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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 8

【最初の侵入者】キルゾーンの完成

封鎖からちょうど一週間(168時間)が経過した。

電気も水も失われた杉並区の夜は、月明かりだけが頼りの完全な暗闇に支配されている。

「……チッ、ここもスッカラカンか。どいつもこいつも隠しやがって」

バールを肩に担いだジャージ姿の男が、民家のドアを蹴り飛ばして毒づいた。

彼ら三人組は、半グレ集団の下っ端たちだ。封鎖が始まり法が消滅した瞬間から、彼らは「弱者から奪う」という最も原始的な生存戦略で生き延びてきた。すでに数軒の家を襲い、泣き叫ぶ老人や女から水や食料を強奪しては命を繋いできた、正真正銘の『暴徒』である。

血と泥にまみれた靴を引きずりながら、三人は住宅街を物色し続け、やがて一軒の家の前で立ち止まった。中村家である。

「おい、ここはどうだ?」

「ダメっすね。一階の窓、派手に割られてるし、中にゴミが散乱してます。もう『同業者』が漁った後でしょう」

手下の一人がスマホのライト(予備バッテリーで辛うじて生かしている)で中を照らし、吐き捨てるように言った。優太が意図的に行った『略奪済みの空き家』への偽装工作は、一見完璧に機能しているように見えた。

だが、リーダー格の男が鼻を鳴らした。

「馬鹿野郎。こういう『すでに荒らされました』って見せかけて、二階の奥で息を潜めてる小賢しいネズミがいるかもしれねえんだよ。念のため探すぞ。水の一滴、缶詰一個でもあればめっけもんだ」

三人は割れた掃き出し窓の枠を跨ぎ、土足のまま中村家のリビングへと侵入した。

その瞬間——。

ベキッ、グシャッ。

リーダーの男が踏み出した足元で、派手な破砕音が鳴り響いた。

床一面に意図的にばら撒かれていた、空のペットボトルや乾いたスナック菓子の袋を踏みつけた音だ。

「……チッ、なんだこのゴミ屋敷は。足の踏み場もねえ」

男たちは舌打ちしながらさらに奥へと進む。彼らは気づいていない。

自分たちが踏み鳴らすその不快な音が、二階に潜む『家主』に対して、侵入者の数、位置、そして進行方向を正確に伝える完璧なソナー(警報装置)として機能していることに。

二階の寝室。

暗闇の中、優太は由恵と無言で視線を交わした。

由恵は小さく頷くと、香の耳に防音イヤーマフを被せ、自らは壁際に立て掛けてあったコンパウンド・ボウ(アーチェリー)を手に取った。彼女の役割は、万が一敵が外へ逃げ出そうとした際の『無音の狙撃バックアップ』だ。

優太は音もなく立ち上がり、漆黒のハードケースから取り出しておいた『薙刀』を右手に握りしめた。

カーボン製の鈍い光を放つその凶器は、日本の武術と現代の素材が融合した死神の鎌だ。

優太は足音を一切立てず、寝室を出て、一階から二階へと続く直線階段の最上段——暗闇の踊り場へと音もなく滑り込んだ。

呼吸を極限まで薄くし、気配を完全に周囲の闇に溶け込ませる。

一階から、男たちの下品な話し声とライトの光が近づいてくる。

「おい、リビングには何にもねえぞ」

「奥に階段があるっすよ。二階も見てきます」

手下の一人が、マチェット(山刀)を片手に無造作に階段の最下段に足をかけた。

スマホの細いライトが、一階から二階へ続く狭い空間を照らし出す。

そこは、壁と壁に挟まれた一本道の急階段。

横に避けるスペースも、身を隠す障害物も一切ない。米軍特殊部隊SEALsが『フェイタル・ファネル(死地)』と呼んで最も警戒する、完璧なキルゾーンだ。

下から見上げる手下の男の目に、階段の最上段に立つ「巨大な黒い影」が映り込んだ。

「……え?」

男が間の抜けた声を上げた瞬間。

優太の外科医としての冷徹な眼球は、暗闇の中でも、下から無防備に登ってくる男の『右総頸動脈』と『鎖骨下動脈』の座標を、ミリ単位の精度で完全にロックオンしていた。

空の数字が、命の終わりを告げるように冷たく輝く。

【2000:12:05】

(封鎖から一週間経過)

理不尽な暴力を振るってきた獣たちが、真の『鬼』の巣に足を踏み入れた瞬間だった。

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