第二話 測定会で、鑑定師が蒼白になった件について
王立アルヴァニア魔法学園の入学式は、思ったより簡素だった。
大講堂に新入生を集め、学園長が三十分ほど訓辞を垂れ、数人の教官が自己紹介をして終わり。貴族の子弟が大半を占める場にしては、儀式的な飾りが少ない。後で知ったことだが、この学園の創設者が「実力主義」を標榜した人物で、その精神が今も受け継がれているらしい。
もっとも「実力主義」と「貴族優位」は、現実には相当に歪んだ形で共存しているわけだが。
訓辞の間、俺は壇上よりも周囲の新入生を観察していた。
前世の習慣だ。教壇に立っていた頃、俺はいつも生徒の顔を読んでいた。どの生徒が何を考えているか、どこに問題が潜んでいるか。その癖は転生しても抜けていない。
目についたのは、右斜め前の席に座る男だった。
背が高く、広い肩幅。亜麻色の髪を綺麗に整え、制服の上に細かな刺繍の入ったマントを羽織っている。姿勢がやたらと良い。顔は整っているが、その表情は終始、周囲を値踏みするような冷たさを帯びていた。
隣に座る生徒が何か話しかけると、小さく頷くだけで返す。笑顔はない。
あれが「公爵家の嫡男」というやつだろうな、と俺は踏んだ。
名前はダリウス・フォン・アードラー。事前に父から軽く聞いていた。「公爵家の長男が同期にいる、くれぐれも粗相のないように」という念押しとともに。アードラー公爵家はアルヴァニア王国で最大の貴族家門の一つで、現在の宰相派の中心にある。
公爵家の嫡男と子爵家の次男。
接点が生まれないのが一番だが、世の中はそう都合よくいかない。前世の経験から、そういう「目立つ人間」は必ずこちらの存在に気づく。特に、こちらに何か「目立つもの」がある場合は。
問題は今日の午後、早速やってくることになっていた。
入学式の後、午前中は学園の施設案内と諸々の説明に費やされた。
案内役は三年生の先輩たちで、要領よく各棟を回っていく。俺は地図を頭に叩き込みながら歩いた。転移に必要なのは「場所の明確なイメージ」だ。初日のうちに学園全体の構造を把握しておく方が良い。
途中、同じ班になった生徒が二人、話しかけてきた。
一人は赤みがかった茶髪の少年で、名乗るより先に「訓練場はどっちですか!」と先輩に聞きに行ったため、俺は後から名前を知ることになる。クロード・フォン・メルヴィン、男爵家の長男。火属性の魔法師見習いで、入学前から冒険者まがいのことをしていたらしい。
もう一人は、地味な麻布の制服を着た少女だった。書類を手に地図と見比べながら歩いていて、俺が「図書館はあの棟ですよ」と教えると、「ありがとうございます」と短く言ってまた地図に戻った。セラ・ミストレア。フォレスタ方面の農村出身の平民奨学生だと、後で本人から聞いた。
二人とも、俺が貴族だと分かると少し身を固くした。
クロードは「あ、でも俺も一応貴族なんで!」とやたらと言い訳がましく、セラは「失礼なことを言ったら申し訳ありません」と改まった。どちらも無意識の反応だろう。
「気にしなくていい」と俺は言った。「ここでは同期ですから」
クロードは「うおっ、物わかりの良い貴族だ!」と素直に喜んだ。セラは「……物わかりが良いと言うより、何かを測っている感じがする」と呟いて、俺が振り返ると「独り言です」とそっぽを向いた。
鋭い子だ、と思った。
午後の魔法測定は、大型の演習場で行われた。
演習場はそれ自体が一つの建物で、中央に広い実習スペース、壁に沿って観覧席がある。百人以上の新入生が三グループに分けられ、順番に測定を受ける形式だ。
測定には「魔力測定器」と「属性鑑定球」の二種類の器具が使われる。
魔力測定器は水晶柱のような装置で、手を当てると内部の光の強度で魔力量とその制御度を計測する。属性鑑定球は手のひら大の球体で、持った人間の魔法属性と親和度を色と模様の変化で表示する。
どちらも測定師(鑑定師の下位資格)が操作し、数値を読み取って記録簿に書き込んでいく。
俺の順番は、グループの中ほどだった。
それまでの時間、他の生徒の測定を観察した。
測定師は三人おり、生徒を流れ作業で捌いていく。貴族の子弟は軒並み「B以上」の数値を出し、中には「A」が出て周囲から歓声が上がる場面もあった。平民奨学生の多くはC帯で、それでも「学園推薦を受けるだけある」という水準だ。
セラの番が来た。
彼女は無表情で測定器に手を当て、球体を受け取った。
球体が土色に光った。土属性。それ自体は珍しくないが、光の強さが他とは段違いだった。測定師が二度見をして、数値を確認し直す。
「……Sランク」
周囲がざわめいた。
Sランクというのは、学園全体を見渡しても数人しかいない水準だ。新入生でそれが出るのは異例中の異例らしく、観覧席の先輩たちまでがざわついていた。
セラ本人は顔色一つ変えなかった。淡々と球体を返し、元の場所に戻った。だが耳の先が少し赤かった。
俺の番が来た。
測定師に促されて、俺は魔力測定器の前に立った。
ここが問題だ、と俺は内心で考えた。
自分の本当の数値を出すつもりはなかった。
転移魔法もアイテムボックスも、固有魔法として測定結果には出てしまう。属性は虚空と出るだろう。それ自体は隠せない。しかし魔力量と制御度、そして親和度の数値は、体内で魔力を意図的に絞ることである程度操作できると、練習の中で確かめていた。
目標は「Aランク程度」に抑えること。
十分に優秀だが、驚かれない範囲。子爵家の次男として説明のつく範囲。
測定器に手を当てた。
意識的に魔力の流量を絞った。抑制の感覚は練習通りで、問題ない。
光が灯り、測定師が数値を読み始めた。
「魔力量……A。制御……A。いずれも優秀です」
周囲からは「おお」という程度の反応。A2つは上位ではあるが、想定の範囲内だ。
次に属性鑑定球を受け取った。
ここが本番だ。
属性と親和度は魔力量より細かい操作が難しい。属性そのものは出てしまう。しかし親和度の「見え方」を、精密な制御でどこまで抑えられるか。
球体を持った瞬間、光が溢れた。
それ自体は想定内だった。
問題は、光の「色」だ。
通常の属性色は赤(火)、青(水)、緑(風)、茶(土)、黄(雷)、白(光)、黒(闇)で発光する。
俺の球体から出た色は、そのどれでもなかった。
深い、銀に近い紫。
宇宙の色に似ていた。
測定師が手を止めた。
「……これは」
親和度を抑制しようとする俺の試みは、一つの誤算で崩れた。
虚空属性の親和度が高すぎて、抑制している魔力そのものが「空間に溶け込む」ような動きをしてしまったのだ。絞れば絞るほど、逆に特異な反応が出た。
「属性……虚空。親和度は」
測定師が数値を読もうとして、止まった。
もう一度、器具を確認した。
目をこすった。
俺は平静を保っていたが、内心は静かに「あちゃあ」と思っていた。
「……す、すみません、少しお待ちください」
測定師は隣の同僚に声をかけた。同僚が数値を覗き込み、表情が固まった。二人が小声で言葉を交わす。俺には聞こえる距離だったが、周囲の生徒への配慮で敢えて内容には反応しなかった。
「器具の確認をしますので、少し……いえ、失礼、間違いではありません、これは確かに」
測定師がこちらを見た。
その顔は、確かに蒼白だった。
事態は少し、ざわつく方向に転がった。
測定師の一人が「上席の鑑定師を呼んでくる」と言い残して演習場を出て行き、それだけで周囲の新入生たちの視線が俺に集まった。
「何が起きたんだ?」
「虚空属性って何?」
「珍しいの?」
「珍しいどころじゃないよ、空間系は百年に一人いるかどうかって話じゃ」
ざわめきの中で、俺は動揺を顔に出さないようにしながら、どう立ち回るかを考えた。
隠す必要はある。ただし嘘はつかない方がいい。虚空属性という事実は、今日この場で複数人に目撃された以上、もう隠せない。であれば、それを認めた上で「数値は今後確認する」という形に持っていくのが最善だ。
しかし待つことになったその数分間、俺にとって本当に面倒なことが起きた。
演習場の後方から、一人の生徒がこちらに近づいてきた。
ダリウス・フォン・アードラーだった。
自分の測定を終えた後も観覧席に残っていたらしく、今の騒ぎを見ていたのだろう。整った顔に薄い関心の色を乗せ、まっすぐ俺の前に立った。
「エールハルト、だったか」
確認する口調ではなく、断定だった。
「はい」
「虚空属性が出た、ということで間違いないか」
「測定結果として、そう出たようです」
俺は丁寧に、でも一歩も引かない口調で答えた。
ダリウスの目が、俺の顔をしばらく観察した。何かを探るような目だった。
「子爵家の次男が虚空か」
言い方に、明確な含みがあった。
「子爵家ごとき」という意味だ。わざわざ爵位を出して言うのは、それ以外に意図がない。
「子爵家の次男でも、属性は選べませんので」
俺は表情を変えずに言った。
「そうだな」とダリウスは言った。「だが親和度の数値次第では、測定器の誤作動という可能性もある。虚空属性の確認には上位の鑑定師が要る。それが来るまでは確定でもないだろう」
「仰る通りです」
「……」
俺が素直に同意したのが、少し意外だったようだ。ダリウスは一瞬、返答を探す様子を見せた。言い返される前提で来たのかもしれない。
「アードラー公爵家の嫡男と同期になれて、光栄です」と俺は付け加えた。
社交辞令としての言い方だったが、嫌みなく言えるのが大事なところだ。相手を立てつつ、自分も一歩も引いていない、という形を維持する。
ダリウスはもう一度俺を見て、無言で元の場所に戻った。
火種にはならなかった。少なくとも今日は。
上席の鑑定師が来たのは、それから十分後だった。
三十代と見られる女性で、きちんとした魔法師の礼服を着ている。鑑定師としての認定証を胸に下げていて、目に知性の光があった。名をクルーガー鑑定師という。
「あなたがエールハルト子爵家の」
「ライナス・フォン・エールハルトです。お手数をかけて申し訳ありません」
「いえ」とクルーガー鑑定師は言った。表情は平静だが、その目に好奇心に近い光がある。「念のため、改めて測定させていただきます」
今度は専用の測定器が運ばれてきた。通常より精度が高い、上位鑑定用の装置だ。
俺は腹を決めた。
魔力量は、Aのまま抑制できる。問題は属性と親和度だ。虚空属性自体は出る。そして親和度を抑えようとしても、さっきの失敗が再現される可能性が高い。
最低限「数値が高すぎて計測不能」という結果は避けたかったが、それが難しいなら、「正確な数値の確定には時間が必要」という形にするしかない。
測定器に手を当てた。
「魔力量……A」
そこまでは成功だ。
属性鑑定球を受け取る。深い銀紫の光が、また溢れた。
クルーガー鑑定師の目が、わずかに見開かれた。
「虚空属性。間違いありません」
周囲のざわめきが大きくなった。
「親和度は」
鑑定師が数値を読み上げようとして、また止まった。
俺の親和度抑制の試みは、今度もうまくいかなかった。上位測定器は精度が高い分、わずかな魔力の揺らぎも正確に拾ってしまう。
「……上限値を超えています」
静かに、でもはっきりと鑑定師は言った。
「測定器の表示では……SSS、もしくはそれ以上」
今度の沈黙は、長かった。
クルーガー鑑定師は俺を見た。先ほどとは違う目だった。好奇心の中に、何か重いものが混じっている。
彼女は声を低くして、俺だけに聞こえるように言った。
「エールハルト様。この数値は、私が鑑定師として十二年間で一度も見たことがありません」
「……そうですか」
「あなたは、これまで誰かに測定を受けたことは?」
「元服時に、領地の鑑定師に。その時は……A判定でした」
嘘ではない。元服時の鑑定でも、俺は意図的に数値を絞っていた。
クルーガー鑑定師はしばらく考えるような沈黙の後、「承知しました」と言った。
「詳細については、学園側と連携した上で改めてご説明します。今日のところは記録として残させていただきます」
「よろしくお願いします」
俺は礼を取って、元の位置に戻った。
周囲の視線が、刺さるように集まっていた。
その日の夕方、俺は一人で学園の中庭に出た。
石造りのベンチに腰を下ろし、夕暮れの空を見上げた。
今日だけでいくつかの火種を作ってしまった、と考えた。
虚空属性の判明。ダリウスとの最初の接触。測定結果が記録に残ること。
予想より早く「目立つ」ことになった。抑制は失敗だった。今後はより精密なコントロールを身につけないと、想定外の場面で本当の数値が出てしまう可能性がある。
「やっぱり来てた」
声がした。
振り返ると、エリーゼが中庭の入口に立っていた。
侍女は連れていない。手に一冊の本を持っていた。
「分かりましたか?」
「今日の話が噂になるのは、あっという間よ。女子寮は特に早い」
エリーゼは俺の隣に腰を下ろした。本をベンチに置いて、正面を向いたまま言った。
「聞いてもいい?」
「どうぞ」
「虚空属性、本当に出たの?」
「出ました」
「……測定器を壊したって話もある」
「さすがにそれは誇張です。少し困惑させただけで」
エリーゼは小さく吹き出した。
「それで済んでるの? SSS以上って聞いたけど」
「測定器の上限の話で、俺の数値が正確にいくつかは、まだ分かっていません」
「そういうことにしておきましょう」とエリーゼは言った。「……ライナス」
「何ですか」
「昨日言ったこと、今日でより本当のことになったわ」
「と言うと」
「あなたには何か大きなものがある。そのことを私はより確信した」
俺は返事をしなかった。
エリーゼも続けなかった。
二人で並んで、夕暮れの空を見ていた。
遠くで鐘が鳴った。夕食を知らせる鐘だ。
「行きましょう」
エリーゼが立ち上がった。本を手に取って、こちらを見た。
「食堂で会うのは婚約者として変に目立つから、今日は別々に行きましょうね」
「賢明な判断です」
「でも明日からは、ちゃんと一緒に座りましょう。隠すことでもないし」
彼女は先に歩き始めた。
その背中を見ながら俺は、前世の自分だったら、この状況をどう評価しただろうかと一瞬考えた。
想定外が重なった初日。しかし、隣に置いておける人間が一人いる。それは悪い出発点ではない。
俺も立ち上がり、中庭を後にした。
寮の自室に戻った後、ランプに火を入れ、机の前に座った。
手帳を開いて、今日見えたことを書き出した。前世の教師の頃の習慣で、頭の中のことを書き出すと整理が早い。
ダリウスについて。今日は火種にならなかったが、彼は確実に俺を意識した。公爵家の人間が「子爵家の次男が虚空属性」という事実をどう処理するか。競争相手と見るか、排除すべき異物と見るか。しばらく様子を見る必要がある。
虚空属性の公開について。もはや半ば既成事実なので、取り繕うより「珍しい属性だが大したことはない」という印象に落ち着かせる方向が良い。過剰な反応を示さず、普通に学園生活を送ることが最善の対処だ。
クルーガー鑑定師について。あの目は信用できる目だと俺は感じた。学園側への報告は必ずあるが、彼女が意図的に情報を広げるタイプではなさそうだ。
前世の記憶が言う。「目立った後に大事なのは、目立ち続けることではなく、普通に見えること」。
歴史上、突出した才能を持ちながら若くして潰された人間は多い。その多くは、才能を見せすぎた。必要以上に見せた。あるいは見せた相手を間違えた。
俺は長く生きたい。長く動き続けたい。
そのためには、適切な速度で、適切な相手に、適切な量だけ見せていく必要がある。
手帳を閉じた。
ランプの炎が揺れた。
遠くから、まだ賑やかな声が聞こえてきた。新入生の夜は長い。
俺は窓の外の夜空を少し見て、目を閉じた。
明日からが本番だ。




