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悪役令嬢を推すのはやめてください、王太子殿下  作者: 夜凪 蒼


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第17話「策が、裏目に出る日」

査問は、学園の評議の間で開かれた。


 長卓の向こうに審査官が三人。窓のない部屋に、燭台の火が揺れている。蜜蝋の匂いと人いきれ。傍聴席には噂を聞きつけた生徒や貴族がずらりと並んでいた。その視線の重さだけで、空気がじっとりと粘つく。


 被告人の席は、ひどく硬かった。背もたれのない木の椅子。座っているだけで、人を罪人の気分にさせる作りだ。わたしは膝の上で手を組んで、努めて背筋を伸ばした。ここで怯えた顔を見せれば、それすら『良心の呵責のあらわれ』と読まれかねない。悪役令嬢は最後まで堂々としていなければ、格好がつかない。


 ちらりとミラを見た。少し離れた席で、彼女もまた青ざめながら必死に顔を上げている。あの子を、こんな場所に引き出してしまった。なんとしても、この子だけは無傷で帰さないと。


 わたしは、被告人の席にいた。少し離れて、ミラ。傍聴席の隅にジゼルとノア。そして王族席にリオネル。彼はこんな場でも、わたしから視線を外さない。心強いような、落ち着かないような。


 審査官が告発状を読み上げる。淡々とけれど容赦なく。


 反論の番が来た。わたしは、用意した手順を踏んだ。まず、ミラの証言。


「ミラ・ティセル。あなたは、ヴァルモア公爵令嬢に嫌がらせを受けたと告発状にある。事実か」


 ミラは、立ち上がった。指先が白くなるほど、両手を握りしめている。それでも声は震えながらも、まっすぐだった。


「……いいえ。受けていません。セリーヌ様は、わたしに、優しくしてくださっただけです。告発状の内容は、すべて、事実ではありません」


 傍聴席がざわめいた。よし、と思った。被害者本人が否定すれば、告発の土台は崩れる。次はノアの集めた証拠で、証人三人の偽証を暴く。そういう、段取りだった。


 ところが。


「審査官殿。よろしいでしょうか」


 ロザムンド側の代理人——侯爵家お抱えの法務官が、滑るように立ち上がった。


「ティセル嬢の、今の証言。実に痛ましい。被害者でありながら、加害者をかばわざるをえない。なぜか。脅されているからです。現に昨日ヴァルモア公爵令嬢が、空き教室でティセル嬢に口止めをしている現場が、複数の生徒に目撃されております」


 心臓が跳ねた。


 昨日の、あれだ。わたしがミラをかばった、あの場面。やはり、見られていた。いや——見せられていた。ロザムンドは最初からあれを「口止めの証拠」にするために、わざと人目につく場所で芝居を打ったのだ。


「さらに」


 法務官は、一枚の書面を掲げた。


「ティセル嬢がヴァルモア公爵令嬢から金銭を受け取り、証言を翻すよう持ちかけられた、という証言もございます。つまり、ティセル嬢の『嫌がらせはなかった』という今の証言こそが買収による偽証。ヴァルモア公爵令嬢と、ティセル嬢の、共謀でございます」


 頭が真っ白になった。


 ちがう。金銭なんて、渡していない。でもその書面にはもっともらしい日付と、署名と金額が並んでいる。捏造だ。けれどそれを「捏造だ」と証明する手立てがこちらにはない。


 ノアが、慌てて証拠の束を差し出そうとした。証人とアシュフィールド家の繋がりを示す、あの記録を。けれど法務官は、それすら先回りしていた。


「図書係の青年が何やら記録を。ああ、それも存じております。ティセル嬢と親密な仲の彼が、令嬢を救うために集めた私的な調べ物でしょう? 身内の作った資料に、証拠能力はございません」


「お待ちください」


 わたしは、立ち上がった。


「金銭の授受を示すという、その書面。筆跡鑑定を要求します。わたくしの筆跡と、照らし合わせてくださいませ。捏造なら、すぐにわかります」


「鑑定の結果が出るのは、早くとも数週間後。査問は、本日結審いたします。残念ながら、お時間がございません」


 法務官は、にこやかに退路を塞いだ。何を言っても、ことごとく先回りされている。まるで、この場の台本を、向こうだけが、最初から手にしているみたいに。


 ノアの顔が白くなる。ミラを想う気持ちごと利用された。


 ぐらり、と足元が揺れる。


 わたしの策は、ことごとく裏目に出ていた。ミラの証言は「共謀の偽証」にされ、わたしのかばいは「口止め」にされ、ノアの証拠は「身内の肩入れ」にされた。守ろうとした手が、全部握りつぶされていく。


 傍聴席が、波打つようにざわめいた。『やっぱり悪役令嬢が裏で糸を引いていたんだ』『特待生まで巻き込むなんて、恐ろしい』。ひそひそとけれど確実に、わたしを断ずる声が部屋を満たしていく。半年かけて積み上げてしまった『美談』の名声が、たった数分の弁舌で音を立てて剥がれ落ちていくのがわかった。


 ジゼルが、傍聴席で立ち上がりかけた。けれどただの伯爵令嬢には、査問に口を挟む資格がない。悔しげに唇を噛んで座り直す。ノアは握りつぶされた記録の束を抱えたまま、青い顔で俯いていた。彼が夜なべして集めた真実は『身内の肩入れ』のひと言で、なかったことにされた。


 味方は、いる。すぐそこにいる。なのに誰も手が出せない。よくできた檻だ。わたしを一人にするために、丁寧に丁寧に組まれた見えない檻。


 そして、最悪なのは。


「よって、当家は要求いたします。偽証に加担した特待生、ミラ・ティセルの資格剥奪、ならびに相応の処分を」


 ミラが、息を呑む音が聞こえた。


 わたしのせいだ。わたしが下手に動いたから。かばったから。策を弄したから。守りたかったはずのこの子をわたしがいちばん危険な場所へ、突き落としてしまった。


 傍聴席のリオネルが、立ち上がりかけるのが見えた。わたしは、目でそれを制する。今王太子が動けば話はもっと大きく、もっと取り返しのつかないものになる。


 燭台の火がじりじりと芯を焦がしていた。


 冷たい汗が背中を伝う。ミラの資格剥奪。偽証の処分。この子の未来がわたしの失策のせいで、今断たれようとしている。守るつもりが、いちばん高いところから突き落とした。最悪だ。最悪の、大失敗だ。


 でも、嘆いている時間はない。審査官の口が処分を申し渡すために、ゆっくりと開きかけている。その前に何か。何か、手を打たないと。


 どうする。どうすれば、この子を助けられる。


 考えろ。半年断罪から逃げ回ってきた、その悪知恵の全部を今こそ。


次話:「守られるだけじゃ、いられない」

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