第18話「守られるだけじゃ、いられない」
わたしは、立ち上がった。
被告人の席で、ゆっくりと背筋を伸ばす。傍聴席のざわめきがすっと引いた。審査官の三人が、いっせいにこちらを見る。
「審査官殿。申し上げます」
声は自分でも驚くほど、落ち着いていた。
「この件の責は、すべて、わたくし一人にあります。証人を動かしたのも、ティセル嬢を巻き込んだのも、すべてわたくしの差し金。ミラ・ティセルは、ただわたくしの企みに利用されただけの、無関係な娘です」
「セリーヌ様!?」
ミラが、悲鳴のような声をあげた。わたしは、振り向かなかった。振り向いたら、たぶん声が崩れる。
「ですから、彼女を、解き放ってくださいませ。処分が必要なら、わたくし一人が受けます。特待生に咎はありません。咎は、すべて、ヴァルモアのものです」
言い切って、わたしは奇妙な感覚に包まれた。
半年だ。半年ずっとわたしは自分の断罪を、出口として欲しがってきた。嫌われて追放されて、静かに消える。そのために、あらゆる手を尽くしてきた。なのに今わたしはその同じ断罪を——誰かを守るために、自分から手繰り寄せている。
同じ「断罪してくれ」という言葉。なのに中身がまるで違う。逃げるためじゃない。守るためだ。
守られるだけじゃ、いられない。この子の震える肩を見てしまったら、もう。
おかしな話だ。半年ずっと、わたしは『守られる側』ですらなかった。誰にも守られず、誰も守らずただ静かに消えることだけを考えてきた。なのに今生まれて初めて、誰かを守るために声を張っている。断罪を盾にして。追放を武器にして。皮肉にも、ほどがある。
でもこれだけは、はっきりとわかる。あの席で震えているミラを見捨てて手に入れる『出口』なんて、たとえくぐり抜けてもその先でわたしはきっと自分を許せない。辺境の小さな家で、猫を撫でながら一生後悔し続ける。そんな出口なら、いらない。要らないのだ。
「ならん」
低い声が王族席から響いた。
リオネルが立っていた。いつものふやけた笑みは、どこにもない。昼の式典で見た、あの静かで揺るがない王太子の顔。けれどその目だけがはっきりと怒りとそれから、泣きそうな何かで揺れていた。
「その自白は、認めない。彼女は——セリーヌ嬢は、誰かを陥れるような人ではない。これは、明らかな冤罪だ。私が、王太子の名において」
「殿下」
わたしは、彼を遮った。静かにけれど、譲らない声で。
「お下がりください。これは、わたくしの選んだことです」
リオネルの言葉が止まる。
わたしは彼の目をまっすぐに見返した。たぶん、初めてだった。逃げるためでもあしらうためでもなく、自分の意思でこの人と正面から向き合ったのは。
「あなたが、ご自分の意思で、わたくしを推すと決めたように。わたくしも今、自分の意思でこれを選びます。だから——どうか、奪わないで。わたくしの、初めての選択を」
言いながら、声がわずかに震えた。怖くないわけがない。この自白ひとつで、わたしの未来は本当に断たれる。家も名も辺境の家へ続く穏やかな出口も、何もかも。それでも、引けなかった。引いたらたぶんわたしはもう、自分の顔をまっすぐ見られなくなる。
リオネルは、長い間わたしを見つめていた。怒りと哀しみとそれから——たぶん、敬意のようなものがその瞳の中でぶつかり合っている。彼は誰よりも、わかってしまうのだ。自分の意思で何かを選ぶことが、どれほど得がたい贅沢か。だからこそ、それを奪えない。
彼の喉がひとつ上下した。何か言いかけて、けれど言葉にならず。やがてゆっくりと椅子に座り直した。拳を固く、握りしめたまま。
その従順さが、かえって胸に刺さった。彼は、わかってくれたのだ。これがわたしにとって、どれだけ大事な「わがまま」なのかを。
審査官たちが低く相談を交わす。やがて中央の一人が重々しく告げた。
「ヴァルモア公爵令嬢の自白を受け、特待生ミラ・ティセルの嫌疑は、これを解く。──公爵令嬢に対する正式な処分は、慣例に従い建国祭の夜、衆人の前にて申し渡すものとする」
建国祭の夜。
来た。とうとう、来てしまった。わたしが半年追いかけてきた、あの夜。卒業と断罪の夜。
けれど今わたしを待っているのは、猫を飼う辺境の家へ続く穏やかな出口じゃない。家ごと潰す、残酷な断罪。望んだものと似て非なる結末。
同じ夜。同じ『断罪』という言葉。半年前のわたしが聞いたら、小躍りして喜んだだろう。やっと出口だ、と。けれど今のわたしには、それがただの処刑台にしか見えない。望んだものが、こんなに姿を変えて返ってくるなんて。運命というのは、ほんとうに底意地が悪い。
査問が閉じられた。
解放されたミラが、駆け寄ってきてわたしの袖を掴んだ。涙でぐしゃぐしゃの顔で。
「どうして……どうして、こんな」
「泣かないの。あなたの未来のほうが、わたしのよりずっと長いんだから。大事にしなさい」
我ながら悪役令嬢らしからぬ、説教くさい台詞だった。
ミラは、それでも泣きやまなかった。袖を掴む手にぎゅっと力がこもる。『絶対にこのご恩は返します』と、しゃくりあげながら言う。返さなくていい、と思った。返してもらうためにやったわけじゃない。ただこの子の未来がわたしの失敗で潰れるのが、どうしても嫌だっただけだ。
ジゼルが、人混みをかき分けて駆け寄ってきた。何か言いたげに口を開いて、けれど言葉を呑み込む。代わりにわたしの肩を、ぽんと一度だけ叩いた。『あとは任せて』。その目がはっきりとそう言っていた。ノアの調べは、まだ続いている。建国祭まで、勝負はまだ終わっていない。
評議の間を出ると、廊下にリオネルが待っていた。何も言わずに、ただわたしの隣に並ぶ。
その沈黙がどんな慰めより、ありがたかった。彼は慰めも、励ましも口にしなかった。『大丈夫』なんて、無責任な言葉も。ただ、隣にいる。わたしの選んだ道を、否定せずにそばで引き受けてくれている。それが今のわたしには、何よりの支えだった。
建国祭まであと数日。わたしの断罪の夜は、もうすぐそこまで近づいていた。
けれど、わたしはもう、ただ怯えてはいなかった。隣に、わたしの選択を引き受けてくれる人がいる。それだけで、迫りくる夜の色が、ほんの少しだけ、違って見えた。
次話:「理由は半分だけ、あげる」




