第17話 ぼっち陰キャといいやつの理由
「龍弥〜、食堂行こうぜ〜!」
四時間目が終わり、昼休みになった。
今朝約束していたとおり、翔が龍弥を食堂に誘いに来た。
「おう、それじゃあ行こうか」
そう返事をした龍弥は、一度由紀の方を振り返り、目で「それじゃあ」と伝えるように視線を送った。
その意図に気づいた由紀は、笑顔で「いってらっしゃい」と言うように、龍弥に微笑みかけた。
その仕草に、龍弥は思わずドキリとした。
しかし、廊下では翔が待っている。名残惜しさを振り切るように教室を出ると、待たせてしまった翔に一言詫び、二人で食堂へと向かった。
*
食堂へ向かう途中、二人の話題は主にバスケットボールについてだった。
互いのポジションや好きな選手など、バスケに関する話で盛り上がる。
(高校生の青春って、こういうものなのかもしれないな……)
そんなことを考えながら歩いているうちに、二人は食堂に到着した。
昨日は由紀が弁当を作ってくれたため、食堂を利用しなかった。しかし、ほとんどの生徒が昼食に食堂を利用するため、今日も大勢の学生で賑わっていた。
「相変わらず混んでんなー、ここは。先に席を取ってから並ばないか?」
翔がそう提案してきた。
確かに、食事を手に入れても座る場所がなければ困る。龍弥もその提案に賛成し、二人で空いている席を探し始めた。
ところが、見つかるのは一人用の席ばかりで、二人で座れそうな場所がなかなか見つからない。
五分ほど探し回っていた、そのときだった。
「なんだ、翔。席が見つからないのか?」
不意に、翔へ声をかける男子生徒がいた。
そちらを見ると、三人の男子生徒がテーブルを囲んで座っていた。
話しかけてきた生徒は、おそらく同じクラスではない。少なくとも、龍弥には見覚えのない顔だった。
戸惑っている龍弥に気づいた翔が、すぐに紹介してくれた。
「ああ、そうか。龍弥はこいつらと話したことなかったか。紹介するよ。こいつらは隣のB組で、俺と中学が同じだった奴らだ。全員バスケ部なんだよ。
身長が一番高いのが剛、体格が一番いいのが慎二で、龍弥と同じくらいの身長なのが伊織だ」
翔の紹介を受け、三人はそれぞれ簡単に自己紹介をした。
それなら自分も、と龍弥が名乗ろうとしたところで、慎二が先に口を開いた。
「お前、辻龍弥だろ? 高野さんの彼氏の」
「えっ?」
思わず驚いてしまった。
なぜ自分のようなぼっちのことを知っているのだろうか。
そう疑問に思ったものの、すぐに理由に思い至った。
――そういえば、由紀とのことで一躍有名人になっていたんだった。
とはいえ、自分たちの交際を快く思っていない人間もいると聞いている。龍弥は警戒を解かず、三人の様子をうかがった。
すると、翔がその心情を察したように言った。
「龍弥。こいつらは大丈夫だぞ。俺と同じで、他人の幸せを邪魔するような奴らじゃねぇから」
それに続いて、慎二が力強く頷いた。
「安心していいぜ。確かに、あの高野さんが一人の男にあんなにベタ惚れするなんて思わなかったけどな。でも、あんな表情をしている人の恋を邪魔するほど、俺たちは腐っちゃいねぇよ」
その言葉には、裏表のない誠実さが感じられた。
(類は友を呼ぶ、か。いい奴の周りには、いい奴が集まるってのは本当なのかもな……)
龍弥がそんなことを考えていると、今度は剛が口を開いた。
「それより、翔たちはまだ昼飯を食べてないんですよね? 僕たちはもう食べ終わって、これから体育館に向かう予定なんです。よかったら、この席を使ってください」
探し求めていた席を譲ってもらえるらしい。
「ありがとな! ちょうど困ってたんだ。助かるぜ!」
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
翔と龍弥は、それぞれ礼を伝えた。
「おう、困ったときはお互い様だぜ。それじゃ、またな!」
そう言って三人は食器を片付け、食堂を後にした。
二人は空いた席に荷物を置き、ようやく定食の列に並んだ。
それから十分ほど待つと、本日の定食であるチキン南蛮定食を受け取ることができた。
会計を済ませ、席に着く。
朝食を食べたばかりのはずなのに、龍弥はかなり空腹を感じていた。翔と話をしながらも、ついつい食べることに集中してしまう。
結局、龍弥は十分ほどで完食した。
それから少し遅れて翔も食べ終え、二人は食堂を出た。
当初の予定どおり、体育館へ向かうことにする。
*
「そういや、剛たちもバスケするって言ってたな。なあ、龍弥。一緒にやっても大丈夫か?」
歩きながら、翔が尋ねてきた。
「もちろん問題ないぞ。翔の友達なだけあって、あいつらもいい奴っぽいしな。ほんと、類は友を呼ぶってやつだな」
そう答えると、翔は少し照れくさそうに笑った。
「それなら、俺の友達である龍弥もいい奴ってことだな!」
その言葉を聞いて、龍弥は今朝から気になっていたことを思い出した。
「それなんだが、翔。昨日も思ったんだけど、なんでそんなに俺のことをいい奴だって言うんだ? 俺、お前に何かしたっけ?」
そう尋ねると、翔は歩いていた足を止め、こちらを見て笑った。
「それはな、俺がお前が先輩から高野を助ける一部始終を見ていたからだよ」
「……え?」
あまりに予想外の答えに、龍弥は思考が止まった。
「それって、いつから?」
「龍弥が換気扇の後ろから様子をうかがってたときからかな」
翔は当時のことを思い出すように話し始めた。
「その日もバスケ部の体験入部があったんだけど、外周をさせられてな。非常階段の近くにある水道で水を飲んでたら、大きな声が聞こえてきたんだ。気になって様子を見に行こうとしたら、上の階から誰かが静かに降りてきた。だから、ひとまず物陰に隠れて様子を見てたら、その前に龍弥がいたんだよ」
つまり、翔はあの出来事の始まりから、ずっと近くで見ていたということらしい。
しかし、それなら疑問が残る。
「……最初からいたのかよ。だったら、なんで助けに来なかったんだ?」
思わず、少し責めるような口調になってしまった。
「もちろん、初めは止めに入ろうと思ったさ。それに、龍弥がなかなか動かないのを見て、なんで行かないんだとも思ってた」
翔は苦笑しながら続けた。
「でも、龍弥の顔を見たら、何か考えがありそうだったからな。本当にヤバくなるまでは様子を見てたんだよ。そしたら、龍弥が先輩に啖呵を切ったと思ったら、急に転ぶし、先輩の目に砂をかけるし……。もう、何が起きてるのかわからなくなっちまってな」
「……」
「驚いてるうちに先輩も上の階に上がっていったから、俺も後を追ったんだ。でも、途中で見失っちまってな。仕方ないから体育館に戻ったんだよ」
すべてを聞き終えた龍弥は、しばらく呆然としていた。
まさか、あのときの一部始終を翔に見られていたとは。
「……いたんなら、話しかけてくれればよかったのに。二人だったら、あんなダサい方法を使わなくても先輩を追い払えたんだがな」
少し嫌味を込めて言うと、翔は悪びれる様子もなく答えた。
「邪魔しちゃ悪いと思ってな。それに、龍弥の顔を見てたら、なんとかなりそうな気がしたんだよ。だから、見失った後も無理に探そうとはしなかったんだ」
そう言われてしまうと、龍弥には返す言葉がなかった。
「まあ、そんなわけだ。あの場面で高野を守るために前に出ていったこともそうだし、実際に問題を解決したことも含めて、俺は龍弥のことをいい奴だし、すごい奴だと思ったんだよ」
翔は、まっすぐにそう言った。
しかし、龍弥はその言葉を素直に受け入れることができなかった。
「……それは買い被りだよ。俺は決していい奴なんかじゃない。ただのクズだ」
その反応は、翔にとっても予想外だったようだ。
翔は何も言わず、龍弥の顔を見つめていた。
その沈黙が、かえって龍弥の口を開かせた。
「昔、ちょっと色々あってな。正直、俺は人を信頼できなくなってしまったんだ」
自分からこんな話をするつもりはなかった。
それでも、翔が自分のことをいい奴だと言うたびに、胸の奥が苦しくなった。
「由紀を助けたのだって、見て見ぬふりをしたら気分が悪かったっていう、身勝手な理由なんだよ。本当のところ、俺は由紀のことが本当に好きなのかどうかもわかってない」
一度口にしてしまうと、抑えていた言葉が次々とあふれ出してきた。
「あんなに可愛い子に好きだって言ってもらえて、優越感に浸ってるような奴なんだよ。それなのに、お前も由紀も、俺のことをいい奴だとか、優しい人だとか言ってくれる」
龍弥は自嘲気味に笑った。
「……幻滅しただろ?」
そう言って、龍弥は翔の反応を待った。
翔はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「一つ聞いていいか?」
「……何だ?」
「高野に告白したのは、龍弥からだったよな。なんで告白したんだ?」
当然の疑問だった。
今の自分の話を聞いたのなら、なおさらそう思うだろう。
龍弥は少し迷ったものの、この際、正直に話すことにした。
たとえこの答えが原因で、また以前のようなぼっちの生活に戻ることになったとしても、ここで逃げるのは卑怯だと思ったからだ。
「あれは……本当は、友達になってほしいって意味だったんだ。ただ、緊張しすぎて『友達に』って言葉が抜けてしまった。それで、告白みたいになっちまったんだよ」
そう打ち明けると、翔は再び考え込んだ。
やがて、納得したように口を開いた。
「そういうことか……。確かに、少しおかしいとは思ってたんだ」
「おかしい?」
「ああ。自分から告白したにしては、龍弥があんまり嬉しそうじゃなかったからな。普通、自分の好きな人と結ばれたら、もっと喜ぶもんだろ?」
翔は当時の龍弥の様子を思い返すように続けた。
「元々、龍弥の性格をよく知らなかったから、あんまり感情を表に出さないだけなのかと思ってたんだ。でも、そういう理由だったんだな」
翔はしばらく天井を見上げていた。
そして、不意に龍弥の方へ向き直ると、その両肩をしっかりとつかんだ。
「いいか、龍弥。今すぐにでも高野に本当のことを伝えるんだ」
「……!」
「おそらく、高野もお前に何か違和感を感じてるはずだ。だから、ちゃんと高野に会って、今回のことを謝らないといけない。許してもらえるかどうかはわからない。でも、誠心誠意、謝るんだ」
翔の声には、いつもの軽い調子はなかった。
「そのうえで、自分の本当の気持ちをしっかり伝えろ。今言わなきゃ、後になればなるほど絶対に言えなくなる。言えないまま罪悪感を抱えて生きていくことになるんだ」
翔は、龍弥の目をまっすぐに見つめた。
「そんなことになったら、本当のクズになっちまう。他人に嘘をつき続けて、自分自身まで騙し続けるような奴に……。俺は、お前にそんなふうにはなってほしくないんだ!」
翔は必死だった。
何とかして、龍弥に自分の言葉を届けようとしていた。
それでも、龍弥はすぐには答えられなかった。
「……だけど、俺はあの子の純粋な思いを踏みにじってしまった。もう、俺がクズだってことに変わりはない。そんな俺に、許しを請う権利なんてあるのかよ……」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
すると、翔は即座に答えた。
「それを決めるのは、俺でも龍弥でもない。高野だけだ」
「……」
「それに、お前は今だって、ずっと高野のことを考えて苦しんでるんだろ? そんな心を持ってる奴を、俺はクズとは呼ばない」
翔は一度言葉を切り、さらに続けた。
「お前は、ただ恐れてるだけなんだよ。高野に嫌われることをな」
龍弥は何も言い返せなかった。
「だから、色んな言い訳をして、自分自身を否定してるんだ。でも、なんで嫌われるのが怖いのか……その理由は、小さな子供だってわかるくらい単純なことなんだよ」
翔は龍弥の肩から手を離すと、力強く言い放った。
「それに気づけ! そして、さっさと高野のところへ迎え!」
*
翔の言葉を聞き、龍弥は由紀のことを考えた。
由紀は、自分のことを好きだと言ってくれた。
中学時代、周囲の人間から嫌われ、やがて自分自身のことまで嫌いになってしまった自分を。
人を信じられなくなり、自分自身のことさえ信じられなくなった自分を、由紀は肯定してくれた。
その言葉に、龍弥は確かに救われていた。
ぼっちは嫌だと思いながらも、どうせ人を信じられないのだから友達なんてできないだろうと考えていた。
そんな矛盾を抱えていた自分に、由紀は手を差し伸べてくれたのだ。
そして、龍弥は由紀の言葉を信じることができた。
彼女の言葉は、すべて本当なのだと思えた。
だからこそ、彼女に嫌われたくないと、無意識のうちに考えていた。
嫌われないように振る舞っていた。
――それは、なぜなのか。
龍弥は、自分の心に問いかけた。
そして、ようやく一つの答えにたどり着いた。
今すぐにでも、その答えを伝えなければならない相手がいる。
だからこそ、龍弥は顔を上げた。
「翔、すまねぇ。面倒をかけた」
「……龍弥?」
「もう大丈夫だ。掃除と五時間目は休むって、みんなに伝えておいてくれ」
そう言って、龍弥は走り出す準備をした。
自分に答えを与えてくれた、親友に向かって。
その決意を感じ取ったのか、翔は再び笑顔になった。
「任せろ!」
そして、力強く言い添えた。
「あと、さっきも言ったけどな。お前がどんな奴だろうと、俺にとってお前が尊敬できる、いい奴だってことに変わりはないからな!」
翔は拳を握り、龍弥を送り出した。
「頑張れよ、親友!」
その言葉を背に受け、龍弥は教室へと向かった。
由紀を探すために。




