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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 4

【大本営発表】偽りの希望にすがる隣人たち

封鎖から48時間が経過した。

静まり返った杉並区の空を、不気味なプロペラ音が切り裂いた。

上空を飛行する政府の無人ドローンから、無機質な合成音声——いや、聞き覚えのあるしわがれた声が拡声器を通して響き渡った。原田首相の録音音声だ。

『都民の皆様、冷静に行動してください。現在、自衛隊および米軍の協力により、物理フィールドの解除作業が最終段階に入っております。数日以内には事態は解決します。各家庭での備蓄は十分にあるはずです。パニックを起こさず、決して外へ出ず、自宅で待機を続けてください』

何度も繰り返されるそのアナウンスは、極限の不安に苛まれていた市民たちにとって、まさに砂漠で見つけたオアシスのように響いた。

中村家の隣に住む佐藤家も、その「大本営発表」にすがりついた一人だった。

佐藤家の家長である平凡なサラリーマンの夫は、ベランダ越しに空を見上げ、安堵のあまりへなへなと座り込んだ。

「……よかった。あと数日の辛抱だってさ。おい、聞いたか! 助かるんだ!」

「本当……? よかったぁ……。もう、お水もペットボトル数本しかないし、どうしようかと思ってたのよ……」

妻は泣き崩れ、抱いていた赤ん坊の頭を撫でた。

彼らの備蓄は、災害用に買っておいたわずかなペットボトルと、戸棚の奥にあった数個のカップ麺だけだった。水道が止まってからの二日間、彼らは極限の恐怖の中でそれを少しずつ口にしていた。

「今日は特別だ。温かいものを食おう。カセットコンロでお湯を沸かしてくれ」

「そうね。あと数日なら、このお水を使っちゃっても平気ね」

佐藤家の換気扇から、微かにカップ麺のスープの匂いが漂い始めた。

それは、彼らが「生き延びるための貴重な水分」を、塩分過多で逆に激しく喉が渇くジャンクフードのために大量消費してしまったという、致命的なサインだった。

その一部始終を、隣の『空き家(中村家)』の二階から見下ろしている冷たい双眸があった。

優太は、遮光カーテンのわずかな隙間から佐藤家のベランダを見つめ、静かに息を吐いた。

「……馬鹿な連中だ」

「どうしたの、あなた」

背後で、カセットコンロを使わず、少量の水とアルファ米、蜂蜜を混ぜた高カロリーの無水ペーストを無表情で作っていた由恵が尋ねる。

「政府のプロパガンダを信じた隣人が、残りの水をカップ麺に使ってる。塩分を摂ればさらに水を欲する。しかも茹でるための蒸発で水分をロスする最悪の選択だ。……それに、本当に数日で解除できるなら、なぜ『配給の具体的な日程』を一切言わない? なぜ『自宅で待機しろ』と足を止めさせる?」

優太の外科医としての脳髄が、冷酷な真実を弾き出していた。

あれは市民を安心させるための放送ではない。暴徒化して一斉に多摩方面(防衛線)へ押し寄せてくるのを防ぐための、ただの時間稼ぎ(デコイ)だ。

「佐藤さんの家には、生後半年くらいの赤ちゃんがいたわね」

由恵が、感情の消え失せた声でぽつりと言う。

優太はカーテンから手を離し、暗闇の中で首を振った。

「可哀想だが、あの家は『ブラックタグ』だ。あと三日もすれば脱水症状で全滅する。……絶対に助けないし、関わらない」

命を救うはずの医師が下した、あまりにも冷酷な死の宣告。

優太にとって、家族以外の人間はもはや「助ける対象」ではなく、「いつ自分たちの水を奪いに来るか分からない潜在的な脅威」に過ぎなかった。

空に浮かぶ無慈悲な数字が、嘘の希望に踊る市民を見下ろすように時を刻む。

【2112:00:35】

(封鎖から丸2日経過)

偽りの安堵の中で、隣人たちの命の砂時計は、自らの手で一気にひっくり返された。

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