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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 5

【杉並の悪魔】都市伝説の誕生

「……おい、どうなってんだ? 中に入った二人はどうした!」

鮫島は、静まり返ったトラップハウスの玄関に向かって苛立ち交じりに声を潜めた。

先ほど奥から鈍い物音が聞こえて以降、何の反応もない。家の中からは呻き声一つ、足音一つ聞こえてこないのだ。

「誰か、様子を見てこい……って、おい?」

鮫島が振り返った瞬間、彼の心臓が早鐘のように跳ね上がった。

つい数十秒前まで自分の背後に立っていたはずの手下三人が、音もなくアスファルトの上に転がっていたのだ。喉笛から大量の血を噴き出し、ピクピクと痙攣している。

「な、なんだ!? いつの間に……!」

「さ、鮫島さん! あそこ! 暗闇に何か……ッ!」

生き残っている手下の一人が、震える指で隣家のブロック塀の影を指差した。

月明かりの下、黒い分厚いビニール(防護服代わりのゴミ袋)で全身を覆い、顔には不気味なゴーグルとマスクを着けた「異形の影」が立っていた。

その手には、先端からおびただしい血をしたたらせる、身の丈ほどもある長い刃物(薙刀)が握られている。

「……ヒッ、ば、化物だぁぁッ!!」

極限の恐怖にパニックを起こした手下の一人が、バールを振り上げて闇雲に突進した。

しかし、その男の体が優太に届くよりも早く。

——ドスッ!

「ガァッ!?」

男の右太ももに、二階の暗闇から飛来した『無音の矢』が深々と突き刺さった。

アーチェリーによる由恵の完璧な援護射撃だ。

太ももの大動脈を掠めた一撃に男が体勢を崩した瞬間、優太は滑るようなステップで間合いを詰め、薙刀の刃で男の頸動脈を瞬時に薙ぎ払った。

「ヒィィッ!! 逃げろ!! 殺される!!」

圧倒的な死の恐怖を前に、鮫島の部下たちは完全に戦意を喪失した。

我先にと来た道を戻ろうと背を向けて走り出す。しかし、そこはすでに優太が設計した『キルゾーン』のど真ん中だ。

逃げ惑う暴徒の背中に、由恵の放つ矢が次々と突き刺さる。

悲鳴を上げて転倒した者の首を、優太がゴミでも拾うかのような無造作な動きで、次々と刈り取っていく。

軍隊式の近接戦闘(CQB)と、一切の感情を排した外科医の解剖学。銃器すら持たないチンピラの群れなど、彼らの前ではただの「動く肉袋」でしかなかった。

「ど、退け! 俺の邪魔をするな!!」

鮫島は完全に狂乱していた。

自分の前に立ち塞がって逃げ惑う手下の背中を力任せに突き飛ばし、優太の薙刀の「囮」にして、自分だけは血まみれになって区画の外へと転がり出た。

背後で手下の喉が切り裂かれる鈍い音が聞こえたが、鮫島は一度も振り返ることなく、肺が破れるほど息を吸い込んで夜の街を逃げ走った。

***

それから数日後。

新宿区の外れ、廃墟と化した雑居ビルの地下で、生き残った別の略奪者グループが、集めた家具を燃やして暖を取っていた。

その炎の前に、ひどくやつれ、両目を虚ろにさせた鮫島が座り込んでいた。

あの夜、二十人いた部下をすべて失い、命からがら逃げ延びた彼は、もはやかつての凶暴なリーダーの面影はなく、ただの怯えた小動物に成り下がっていた。

「……おい鮫島。杉並の方に行けば、まだ水を持ってる家があるってのは本当か?」

別のグループのリーダーが、鮫島の襟首を掴んで問い詰める。

しかし鮫島は、ガチガチと歯の根を鳴らしながら、狂ったように首を横に振った。

「行くな……あそこは、人間の行く場所じゃねえ……っ」

「ああん? 何言ってやがる」

「悪魔がいるんだよ!! 姿も見えねえ、音もしねえ! なのに、入った奴から順番に首を刈り取られていくんだ! 水はある……確かに水はあるが、あそこは地獄の入り口だ!!」

鮫島の絶叫は、地下室にいた数十人の暴徒たちを震え上がらせるのに十分なほどの、真に迫った恐怖に満ちていた。

この日を境に、杉並区のあの一画は、無法者たちの間で『絶対不可侵領域(杉並の悪魔)』として語り継がれるようになった。

餓えと渇きに狂った獣たちでさえ本能的に避けて通る、近づけば必ず死ぬ呪われた場所。

だが彼らは知らない。

その「悪魔」の正体が、娘の健やかな寝顔を守るために夜な夜な防護服を着て血の掃除を繰り返している、ただの過保護で狂気的な『父親と母親』であるということを。

空の赤い数字が、都市伝説の誕生を見下ろすように静かに時を刻む。

【1760:00:00】

(封鎖から約16日と16時間)

無能な獣の群れは排除された。

しかし、この悪魔の噂は、やがて「本物の銃」を持ったプロの殺し屋たちの耳にも届くことになる。

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