第15話 ぼっち陰キャと彼女の夕飯
龍弥の部屋に到着した二人は、それぞれ用事を済ませることにした。
由紀は、まだ親に連絡していなかったため、帰宅が遅くなることと、夕食は不要であることを伝えに行った。一方、龍弥は自分の寝室に向かい、部屋着に着替えた。
それぞれの用事を済ませた二人は、リビングに集まった。
由紀がさっそく料理に取り掛かる一方、龍弥は何をすればいいのかわからず、ひとまず由紀に尋ねてみることにした。
「何かできることあるか?」
すると、由紀は料理の手を止めずに答えた。
「龍弥、料理できないでしょ。余計な時間がかかるから、ソファにでも座っておいて」
確かに、手伝おうとしても邪魔になるだけだろう。
龍弥は、これも適材適所というやつかと納得し、言われたとおりソファに腰を下ろした。
とりあえずテレビをつけてみたものの、どうしてもキッチンの方が気になってしまい、番組の内容がまったく頭に入ってこない。
仕方なく、龍弥は自分の部屋から数学と英語の参考書を持ってきて、勉強を始めた。
*
それから三十分ほどが経ち、龍弥がキッチンの様子を見に行くと、料理はほとんど完成していた。あとは盛り付けるだけらしい。
龍弥はリビングに広げていた参考書を部屋に片付けると、キッチンから布巾を取り出し、食事をするテーブルを拭いた。
ちょうどそのとき、
「できたよー!」
という由紀の声が聞こえてきた。
龍弥は料理を運ぶためにキッチンへ向かい、用意されていた二人分の皿をリビングに運んだ。それから由紀と向かい合うように椅子に座った。
本日のメニューはトンカツだった。
龍弥は肉料理がかなり好きだ。しかも、由紀の料理がおいしいことは昼食ですでに証明されている。
目の前に並んだトンカツを見ていると、今すぐにでも食べたくなってしまう。
「もう食べていいのか?」
待ちきれずに尋ねると、由紀は笑顔で答えた。
「もちろん! 早く食べないと冷めちゃうよ」
許可をもらった龍弥は、両手を合わせて「いただきます」と告げ、さっそくトンカツに箸を伸ばした。
そして、一口食べた瞬間――。
「うまぁ!」
昼間と同じように、思わず大きな声が出てしまった。
「龍弥は本当においしそうに食べてくれるんだね! 作り甲斐があるよ」
「え、それって普通だろ。わざわざ料理を作ってくれるだけでも嬉しいのに、こんなにうまいんだぞ。もっと細かく感想を言ってもいいんだが、どうする?」
昔、雑誌で「女の子に料理を作ってもらったら、褒めてあげると喜ばれる」といった内容を読んだことがある。
だが、そんな知識を抜きにしても、由紀の料理は褒めずにはいられないほどの出来だった。
だからこそ、素直な気持ちでそう尋ねたのだが――。
「え、いや、これ以上は大丈夫だよ……。感想を言ってくれるのは嬉しいけど、これ以上は恥ずかしくてダメになっちゃうよ」
由紀は顔を赤くしながらそう言うと、逃げるように料理を口へ運び始めた。
どうやら、感想の続きはまたの機会にした方がよさそうだ。
龍弥もそれ以上は追及せず、改めて食事を楽しむことにした。
*
しばらくして、二人はほぼ同時に箸を置いた。
「「ごちそうさま」」
二人そろって手を合わせる。
さすがに料理を作ってもらったうえに、皿洗いまで任せるわけにはいかない。皿洗いくらいなら龍弥にもできるため、二人分の皿を台所へ運び、洗い始めた。
「いいよ、龍弥。私がするよ」
由紀がそう言ってくれたが、龍弥は首を横に振った。
「いや、これくらいは俺にさせてくれ。これ以上はさすがに申し訳ない……」
その言葉に何かを察してくれたのか、由紀は少し考えたあと、
「わかった」
と答え、リビングへ戻っていった。
ただ、時折こちらをちらちらと気にしているのがわかった。
やがて、先ほどの龍弥と同じように、由紀もカバンから教材を取り出して勉強を始めた。
皿洗いを終えた龍弥がリビングに戻ると、由紀は今日出された課題をすでに終えていた。
そして、龍弥が戻ってきたことに気づくと、教科書を閉じ、何か話したそうな顔でこちらを見つめてきた。
せっかく料理まで作ってもらったのだから、今度はこちらから何か話そう。
そう思った龍弥は、何気ない話題を振ってみた。
そこから二人は、他愛もない会話をしばらく続けた。
*
気がつけば、時刻はもうすぐ午後八時になろうとしていた。
「そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか? さすがに八時を過ぎても女の子が男の家にいたら、親御さんも心配するだろ」
そう告げると、由紀は少し名残惜しそうな顔をした。
「もう少し龍弥と話したかったけど……それもそうだね。もう帰ろうかな」
そう言って、先ほど取り出した教科書をカバンにしまい始めた。
帰り支度を終えた由紀と一緒に、龍弥も玄関へ向かう。
「夜も遅いし、送っていくよ」
そう伝えると、由紀は恥ずかしそうにうつむいた。
「う、うん。ありがとう」
二人で玄関を出て、由紀の家へと向かう。
とはいえ、由紀の家は龍弥のマンションのすぐ目の前だ。歩いて三分もかからず、あっという間に到着してしまった。
「それじゃ、俺は帰るから。また明日な」
そう言って背を向け、帰ろうとした、そのときだった。
由紀が後ろから龍弥の背中に抱きついてきた。
突然のことに、龍弥は戸惑い、何も言えずに立ち尽くしてしまう。
そんな龍弥の背中越しに、由紀がそっと囁いた。
「今日、スーパーで言ってたこと……本当にしてくれるの、待ってるから」
そう言い残すと、由紀は龍弥から離れ、そのまま家の中へと入っていった。
可愛らしいことを言ってくれるものだ。
そんなことを思いながら、龍弥はしばらくその場に立ち尽くしていた。
けれど、次第に胸の中を別の感情が満たしていく。
――罪悪感だった。
そもそも、由紀にした告白は、本当の意味での告白ではなかった。
それなのに、由紀は自分を信じ、彼女としてそばにいてくれている。
そして今、自分との未来を期待するような言葉まで口にしてくれた。
そんな彼女を前にして、自分は一体何をしているのだろう。
由紀に対する自分の気持ちさえ、まだはっきりとはわからないというのに。
(確かに、由紀は可愛いと思う。こんな可愛い子が俺を好きだと言ってくれるのは、素直に嬉しい。……正直、優越感に浸っていたところだってある。
でも、これが恋なのかはわからない。
このままじゃ、俺は由紀を騙しているんじゃないのか?
やっぱり俺は、ただのクズのままなんじゃないのか……?)
龍弥はその場から動けず、答えの出ない問いを繰り返していた。




