EP 9
【CQB対決】トラップ破り
暗視装置(NVG)を通した緑色の視界の中で、マサは小さく舌打ちをした。
「……なるほど。半グレどもが全滅するわけだ」
中村家の玄関ドアをピッキングで無音解除し、土間へ足を踏み入れたマサたちの目の前には、薄い釣り糸が幾重にも張り巡らされていた。その先には、天井から吊るされた重量物や、毒々しく光るガラス片の絨毯が待っている。
「ケン。ワイヤーカッターで糸を切れ。絶対に音を立てるな」
「了解」
手下のケンが手慣れた手つきで釣り糸を切断し、罠を無効化していく。
マサは89式小銃を構えたまま、周囲を警戒していた。
(罠の配置、動線の絞り込み、どれを取っても一級品だ。だが、仕掛けが古臭い。古典的なブービートラップは、見破られればただのゴミだ)
彼らは暗視装置という「夜の目」を持っている。仕掛け線など、緑色の視界の中では太いロープのように丸見えなのだ。
「クリア。進めます」
ケンの合図で、三人は一階の廊下へと侵入した。
目指すは、家主が潜んでいるであろう二階への階段。彼らは足裏から伝わる床の軋みすら殺し、流れるようなフォーメーションで廊下の奥へと進んだ。
階段の最下段まで到達した時。マサはふと、階段の中腹にある「不自然な出っ張り」に気づいた。
(……指向性地雷か? いや、そんな物資はないはずだ)
マサがハンドサインで部下を止め、自ら身を乗り出して確認する。
そこにガムテープで固定されていたのは、罠の起爆装置ではなく、ただの黒い筒状の物体だった。そして、そこから伸びた糸が、マサが今まさに踏み出そうとしていた階段の段差に繋がっている。
(ただのフラッシュライト? ……馬鹿な。こんなもので目隠しになると思っているのか)
最新の暗視装置には、強烈な光を自動で減光する「オート・ゲート機能」がついている。ライト程度の光で失明することはない。マサは鼻で笑い、銃口の先端でその糸を引っかけ、無造作に切断した。
『罠を解除した』——その安堵感。
それが、優太が狙っていた「プロが最も無防備になるコンマ一秒の隙」だった。
——カッ!!!
糸が切断された瞬間、階段に固定されていた『三つの』タクティカルライトが、一斉に発光した。
それぞれが1000ルーメンを超える、強烈なストロボ発光。
マサの予想を超えていたのは、その「光の向け方」だった。
ライトの光はマサたちに直接向けられてはいなかった。
階段の壁面に貼られた『アルミホイル』と『鏡の破片』に向けて照射されていたのだ。
乱反射した致死量の光の束が、狭い廊下のあらゆる角度から、三人の暗視装置のレンズに殺到した。
「ガァッ!?」
オート・ゲート機能が処理できる限界を超えた乱反射の嵐。
暗視装置を通した視界が「真っ白に焼き切れ」、マサと二人の部下は完全に視力を奪われた。
暗闇の絶対的優位が、一瞬にして「完全な盲目」へと裏返った瞬間だった。
「クソッ、目をやられた! 撃て! 上に向けて撃ちまく——ッ」
パニックに陥ったケンが、引き金に指をかけようとした。
しかし、その声は最後まで発せられなかった。
——ドスッ!
二階の死角から放たれた由恵の矢が、ケンの防弾チョッキの隙間——鎖骨の上部を正確に貫き、肺と大動脈を同時に破壊したからだ。
「ゴボッ……」と血の泡を吹き、ケンが音もなく膝から崩れ落ちる。
「ケン!? どこからだ!」
視界が真っ白なまま、マサともう一人の部下が背中合わせになり、銃を構える。弾薬の無駄撃ちは致命傷になるため、彼らも容易に引き金を引けない。
その時、暗闇と閃光が交錯する階段の上から、死神が舞い降りた。
防護服(ゴミ袋)を纏い、一切の足音を消した優太が、滑空するように部下の懐へと潜り込んだ。
部下が気配を感じて銃口を向けようとしたが、遅い。
——ヒュンッ。
優太の左手が下から跳ね上がり、部下の89式小銃の銃身を強引に上へと弾き飛ばす。同時に、右手に握られた薙刀の石突き(柄の末端)が、部下の顎の先端を粉砕した。
「ア、ァ……」
脳が激しく揺らされ、部下の手から小銃が滑り落ちる。
優太はそのまま薙刀を翻し、刃を部下の頸椎に叩き込んで一瞬で沈黙させた。
銃声一つ、悲鳴一つ立てさせない。
これこそが、外科医とアーチェリーの名手が織りなす、完璧な『無音の処刑』だった。
「……化け物が」
数秒後。ようやく暗視装置のハレーションから回復し、視界を取り戻したマサの目の前に広がっていたのは。
すでに肉塊と化した二人の部下と、血に濡れた薙刀を静かに下段に構える、異形の狩人(優太)の姿だった。
空の赤い数字が、二人きりになった戦場を冷たく照らす。
【1650:18:22】
(封鎖から約21日経過)
プロの傭兵と、家族を守る鬼。
絶対的な殺意が交差する、最後の近接戦闘(CQB)が始まろうとしていた。




