第12話 ぼっち陰キャと彼女の弁当
今朝の一件があったからか、その後の休み時間には龍弥の周りに人が集まることはなくなっていた。どうやらクラスメイトは、由紀に関すること以外、龍弥自身には興味がないらしい。
思ったよりも早く、いつものぼっち生活に戻ってしまった。
つい先ほどまで大勢に囲まれていたせいか、普段どおりの状況に戻っただけなのに、どこか寂しさを感じてしまう。
(人間って、一度大勢に囲まれると、いつもどおりに戻っただけでも寂しくなるもんなのか……)
そんなことを考えながら、龍弥はいつものように一人で過ごしていた。
一方、由紀のほうも質問攻めはすでに終わったらしく、普段どおり友人たちとの会話に戻っていた。何人かは龍弥に嫉妬の視線を向けていたものの、大半の生徒はいつもの日常を取り戻していた。
そうして時間は過ぎ、昼休みになった。
由紀のほうを見ると、いつもの友人たちが彼女を食事に誘っていた。邪魔をするのも悪いと思い、龍弥はいつもどおり一人で食堂へ向かうことにした。
今日のメニューは何だろう。何を食べようか。
そんなことを考えながら階段を下りていると、背後から女性の声と足音が徐々に近づいてきた。
『おーい、龍弥~! 待ってよ~!』
振り返ると、俺の彼女である由紀が、小走りでこちらに向かってきていた。
『もう、置いていくなんてひどいよ~! 一緒に食べようと思ってたのに!』
追いついた由紀は、頬を膨らませて軽く怒っていた。
「えっ、一緒に食べるって……友達と食べるんじゃなかったの?」
『そんなこと、いつ言ったのよ~。今日はみんなに断ってきたの! どうしても龍弥と一緒に食べたかったの! いいでしょ?』
こんな美少女に一緒に食べたいと言われて、断れる男がいるだろうか。
もちろん、龍弥に断るつもりなどなかった。
しかし、今朝のこともあって、由紀の積極的な態度にはどうしても照れてしまう。
それでも、こういうときに返事をためらっていると、由紀は決まって悲しそうな顔をする。
「う、うん。もちろん、いいよ」
そう答えてから、龍弥はふと疑問に思った。
「そういえば、由紀っていつもどこで食べてるの? 俺はいつも食堂なんだけど」
『私? 私も普段は食堂だよ。でも今日は、ちょっと張り切っちゃって……』
そう言いながら、由紀は手に持っていたものを取り出した。
「そ、それって、まさか……!」
『そのまさかだよ! 張り切って、今日は二人分のお弁当を作っちゃいました! 一緒に中庭で食べませんか?』
(まさか、彼女の手作り弁当だと!? 男の学生生活の夢の一つ、彼女の手作り弁当だと!? 陰キャの俺が、こんなに幸せな思いばかりしていいのか? ……いいんだよな!)
感動のあまり、龍弥は思わずガッツポーズを決めた。
突然の行動に、由紀は驚いたように目を丸くしている。
しまった。さすがに、はしゃぎすぎたか。
申し訳なくなった龍弥は、何か言葉を探そうとした。
しかし、そのとき。
ぐぅ~~~~。
朝食を食べていなかった龍弥の腹が、限界を迎えた。
「…………」
突然の腹の音に、龍弥は恥ずかしさのあまり、再びうつむいてしまった。
二人の間に沈黙が流れる。
ところが、しばらくすると、由紀の肩が小刻みに震え始めた。
何事かと思って顔を上げると、彼女はとうとう耐えきれなくなったように笑い出した。
『もう、龍弥ったら! 照れちゃったのかと思ったら、お腹があんなに大きな音を立てるんだもん! そんなにお腹が空いてるなら、早く言ってよ~。ほら、中庭に行こう!』
そう言って、由紀は楽しそうに中庭へ向かっていった。
あまりにも目まぐるしく変わる彼女の表情に、龍弥はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。
『何してるの、龍弥~! 早く行こうよ~!』
「おう、今行く!」
先を行く由紀を追いかけ、龍弥も中庭へと向かった。
それから、午前中の出来事などを話しながら歩いていると、やがて中庭が見えてきた。
普段、この中庭では、俺たちのようにカップルで昼食を取っている生徒をよく見かける。だが、今日はなぜか誰もいなかった。
そんなことを考えていると、隣から由紀の声が聞こえてきた。
『ありがとう、光ちゃん』
(……光ちゃん?)
少し気になったものの、何か事情があるのだろう。今は聞かなかったことにしておこう。
龍弥は空いている席に腰を下ろした。
それに続いて由紀も向かい側に座り、持っていた袋から二つの弁当箱を取り出した。彼女はそのうちの一つを龍弥の前に置くと、にっこりと微笑んだ。
『どうぞ。お召し上がりください』
「う、うん。いただきます」
緊張しながら弁当箱の蓋を開ける。
そこには、左半分にご飯、右半分にはだし巻き卵やきんぴらごぼう、煮物といった和風のおかずが、きれいに詰められていた。
「す、すげぇ……」
思わず感嘆の声を漏らす龍弥に、由紀は少し申し訳なさそうに言った。
『煮物は昨日の残り物でごめんね! でも、それ以外は今朝作ったばかりだから、安心してね!』
「えっ、これ、ほとんど朝に作ったの? しかも、朝から俺のところに迎えに来てくれたんだよね? 一体、何時に起きたの?」
龍弥の周りには、朝から弁当を作るような知り合いはいない。そもそも自分自身が料理をしないため、この弁当を作るのにどれほどの時間がかかるのかもわからなかった。
自分のために無理をさせてしまったのではないか。そんな心配から尋ねると、由紀は少し考えてから答えた。
『うーん。だいたい五時半くらいかな? あ、でも気にしないで! 私、もともと料理が好きだし。それに、龍弥に食べてもらうことを考えながら作ってたら、いつも以上に楽しかったから』
(……この子、本当に俺が初めての彼氏なのか?)
あまりにも可愛らしいことを言われ、龍弥はそんな疑問を抱いてしまった。
それにしても、移動中や階段で話し込んでいたせいか、思っていた以上に時間が経っていた。中庭の時計を確認すると、昼休みの残り時間も少なくなってきている。
『ほら、早く食べないと時間がなくなっちゃうよ』
由紀に急かされ、龍弥はきんぴらごぼうに箸を伸ばした。
そして、一口。
「う、うめぇ~~~~!」
思わず大きな声が出てしまった。
『ほ、本当!? 本当においしい?』
由紀は嬉しそうにしながらも、どこか不安そうな表情で聞いてきた。
きっと、家族以外の男性に料理を振る舞うのは初めてなのだろう。だからこそ、龍弥は素直な感想を伝えることにした。
「ああ、本当にうまい! 今まで食べたどのお弁当よりもおいしいよ!」
そう伝えると、由紀はほっとしたように息を吐き、自分のお弁当にも箸を伸ばした。
その後も二人は談笑しながら、ゆっくりとお弁当を食べ進めた。
由紀のお弁当は龍弥のものより少し量が少なかったため、彼女のほうが先に食べ終えていた。
そして、少し遅れて龍弥も箸を置いた。
「ごちそうさまでした」
『お粗末様でした』
食事を終えた龍弥は、由紀にお礼を伝え、今日のお弁当の感想を改めて詳しく話した。
すると、由紀の顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。
『も、もう! 教室に戻ろっか……』
照れくさそうにそう言って、由紀は先に歩き出した。
そんな彼女の姿も可愛いと思いながら、龍弥はその後を追いかけた。すぐに隣へ並ぶと、二人は並んで教室へと戻っていった。




