第15話「二人きりの、作戦会議」
閉館後の図書館に五人が集まった。
わたし、ジゼル、ミラ、図書係のノア。そしてなぜか当然のような顔で末席に座る、王太子リオネル。ランプの灯りが、書架の影を天井まで長く伸ばしている。古い紙とインクの匂いの中で、わたしたちは机に額を寄せた。
「整理するわ」
わたしは、紙にことの構図を書き出した。
「告発状は捏造。証言者三人は、アシュフィールド家に暮らしの弱みを握られて、署名させられた。今日、そのうちのひとりに会って、ほぼ確信した。狙いは、わたし個人じゃない。ヴァルモア家ごとの取り潰しよ。そしてロザムンドの背後に、もうひとり、黒幕がいる」
「で、あたしたちはどう動くわけ?」
ジゼルが、焼き菓子を齧りながら言う。緊迫した場でも、この子は手元の菓子を欠かさない。肝が据わっているのかただの食いしん坊なのか、いまだに判断がつかない。
「鍵は、ミラよ」
名前を呼ばれて、ミラがびくりと肩を跳ねさせた。
「告発状では、あなたが被害者ということになっている。だからあなた自身が『嫌がらせなど受けていない』と正式に証言すれば、告発の根っこが、まるごと崩れる」
「でも……」
ミラは、膝の上で指を強く握りしめた。栗色の睫毛が、ランプの灯りに震えている。
「実は、その。ロザムンド様から、言われていて。『セリーヌに嫌がらせをされたと証言しなさい。さもなければ、特待生の資格を取り消してもらう』と……」
場がしん、と静まった。
なるほど。ミラは、被害者役を強要されている。彼女が口を割れば、告発は崩れる。だからロザムンドは、特待生というミラの命綱を人質に取った。家が貧しいミラにとって、学園を追われることは未来そのものを失うのに等しい。よくできた筋書きだ。反吐が出るほどに。
「ミラさん。あなたは、どうしたいの」
わたしが静かに聞くと、ミラはゆっくりと顔を上げた。
「……噓は、つきたくないです。セリーヌ様は、わたしに、優しくしてくれただけだから。それを『嫌がらせ』だなんて言ったら、わたし自分のことを、一生許せない」
その目には怯えとそれを上回る意地がにじんでいた。ヒロイン補正というやつは、案外こういう芯の強さに出るのかもしれない。ゲームの澄ました聖女より、よっぽど好ましかった。
「でも、ミラさん」
わたしは、念を押した。
「あなたが証言すれば、ロザムンドは必ず報復してくる。特待生の資格を盾に取ってくるのは、まず間違いない。それでも、やる?」
「やります」
ミラは、即答した。声は小さいけれど、もう揺るがない。
「資格を失っても、ノアさんが、図書館の仕事を紹介してくれるって。だから、平気です」
ノアが無言でこくりと頷いた。耳がほんのり赤い。わかりやすい子たちだ。
「あらあら」とジゼルがにやける。「守るものができると、人って強くなるのねえ」
「ジ、ジゼル様っ」
ささやかな攻防に場が少しだけ和んだ。それでもわたしの胸の奥には、小さな棘みたいな不安が残る。ミラを矢面に立たせる。それは結局いちばん弱い立場の子を、いちばん前に押し出すということだ。本当にこれでいいのか。ほかに道はないのか。
「決まりね。ミラの証言を軸に、証人三人の偽証を崩す。ノア、過去の記録から、証人とアシュフィールド家の繋がりの裏取りを。ジゼルは、社交界で噂の出どころを辿って」
「了解。あたしの情報網、舐めないでよね」
「もちろん。──時間が、あまりないわ」
わたしは、皆を見回した。
「告発が正式に受理されたら、査問は建国祭の前に開かれる。それまでに偽証を崩せなければ、わたしは——いえ、ヴァルモア家ごと、おしまいよ」
「逆に言えば」と、ノアが、めずらしく口を開いた。「査問の場で偽証が崩れれば、ロザムンド側が、無実の令嬢を陥れた側になる。形勢は、ひっくり返せます」
「そういうこと。だから、証拠が命。ノア、頼んだわ」
無口な図書係がこくりと頷く。その目の奥に静かな炎が見えた。ミラのために本気だ。
「あたしも、燃えてきたわ」とジゼル。「貴族の醜聞を暴くなんて、こんな面白い余興、めったにないもの」
「面白がらないの。……でも、頼りにしてる」
「で、僕は?」
リオネルがすかさず手を挙げた。
「殿下は、目立つので、おとなしく後ろで――」
「却下です。僕も働きます。あなたを守る権利が、僕にはあるはずです」
「権利を主張するな。婚約者の権利を行使されると、わたしが逃げにくくなる」
「では、義務ということで」
「義務でもない」
そこからわたしとリオネルの、いつもの応酬が始まった。やれ目立つ、やれ顔がいい、やれ手帳をしまえ、やれ権利だ義務だ。気づけば、二人だけで延々と言い合っている。
ふと視線を感じて、口をつぐんだ。
ジゼル、ミラ、ノアの三人が、にやにやとこちらを見ていた。
「なに」
「いえ。作戦会議のはずが、いつのまにか、お二人だけの世界になってるなあと思って」
ジゼルがにんまり笑う。ミラまで、こくこくと頷いている。普段は無口なノアまで、めずらしく口の端を上げていた。
「あたしたち、ぶっちゃけ、ここにいる意味あった?」
「……あったわよ。あったに決まってるでしょう」
顔が勝手に熱くなる。隣をうかがうとリオネルが世にも嬉しそうな顔で、しっかり手帳を広げていた。
「メモするな!」
ランプの灯りの下、五人の笑い声が書架の間に低く響いた。
久しぶりに息のできる夜だった。みんながいてばかみたいに笑って、明日への算段がある。こんな時間がずっと続けばいいのに——なんて、柄にもなく思ってしまう。
ランプの油が、残り少なくなっていた。誰かが、新しい一本に火を移す。揺れる灯りのなかで、みんなの顔がオレンジ色に照らされている。ジゼルの得意げな横顔。ミラの、決意のこもった目。ノアの、不器用な優しさ。そして隣で手帳を抱えた、わたしの推し。
守りたい、と思った。この場所を、この時間をこの顔ぶれを。断罪されて、何もかも手放すはずだったのに。いつのまにか手放したくないものが、こんなにも増えていた。
でもこのときのわたしは、まだ知らなかった。
この作戦がいちばん守りたかった子を、いちばん危険な場所へ自分の手で押し出してしまうことを。笑い合ったぶんだけ、次に転んだとき痛むのだということを。
次話:「かばう側に、回ってしまう」




