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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 10

【愛の鬼、完全勝利】家族のための殺戮

「……一般人の動きじゃねえ。何者だ、お前」

暗視装置をかなぐり捨てたマサは、足元に転がる二人の部下の死体を一瞥し、目前の「黒い防護服の男」を睨みつけた。

室内という極端な閉鎖空間(CQB環境)、しかも互いの距離はわずか一メートル。長大な89式小銃はすでに取り回しが効かない「ただの鉄の棒」と化している。

マサは一切の躊躇なく小銃を手放し、腰のシースから漆黒のタクティカルナイフを抜き放った。元特殊作戦群のプライドと生存本能が、目前の敵を「同格以上の殺戮者」と認定していた。

「水が欲しけりゃ、くれてやる。お前の首の動脈からなッ!」

マサが地を蹴り、無音のまま優太の喉笛へ向かってナイフを突き出す。

プロの踏み込み。体重の乗った必殺の一撃。

しかし、優太のゴーグルの奥の瞳は、一切の動揺を見せなかった。外科医の動体視力は、マサの肩の筋肉の収縮から、ナイフの軌道をコンマ一秒の狂いもなく「解剖」していた。

優太は半歩だけ右へスリップし、切っ先を紙一重で躱す。

同時に、カーボン製の薙刀の柄を回転させ、マサのナイフを握る右手首を強かに打ち据えた。

「グッ……!」

手首の骨が軋む音が鳴るが、マサはナイフを落とさない。そのまま反転し、逆手で優太の腹部を切り裂こうとした、その時。

——ドスッ!!

「ガ、アァッ!?」

マサの右肩の関節(肩鎖関節)を、二階から放たれた由恵の矢が完全に貫通し、壁の石膏ボードごと縫い付けた。

アーチェリーの物理的な破壊力により、マサの右腕は完全に機能停止し、ナイフが床に落ちる。

「……由恵。ナイス・アシストだ」

「あなたの手術オペの邪魔はさせないわ」

二階の闇からの冷たい返答。

壁に縫い付けられ、激痛に顔を歪めるマサの首筋に、優太の薙刀の冷たい刃がピタリと当てられた。

「……殺せ。だが、俺たちを殺しても何も変わらねえ」

マサは血まみれの口元を歪め、呪いのように吐き捨てた。

「外の世界はもう終わりだ。次はもっとデカい群れが来る。お前ら家族も、いずれ干からびて野垂れ死ぬんだよ」

「勘違いするな」

優太は、虫けらを見るような目でマサを見下ろした。

「俺たちは『世界』を救うつもりなど一ミリもない。ただ、我がここにあるたった一つの命を、明日も笑わせるために戦っているだけだ」

「……狂って、やがる……」

ブラックタグだ。焼却炉へ行け」

優太の手首がわずかにスナップした瞬間。

薙刀の刃がマサの頸動脈を正確に切断し、プロの傭兵の命は、哀れな半グレたちと全く同じように、音もなく暗闇へと消えていった。

戦闘終了。

優太は静かに息を吐き、壁に飛び散った血を無表情で見つめた。

「……オペ終了。清掃クリーンアップに入る」

「ええ。すぐに猫砂と袋を用意するわ。香ちゃんが起きる前に終わらせましょう」

三人の完全武装したプロの死体。それを解体し、血を一滴も残さず拭き取る作業は、過酷を極めた。しかし、夫婦の手際には一切の迷いも淀みもない。

彼らは奪い取った89式小銃と暗視装置、そしてタクティカルベストの弾薬を自分たちの「新たな牙」として回収すると、残りの肉塊を何重にも密閉して床下の深淵へと葬り去った。

***

一時間後。

防護服を脱ぎ捨て、次亜塩素酸で全身を完璧に消毒した優太は、家の中心である『コア(浴室)』の重い扉を、音を立てずに開けた。

真っ暗な浴室の中、防弾素材の毛布に包まれた空の衣装ケースの中で、娘の香がすやすやと穏やかな寝息を立てていた。

一階で銃を持ったプロフェッショナルが屠られ、大量の血が流れたことなど、この小さな天使は微塵も知らない。

「……パパぁ……?」

不意に目を覚ました香が、小さな両手で目を擦りながら優太を見上げた。

優太は、つい先ほどまで人間の首を刈り取っていた手に一切の震えを見せることなく、世界で最も優しい微笑みを浮かべて娘の頬を撫でた。

「ごめんな。パパ、お仕事で少し遅くなっちゃった。……もう大丈夫だよ。悪い虫は、パパとママが全部追い払ったからね」

「うん……。パパ、つよいもんね……」

香は安心したように微笑み、再び優太の大きな手の中で深い眠りへと落ちていった。

由恵が後ろからそっと優太の肩を抱く。

血と狂気にまみれた世界の中心で、中村家の要塞だけが、狂おしいほどの愛と平和に満たされていた。

空の赤い数字が、悪魔の勝利を祝福するかのように静かに時を刻む。

【1648:00:00】

(封鎖から約21日経過。残り68日と16時間)

杉並の悪魔は、プロの猟犬すらも噛み砕いた。

彼らの「愛」が尽きない限り、この絶対防衛線が突破されることはない。

(第三章・完)

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