第16話 ぼっち陰キャと昼食の誘い
翌日の金曜日の朝。
龍弥は、昨日のことを考え、由紀が今日も七時半頃に迎えに来るだろうと予想していた。そのため、いつもより早い七時に起床していた。
しかし、急に起床時間を早めたせいか、眠気がまったく取れていない。疲れの抜けきらない体を何とか起こし、洗面所へと向かった。
顔を洗うと、少しだけ眠気が覚めてきた。
龍弥はまだ済ませていなかった今日の授業の準備をし、制服に着替えた。それからソファに座り、テレビでニュースを見ながら由紀が来るのを待つことにした。
しばらくニュースを見たり、スマホをいじったりして過ごしていると、七時半になった頃、インターフォンが鳴った。
応答すると、案の定、由紀の声が聞こえてきた。軽く挨拶を交わしてから玄関のロックを解除すると、しばらくしてドアがノックされた。
ドアを開けると、由紀が笑顔で立っていた。
「おはよう、龍弥! おっ、今日はちゃんと準備できてるんだねぇ。偉い、偉い!」
挨拶をするなり、まるで子供を褒める母親のように頭を撫でられそうな勢いで褒められてしまった。
やはり、どこか母親っぽいところがあるな……。
そんなことを思いつつ、龍弥も挨拶を返した。
「おはよう、由紀。さすがに昨日と同じことは繰り返さないよ」
そう言って、由紀を部屋へと招き入れた。
由紀はソファに荷物を置くと、カバンから小さな弁当箱を取り出した。
「はい、どうぞ。ゆっくり食べてね……と言いたいところだけど、昨日みたいに時間がなくなっても困るから、できるだけ早く食べてね」
「わかった。ありがたくいただきながら、素早く食べるよ」
そう答え、弁当箱を受け取った龍弥は、さっそく蓋を開けた。
中には、綺麗に並べられたサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。
「朝からあんまり重くならないように、サンドイッチにしたんだ! ささ、食べて食べて」
由紀に促され、龍弥はサンドイッチを一つ手に取って口に運んだ。
やはり、今日も非常においしい。
具材は卵やレタスといった、ありふれたものだった。しかし、それらに合わせられたソースが絶妙で、シンプルな具材の味を見事に引き立てていた。
どうやら、このソースは由紀のオリジナルらしい。
「今日もおいしいよ。ありがとう」
素直に感想を伝えると、由紀は照れくさそうに微笑んだ。
「どういたしまして……」
その反応が可愛らしく、龍弥はふと気になったことを尋ねてみた。
「そういえば、このソースって何を使ってるんだ?」
「それは秘密ですよ~」
由紀は楽しそうに笑いながら、あっさりとはぐらかしてしまった。
無理に聞き出すことでもないか。
そう考えた龍弥は、徐々に時間がなくなってきていることもあり、再びサンドイッチを食べ始めた。
*
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食べ終えた二人は、そんな言葉を交わした。
龍弥は弁当箱を流し台に運び、水につけておいた。それから歯を磨くために洗面所へ向かった。
その間、由紀はソファに座り、テレビを見ていた。
身支度をすべて終えた頃には、時刻は七時五十分になっていた。
龍弥はリビングに戻り、準備ができたことを由紀に伝えた。二人はそろってマンションを出て、学校へと向かった。
*
登校中、二人はいつもどおり会話をしながら歩いていた。
しかし、昨日のことが頭をよぎるたびに、龍弥はどうしても考え込んでしまう。
(このまま、由紀とこんな生活を続けていていいんだろうか……)
そんなことを考えていると、隣から声が聞こえてきた。
「……弥、ねえ、龍弥! 聞いてる?」
「えっ? あ、ああ。ごめん、聞いてなかった。ちょっと考え事をしてて……」
由紀の呼びかけに、龍弥は慌てて意識を引き戻した。
「そうなの? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それで、話って何だっけ?」
「うん。あのね、今日のお昼なんだけど、友達と食べることになっちゃったんだ。それで……」
「ああ、俺のことなら気にしないで。ぼっち飯には慣れてるから。友達と楽しんできてよ」
由紀が言い終わる前に、龍弥はそう答えた。
「そう? それじゃあ、お言葉に甘えるけど……何かあったら言ってね?」
由紀は少し心配そうにしながらも、そう言ってくれた。
こうして、今日の昼食は一人で食べることが決まった。
(まあ、昨日はあんなにいい思いをしたからな。これ以上、由紀を縛るわけにもいかないし……)
龍弥は自分にそう言い聞かせ、由紀に心配をかけないよう、いつもどおりに振る舞うのだった。
*
それから二十分ほど歩き、二人は学校に到着した。
相変わらず、周囲からはさまざまな視線が向けられていた。とはいえ、昨日と比べれば幾分かマシになっている。
この調子なら、もう少しすれば視線も気にならなくなるかもしれない。
そんなことを考えながら、二人は教室へと向かった。
教室に着くと、それぞれ自分の席へ向かった。
いつものように由紀の周りには女子たちが集まり始め、龍弥は一時間目の授業の準備を進めていた。
今日もいつもどおりだな。
そう思っていると、龍弥の席に一人の男子が近づいてきた。
「おう、龍弥! おはよう!」
翔だった。
「おはよう、翔」
龍弥も挨拶を返す。
「そういえば龍弥。来週の月曜日から本格的な練習と入部手続きが始まるんだけど、バスケ部に行くか?」
そう聞かれた龍弥は、ふと由紀の方を見た。
由紀はどうやら二人の会話を聞いていたらしく、こちらを向いて笑顔で頷いていた。
「ああ、行こうかな」
「よし、それじゃあ一緒に行こうぜ!」
翔に誘われ、龍弥は一緒に部活へ向かう相手ができたことに、少し安心した。
「それで、龍弥ってどのくらい上手いんだ? うちのバスケ部って、県内でベスト8に入るくらい強いけど」
「うーん……まあ、人並みにはできるよ。体はあんまり強くないけど、シュートには結構自信があるって感じかな」
「おお、それなら期待してるぜ! それじゃあ今日、一緒に昼飯を食べたあと、体育館でバスケしようぜ!」
思いがけない誘いに、龍弥は少し戸惑った。
その様子に気づいたのか、翔が尋ねてきた。
「もしかして、何か予定あったか?」
「いや、予定はないんだが……その、いいのか? 俺なんかと一緒に食べて。他に一緒に食べる友達もいるだろ?」
龍弥がそう尋ねると、翔は予想外の反応をされたとでもいうように、急に笑い出した。
「そんなこと気にしてたのか。心配ないって。俺、いつも誰と食べるとか決めてないし、今日は俺が龍弥と食べたいと思ったから誘ってるんだからな」
(こいつは、人の目なんて気にせずに生きてるんだな……)
龍弥には、そんなふうに振る舞うことはできなかった。
周りからどう思われるかを気にして、他人との距離を測り、傷つかないように身構えてしまう。
それなのに、翔はそんなことを気にする様子もなく、自分が一緒にいたいと思った相手を誘っている。
そんな翔の姿が、龍弥には少し羨ましく、そして格好よく見えた。
――こいつなら、信じてもいいかもしれない。
そう思った龍弥は、素直に誘いを受けることにした。
「そういうことなら、よろしく頼む」
「おう、こちらこそよろしくな! それじゃあ、そろそろ朝礼だから席に戻るわ」
そう言って、翔は自分の席へと戻っていった。
しかし、いつの間にか二人の会話を聞いていたクラスメイトたちは、翔が龍弥と親しくなっていることに驚いていた。
「翔、いつの間に龍弥と仲良くなったんだ?」
「何かあったのか?」
そんな質問が飛び交う中、翔はいつもの調子で答えていた。
「まあ、色々あってな。龍弥はいい奴だから、みんなも仲良くなるのをおすすめするぜ!」
その言葉を聞きながら、龍弥は小さく首を傾げた。
――いい奴。
昨日、由紀にも似たようなことを言われた気がする。
だが、翔とは知り合ってまだ間もない。これまでまともに話したことすらなかったはずだ。
それなのに、なぜ翔は自分のことを「いい奴」だと言うのだろうか。
(……やっぱり、気になるな)
龍弥は、今日の昼休みにでも聞いてみようと思うのだった。




