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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 7

【地下の狂気】シェルターの特権階級

渋谷区、松濤しょうとう

都内屈指の高級住宅街の地下深く、分厚いコンクリートと鉛に覆われた空間には、場違いなほど優雅なクラシック音楽が流れていた。

「パパ、このお肉ちょっとパサパサしてる」

「我慢しなさい。A5ランクの和牛とはいえ、缶詰なんだから。あとで桃のコンポートを開けてあげよう」

IT企業社長の俊哉としやは、娘の頭を撫でながら、ボルドーの赤ワインをグラスに注いだ。

LEDの疑似太陽光ランプが照らすダイニングテーブルには、高級な保存食が並べられている。完全な防音、独立した空気浄化システム(NBCフィルター)、そして巨大な水槽。彼らは数千万円を投資して、この完璧な「箱舟」を手に入れていた。

俊哉はワインを口に含みながら、壁に埋め込まれた大型モニターに目を向けた。

そこには、地上に設置した隠しカメラの映像が分割して映し出されている。

白黒の暗視映像の中、かつて美しかった庭の芝生は踏み荒らされ、泥棒のように這いつくばった数人の男女が、庭木の皮を剥がして貪り食っていた。一人が倒れ伏すと、他の者がその着衣を剥ぎ取り、何かを奪い合って殴り合いを始める。

「……愚かだな。普段から危機管理能力のない底辺どもが」

安全な特等席から見下ろす地獄の光景は、俊哉の歪んだ優越感を満たした。

第三話で暗躍した不動産屋の黒崎から、このシェルターの情報を「名簿から消去」させるために多額の裏金を払った甲斐があった。暴徒も、そして政府軍の徴発部隊も、この地下の楽園の存在には気づいていない。

自分たちは選ばれた人間だ。このまま三ヶ月間、ワインを飲みながら下界の虫どもが自滅するのを眺めていればいい。

そう確信していた俊哉の耳に、微かな、しかし致命的な電子音が届いた。

『ピーッ。警告。非常用発電システムの燃料残量が規定値を下回りました』

「……は?」

俊哉は血相を変えて、壁面のコントロールパネルに駆け寄った。

タッチパネルのインジケーターには、無慈悲な赤い警告マークが点滅している。

「嘘だろ……。計算上は、軽油タンク満タンで三ヶ月(90日)持つはずだぞ!?」

「あなた、どうしたの?」

「黙ってろ!!」

妻を怒鳴りつけ、俊哉は震える指でシステムログを遡った。

そして、絶望的な設計ミス(あるいは施工業者の手抜き)に気づいた。NBCフィルターの稼働と、この広大な地下室の空調・照明をフル稼働させた場合の消費電力が、想定カタログスペックを大幅に上回っていたのだ。

現在のペースで燃料を消費した場合、発電機が停止するのは——あと『約30日後』。

「……あ、ああ……」

発電機が止まれば、換気システムが死ぬ。密閉されたこの空間は、数時間で二酸化炭素に満たされ、全員が窒息死する。

生き延びるためには、地上に出るしかない。

俊哉は再びモニターを見た。

カメラの向こうでは、先ほどまで殴り合っていた暴徒たちが、こちら(地下への隠しハッチ)の通気口の不自然な金属部品に気づき、血走った目で何かを指差していた。

「……あいつら、気づいたのか? いや、待て、開けるな……! そこを開けたら……!」

安全だったはずの分厚い防爆ドアが、突如として「自分たちを閉じ込める棺桶の蓋」に変わった瞬間だった。

外に出れば、飢えた獣の群れに八つ裂きにされる。

中にとどまれば、暗闇の中でゆっくりと息絶える。

ワイングラスが俊哉の手から滑り落ち、赤い飛沫を上げて粉々に砕け散った。

完璧な箱舟は、1400万人の地獄の中で最も残酷な『処刑室』へと姿を変えたのだ。

地下の静寂の中、空の数字は見えなくとも、確実な死へのカウントダウンが響いていた。

【1835:44:12】

特権階級の驕りは、緩やかな窒息という狂気へと変わっていった。

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