第7話 あの子との出会い Ⅳ
翌日。
起きると隣のベットにルカはいなかった。
「ん〜」
と伸びをし、あたりを見渡すがルカはいない。
どこに行ったんだろうと考えていると、部屋のドアが開く。
「あっ、おはようございます、ルーナ様」
「ん、おはよう、ルカ」
「朝食の準備ができたようです。下の食堂で食べられますか?」
「ん、そうする」
「はい」
宿屋が用意してくれたのはパンとスープ、それから焼いたベーコンと卵だった。
「ご飯が豪華って聞いてたけど、本当に豪華だね」
「そうですね」
ルカが椅子を引いてくれる。
「ありがと」
そう言って椅子に座る。
向かいに座ったルカも軽く頭を下げてから席についた。
朝の食堂は比較的静かで、数人の冒険者が眠たそうな顔で食事をしている。
焼いた肉の匂いと、温かいスープの香りが漂っていた。
「いただきます」
「いただきます」
スープを一口飲む。
「……美味しい」
「よかったですね」
「うん、職権濫用して調べさせた甲斐があった」
「あははっ」
ルカが小さく笑う。
その反応に、少しだけ満足してパンをちぎった。
「ルーナ様でもそういうことするんですね」
「どうせなら美味しい食事を食べたいじゃん」
「そうですね」
と笑いながらルカはいう。
「ここから先は竜の縄張りだから気を抜かないでね」
と私がいうとルカは「はい」と即答する。
目の奥に、さっきの柔らかさはもうない。
……切り替え、早いなぁ。
「緊張してる?」
そう聞くと、ルカは一瞬だけ迷ってから頷いた。
「少し」
「そう、……あっ」
「どうしましたか?」
「魔竜が争ってる。報告されてた個体数よりすくない」
魔力探知で魔竜たちの様子を探りながらいう。
「少ない?」
「うん、他の群れか個体と衝突してすでに何体か死んでるっぽい」
「っ」
とルカは息を呑む。
恐怖と緊張の混ざった表情。
「怖い?帰りたかったら帰っていいよ」
「………いえ、大丈夫です」
そういうルカは覚悟を決めたようだ。
「…そう」
ルカは剣に手を伸ばし、いつでも出せるようにする。
「う゛う゛〜!」
と唸り声が聞こえる。
「魔狼?!」
とルカは驚いたように声を上げる。
ここはまだ村に近く森も浅い。
魔狼は森の深いところにいるはずのだ。
「魔竜の戦闘に巻き込まれないように逃げてきたんだ」
「っ」
「とっとと魔狼倒して魔竜のとこ行くよ」
「っはい!」
次々と襲いかかってくる魔狼の魔核を的確に魔力の弾丸で貫く。
ルカは剣に炎を纏わせて切っている。
魔狼の皮は厚く、剣を弾く。
「っ、硬い……!」
ルカが歯を食いしばるように呟く。
「集中っ!炎じゃなくて魔力自体を剣に纏わせて、刃を鋭くするイメージで」
指示をするとルカは剣に魔力を纏わせ始める。
瞬時に言われた通りのことができるのは才能か。
次の瞬間、魔狼に剣先が当たる。
「通ったっ!」
と喜色の滲んだ声。
「次第点、かな」
と小さく呟く。
「ごめんね」
瞬間、周りを取り囲んでいた魔狼がボロボロと崩れる。
「なっ」
とルカは驚きの声を上げ、振り返る。
「な、何したんですか」
「魔力の糸でみじん切りにしただけ」
魔力の糸は数cm作るだけで大量の魔力を消費する。
そして、魔力の糸を目に見えないぐらいまで細くするのはとてつもない技術を必要とする。
「み、みじん切り……?」
ルカの声が引き攣る。
崩れ落ちた魔狼たちは、一見すると原型を保っている。
けれど次の瞬間、肉も骨も細かく断たれたようにばらりと崩れた。
「でも、これ効率悪いんだよね。素材をダメにしちゃうから」
「まあ、魔石は取れるけどさ」
と言いながら魔狼の死体から紫色の魔石を取り出す。
「周りへの被害がゼロにできるからよく使ってるけど、これ魔力効率悪いから普通に魔法撃ったほうがいいんだよね」
「魔力…大丈夫なんですか?」
「うん、全然減ってない」
「えぇ……」
と、声を引き攣らせる。
私は魔石についた血を軽く払って袋に入れた。
「じゃ、奥に行こうか」
と声をかけ、魔法で少し浮きながら奥へ移動する。
ルカはなんとか追いつこうと走っている。
少し開けたところに入る前に、ルカの目の前に手を伸ばし止まらせる。
「わっ」
急に伸ばしたせいでルカは驚いて声を上げる。
「しー」
と指を口に当て静かに、とジェスチャーする。
「上に竜が飛んでる」
前を指し
「そこに出たらすぐに戦闘になると思うから」
ルカは息を呑み、私の指した先を見上げる。
木々の隙間。
高い空を、大きな影が横切っていた。
翼を一度羽ばたかせるたび、風が森を揺らす。
「……大きい」
ルカが小声で呟く。
「成体だね、だいぶデカい」
私も声を落として返す。
魔竜は旋回するように空を飛んでいる。
何かを探しているみたいに。
「…探してる?」
「え?」
探している……なにを?
もう一度、魔力探知を掛け直す。
小さく、魔力の反応が全くない箇所がある。
一般の魔力探知では探知できないもの、それは…
「ぐおおおおおぉ」
と竜の咆哮。
魔力の圧で手がピリピリとする。
「っ」
ルカは初めての竜の魔力を歯を食いしばって耐えている。
「くるよ」
瞬間、目の前に竜の口。
「なっ」
ルカは瞬時に防御魔法を発動させる。
が、ガシャンとすぐに壊される。
竜が壊すまでの短い時間でルカは私を抱えて横に避ける。
「わー」
世界が一瞬、横にずれた。
さっきまで立っていた地面はえぐれ、木々が根こそぎ吹き飛ぶ。
「ありゃま」
「呑気なこと言ってる場合ですか?!」
とルカが叫びながら言う。
竜は再び飛び上がり、上空から炎を吐き、攻撃してくる。
ルカは私を抱き抱えながらギリギリのところで攻撃を避けている。
炎が空から降ってくるたび、森が一瞬で明るくなって、次の瞬間には焦げた匂いと黒煙に沈む。
ルカは息を切らしながら、それでも私を抱えたまま跳ぶように位置を変え続けていた。
「がんばー」
「頑張ってます!!今すぐ手伝ってください!!」
「えー、やだー」
「やだじゃないですっ!死にますよっ!」
「死ななーい死ななーい」
「死にますっ!」
「生きる生きる!あははは!」
炎の直撃をギリギリで避けながら、ルカは極限まで感覚を研ぎ澄ましている。
「笑ってる場合じゃっ、ないですっ!!」
「だって楽しいし」
「どこがっ、ですかっ!!」
また炎が落ちる。地面が抉れる。
ルカは私を抱えたまま横に転がるように避けて、そのまま勢いで立ち上がる。
「……ルーナ様っ!!お願いですから一回だけっ、真面目にっ!!」
「今ずっと真面目だよ?」
「嘘です!!」
即否定された。
「真面目なのにー」
「そんなキャラでした?!」
「はいはーい……1回だけだよ?」
次の瞬間、ルカを攻撃していた魔竜の1体が地に堕ちる。
「…えっ」
「…羽を落とせば竜もトカゲと変わらないって言うじゃん?」
立ち止まり、ポカンとしているルカを見る。
「ほらほら、まだ一体残ってるよー」
「なっ!どうせならどっちも殺ってくださいよ!」
「何事も、経験だよ!少年!」
「もう、少年って歳じゃないです!」
「大きくなったねぇ〜」
「そんなに変わってないです!まだ会ってから1年しか経ってないです!」
「……ねぇ、さっきの場所からだいぶ離れたよね?」
「え?…はい、離れたと思いますけど、、、?」
「そかそかぁ…おろして」
こちらを警戒して降りてこない魔竜を見据える。
仲間を殺され憤りながらも感情に身を任せて襲ってこないのは、歳をとっている魔竜だからだろう。
「え?わ、わかりました」
ルカが私を降ろす。
「本当はさ〜、もうちょっと鍛錬積ませたかったんだけど、今回は急がないとだからねー」
「え?」
ルカは不思議な顔をしている。
「ごめんね」
と小さく呟く。
圧縮した魔力で魔核を撃ち抜く。
ズドンッと大きな音と共に地が揺れる。
「なっ」
ルカは驚き、固まっている。
「じゃ、いこか」
「え、いやいやいやいや、一撃、、、?」
「どした?」
「……僕がルーナ様を抱えて逃げ回った意味って、、、」
「んー?」
私は少し考えるふりをする。
「私からの愛情?」
「絶対違いますよね?!」
即答だった。
「あははっ」
ルカはがくりと肩を落とす。
「僕、本気で死ぬ気で避けてたんですよ……?」
「知ってる知ってる。ちゃんと頑張ってたじゃん」
「だったら最初から倒してくださいよ……!」
「でもルカ、ちゃんと竜の攻撃避けれてたし」
「避けるしかなかったんです!」
「実戦経験って大事だよ?」
「相手が魔竜じゃなければ納得しました!!」
私は笑いながら歩き出す。
後ろでは、ルカがまだ何かぶつぶつ言っている。
「というか、途中で“楽しい”って言ってましたよね……絶対遊んでましたよね……」
「ほらほら〜おいてくよ〜」
と後ろにいるルカの方を振り返る。
ルカが私の方までかけてきて言う。
「…なんで僕を連れてきたんですか?」
「ん〜?」
「1人でも十分対処できましたよね」
「魔塔の後輩に経験を積ませるのも魔塔主の役目だからね〜」
「だいぶ強引でしたけどねっ!?」
「大丈夫!大丈夫!安全は確保してたし、怪我しても即死じゃなきゃ助けられるし」
「怪我はする前提だったんですね」
「まあ、そうだけど、基本的に勝手な行動しなきゃ怪我しないようにしてるよ」
「勝手な行動?」
「そっ!魔狼とか魔竜にビビって逃げ出したりしない限り、ね」
ルカを見て私はニコッと笑う。
「……っ」
ルカが言葉を詰まらせる。
「……あっ、遅かったかぁ〜」
「え?」
と俯いて何かを考えていたルカが前を向く。
割れた卵。
抱えられるほどの大きく、この世のものとは思えないほど白い。
割れた破片を手に取る。
「あ〜ぁ」
「…なん、ですか、これ」
ルカは戸惑ったようにいう。
「竜王の卵だよ、割れてない完全な状態で手に入る、いい機会だと思ったんだけどなぁ〜」
「これが…」
「次は50年後ぐらいかぁ〜」
「え?!50年周期なんですか?!竜王が?!」
「竜王っていい素材になるからある程度の大きさになると狩られちゃうんだよ〜」
「そんな簡単に狩れるんですか、竜王って」
「い〜や、そんなことないけど、多勢に無勢ってやつ?」
「…なんで、子供の頃に狩らないんですか」
「だって、子供の頃じゃ取れる素材が少ないじゃん?」
「…でも、狩る時に被害が少なくて済むんじゃないんですか?村を襲ったりすることもあるだろうし」
「村を襲っても竜王だけは殺さないで生かすんだよ」
「…なんで」
「だから言ってるじゃん、素材が多いから、金になるからだよ」
「っ、素材のために、人の命を犠牲にするんですか……」
「この世界で、人ひとりの命なんてとっても軽いんだよ、言ったでしょ?ありきたりな不幸って」
「ありきたり…」
「そう」
ルカを前に腕を広げニコッと笑い
「今、この瞬間もこの世界のどこかで誰かが不幸になっている。誰かが理不尽な目に遭っている」
ルカは、その言葉にすぐ返せなかった。
口を開きかけて、でも言葉が形にならないまま止まる。
「……それを」
ようやく出た声は、少し掠れている。
「それを、当たり前みたいに言うんですね」
ルーナは肩をすくめる。
「当たり前っていうか、現実?」
「現実だからって……」
ルカは一度、視線を落とした。
「……僕、正直わかりません」
ぽつりと続ける。
「この世界の“正しさ”が」
ルーナはすぐには返さない。
少しだけ間があってから、いつもの軽い声で言う。
「正しさなんて、最初からそんなものないよ」
ルカが顔を上げる。
「正しいから勝つんじゃない、勝ったものが正しい世界だ」
「…」
「優しい人が損する世界で、弱いものが泣く世界。変えたいなら、強くなればいい。泣きたくないなら強くなきゃいけない。強くなればいいんだよ少年」
「…」
「あっ、忘れてた。竜王探さなきゃじゃん!」
「今の流れでそれ言いますか……」
呆れと脱力が混ざった声だった。
ルーナは軽く手を叩く。
「ほらほら、シリアス終了〜」
「終了じゃないです」
即答する。
「早く竜王見つけないと!他の魔竜に連れてかれたら面倒なことになるよ!」
「わかりましたよ!」
「よかったね〜すぐ見つかって」
そう言う私の腕の中には眠りこけている幼い竜王。
「それ、どうするですか」
竜王を見ながらルカはいう。
「どうしよっか〜」
「…殺さないんですか」
「迷ってんだよね〜」
「迷う?」
「そっ、竜王って生態をほとんど分かってないんだよ」
「ま、まさか」
「連れて帰って魔塔で飼おうかなって!」
「なっ!そんなの許されるわけ…」
「誰の許しが必要なのさ」
手を胸に当てる。
「世界最強な魔法使いの私に、ダメと言える人なんているわけないでしょ?」
「はぁ〜」
とルカは長いため息をつく。
「それに」
「それに?」
「可愛いんだもん!」
「絶対それが理由じゃないですか!」
とルカの絶叫が森に響いた。
今後は週一投稿になります。




