるように自分の席へと戻っていった。
「おい、辻!」
今度は先生の怒声が飛んできた。
「これだけ言っても、まだイチャつくとはいい度胸だな! さっさと席に戻らんかぁ!」
「す、すみません!」
龍弥も慌てて自分の席へ戻った。
こうして、ようやく騒ぎは収まった。
席に着いた龍弥は、先ほどの由紀の表情を思い出し、思わず頬を緩めた。
今までの自分なら、こんなふうに人前で気持ちを伝えることなど、きっとできなかっただろう。
それでも、もう逃げないと決めた。
由紀を信じること。そして、自分の気持ちをきちんと伝えること。
それを一つずつ積み重ねていけばいい。
そう考えると、これからの毎日が楽しみで仕方なかった。
――本当の意味で、龍弥と由紀の恋人としての生活が始まろうとしていた。




