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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 9

【無音の処刑】軍隊式ホームディフェンス

「……え?」

階段の中腹で、手下の男が間の抜けた声を上げた。

彼が暗闇の最上段に「巨大な影」を認識し、危険を知らせるために大きく息を吸い込んだ、その瞬間だった。

——ヒュッ。

空気を裂く音すら最小限に抑えられた、神速の斬撃。

優太が上段から振り下ろした薙刀の刃は、男の首の前面、頸部気管と左右の総頸動脈をミリ単位の狂いもなく同時に切断していた。

「ガ、ボッ……ひゅ……っ」

声帯へ繋がる気道を完全に断たれたため、悲鳴は一切出ない。

切断された動脈から噴き出した夥しい量の血液が壁を濡らすが、男は声にならない泡を吹きながら、糸の切れた人形のように背後へと崩れ落ちた。

「おい、どうし……っ!?」

後ろに続いていた二人目の男が、倒れ込んできた仲間の血まみれの体を見てパニックに陥り、叫ぼうとする。

しかし、優太は薙刀を引く反動を利用し、そのまま石突き(柄の末端)を真っ直ぐに突き下ろした。

狙いは、二人目の男の喉仏(甲状軟骨)。

——ゴキャッ。

軟骨が粉砕される鈍い音。気管を完全に潰された二人目の男は、首を押さえて白目を剥き、声なき絶叫を上げながら階段を転げ落ちていった。

「な、なんだ!? 何が起きてやがる!!」

一階のリビングで様子を見ていたリーダーの男が、異常事態に気づき、バールを構えて後ずさる。暗闇の階段で何が起きたのか全く見えないが、仲間二人が一瞬にして「音もなく」肉塊に変えられたことだけは本能で理解した。

「化け物が……っ! 逃げっ——」

リーダーが踵を返し、割れた窓から外へ飛び出そうとした瞬間。

暗闇の二階から、弦を弾く『弦音つるね』だけが微かに響いた。

——ドスッ!

「……あ、」

リーダーの男は、自分の首の右側から、冷たい金属のやじりが突き出ているのを不思議そうに見下ろした。由恵が二階の踊り場から放ったアーチェリーの矢が、男の頸椎の隙間を正確に射抜き、延髄を完全に破壊したのだ。

男は一歩も動くことなく、そのまま床にドサリと崩れ落ちた。

戦闘開始から、わずか十秒。

中村家の静寂は守られ、暴徒三人は一切の悲鳴を上げることもなく「処理」された。

優太は血に濡れた薙刀の刃を静かに下ろし、一階へ降りた。

三人の脈を的確に確認する。全員、心停止。

「……クリアだ。由恵、オペ(清掃)を始めるぞ」

「ええ。ブルーシートと、100リットルのゴミ袋を持ってくるわ」

由恵は弓を置き、あらかじめ用意してあった分厚いビニールシートと、大量の『猫砂』を持って降りてきた。

ここからが、外科医と主婦による完璧な「事後処理」だ。

死体をそのまま放置すれば、数日で腐敗臭が漂い、蠅が湧き、新たな暴徒や疫病を引き寄せる原因になる。家を要塞として維持するためには、痕跡すら完全に消し去らなければならない。

優太は迷うことなく、死体の関節を外し始めた。

「硬直が始まる前に関節を外して折りたためば、この100リットルの袋に一人ずつ収まる。血液と体液の漏れを防ぐために、底に猫砂を敷き詰めてくれ」

「わかったわ。壁の血痕は、彼らが着ていた服を切り裂いて拭き取る。私たちの水は一滴も使わない」

血だまりには猫砂を撒いて吸わせ、ホウキで集めて袋に捨てる。

優太は一切の表情を変えることなく、かつて人間だった三つの物体をコンパクトな肉の塊へと解体パッキングし、頑丈なゴミ袋を二重、三重に縛り上げた。

「……よし。この袋は一時的に床下収納へ隠す。深夜、外の気配が完全に消えたタイミングで、庭の奥に掘っておいた穴へ埋めよう」

「完璧ね。お疲れ様、あなた」

由恵は血の匂いを消すために、最後に市販の消臭スプレーを空間に撒いた。

わずか三十分後。一階の階段付近は、元通りの「ただゴミが散乱しただけの空き家」の風景に戻っていた。暴徒三人が存在した痕跡は、何一つ残されていない。

優太は返り血を浴びた服を脱いでポリ袋に密閉すると、アルコールティッシュを一枚だけ使い、手と顔を丁寧に拭き上げた。

そして、二階の最も安全な寝室のドアを、音を立てずにそっと開ける。

防音のイヤーマフをつけた娘の香は、毛布にくるまり、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。

一階で三人の人間が屠られ、解体されたことなど、微塵も知る由はない。

優太は血の匂いが完全に消えた手で、愛娘の小さな頬にそっと触れた。

「……おやすみ、香。悪い夢は、パパが全部消してあげたからな」

【2000:00:00】

(封鎖からちょうど一週間経過)

東京1400万人が飢えと暴力に泣き叫ぶ中。

中村家という要塞だけは、鬼となった両親の完璧な防衛によって、絶対的な平和と静寂を保っていた。

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