人殺しの画家
次の日。朝早くから白薔薇を摘みに北へ向かった花宋は夕方に宿に戻った。有名な画家の家をひと目見ようとなんとなく立ち寄り、またしても人だかりを見た。
しかし前とは違い皆が青白い表情を浮かべ騒然としていた。彼らの手に持った灯りが不安げに揺れた。
「明咏が殺したに決まってる!あいつは売れてから調子に乗っていて、いつか大事を犯すと俺は心配していた!」
「でも彼は有名になって裕福になったんじゃないの?これからって時にどうして奥さんを…」
「決まってるさ!芸術家なんて皆狂ってるに決まってるんだよ!」
小さな村では情報が出回るのが早く、村人も突然の衝撃に心が高ぶり、周りを気にせず大声で次々に話していた。
聞き耳を立てずとも聞こえくる。どうやら今話題の壁画の作者、明咏が自分の妻を殺したらしい!
彼らの世間話が嫌でも耳に入り、壁に耳あり障子に目ありという言葉を体験させられ、花宋は身震いした。
ことの始まりは今朝花宋が北へ向かった直後のことらしい。朝日が昇り始め庭には朝焼けの朱色が濃い緑の草に影を落とし幻想的な景色を作り出した。明咏は早朝から夜遅くまで離れの小屋で絵を描く毎日を送っており、これは下積み時代から変わっていない。一日中篭りっぱなしだったが、食事だけは妻の錦子と一緒に摂っていた。その二人の決まりごとは村人も知っている。
明咏と錦子は幼馴染で十五歳の時に婚約をした。十代半ばの明咏は画家の端くれで絵だけで食べていくことはできず家業を手伝い日銭を稼ぎ、ほぼ錦子の布売で生計を立てる日々。
綿子はお淑やかで家事が得意で、いつも明咏の応援をする誰がどう見ても完璧な奥さんであった。二人は貧しいながらも夫婦仲がよく、村人から見ても錦子は糟糠の妻だった。
彼女は今朝も明咏の体を労り、健康にいい朝食を朝早く起きて作り、明咏を見送った後庭にある小さな小川で洗濯をし通りを歩く村人と挨拶を交した。
その日の昼錦子は裏庭の花壇の雑草を毟り水をあげており、明咏も帰っていないようで昼食を取っていないようだった。
明咏は昼がとっくに過ぎた頃再び離れを出た。しかし家に向かったのではなく外に歩いていった。芸術家は自然の生命力に感化され脳を活性化させ、創造力を掻き立てる。明咏も例にもれず先人の道に従ったのだろう。
元々山の奥深いへんぴな村であったが、だからこそ手付かずの自然が残り青々しい草花が咲き乱れる。
大きく育った木々が涼しい風に吹かれ、葉の擦れる音が聞こえてくる。鳥のさえずりと虫の音があちこちで聞こえ、山の麓を見下ろすことができる。
明咏は村のはずれにある小高い丘を目指し歩き通りで村人に会っては軽く会釈をした。丘は一本の木しかなく、見通しも良いので平地の村人も彼が丘に立つ姿を見た。
夕方近所の錦子の友人の家の戸が忙しなく叩かれた。友人はその緊迫した音を聞いて戸を開けると、服が絵具と葉、砂埃で汚れ顔面蒼白で息を切らした明咏が立っていた。
戸が開くなり「錦子がいなくなった!」と言って友人の肩を掴み、とても気が動転している様子だった。そしてあの丘の木の下で錦子は死体で見つかった。




