63 デイ・アフター・トゥモロー
年始一発目です。
結局勇気は帰って来なかった。
暗雲立ち込め激しい豪雪が吹き荒ぶ中を竜の鎧02で飛びながら紗耶香は暗澹たる想いに捉われていた。
勇気の捨て身の迎撃によって世界は破滅の危機から救われはした。
しかし破滅しなかったからといってそれでめでたしめでたしとはいかなかった。
勇気が破壊した敵母船の大小の破片は超大陸全土を襲い多くの被害をもたらした。
幾つかの都市が直撃を受け壊滅し大きな破片が落ちたところでは国ごと消滅したところもあった。
大洋に落ちた破片も大津波を巻き起こし沿岸諸国に甚大な被害を与えていた。
呪われた大陸方面でも大津波が押し寄せ沿岸部に被害を出していたが唯一シュナの王都だけは以前勇気が造成した巨大防波堤によって無事であった。
しかし被害はそれだけに留まらなかった。
巨大な破片が大地に激突し天空に巻き上げられた大量の土砂や延焼で起きた大規模火災によって生じた灰や煙も同じく大規模火災で生じた上昇気流に乗って成層圏にまでばら撒かれてしまった。
その結果太陽光が遮られ地上は急激な寒冷化に襲われた。
破片群の落下による被害の傷も癒せぬまま農作物が枯れ果て飢餓が蔓延し世界は冬の時代に突入した。
シオンの予想では後数ケ月程度で大気上層の浮遊物は減っていき影響は少なくなっていくとの事だがそれまでにどれだけの人間が餓死や凍死で死んでしまうか。
紗耶香が暗い想いに捉われるのも止むを得なかった。
『紗耶香ちゃん、聞こえる?』
通信用魔道具から加奈の定時連絡の呼び掛けが聞こえた。
「ああよく聞こえる。もうすぐそちらに帰還予定だ」
『外の様子はどう?』
「相変わらずだ。降り積もった雪と氷に閉ざされた大地に続く豪雪、空には暗雲が立ち込め陽光が戻ってくる様子もない」
『そう・・・、この辺りは特に寒い地方だって話しだから仕方ないんでしょうね』
加奈の声も沈みがちだ。
勇気が戻って来なかった事もあるが紗耶香と共に甚大な被害を受けた世界の惨状を見て回り更にそこで浴びせられた非難や罵倒、誹謗中傷の数々が落ち込ませているのだ。
勇気の事前警告に真摯に取り組んだ帝国などの国家は寒冷化対策を行い食料や暖房用燃料の備蓄に国を上げて取り込んでいたため損害を最小限に抑えていた。
しかし勇気の実績をあまり知らず世界の危機の実態を理解していなかった超大陸の多くの国家はおざなりに対応するか対策すらしなかった国が多くそれらの国は壊滅的被害を受けても対処が碌に出来ず警告を行った勇者である勇気こそがこの災厄の元凶であると同じ勇者である紗耶香を糾弾したのだった。
クーイアン帝国侵攻前にアルナス法国が流した偽勇者が世界を騙そうとしているというデマもそれを後押しした。
被害を最小限に抑えた帝国ですら民衆レベルでは似たようなもので紗耶香としては災害救助や復興に竜の鎧を使って協力したかったのだが自分はともかく勇者の従者扱いの加奈の身にまで危険が及びそうになるに至って超大陸からの離脱を決意した。
紗耶香もやり場のない怒りや憎しみを勇気にぶつけた事があるので苦境にある彼らが矛先を自分達に向けてくるのは理解出来る。
だが勇気が身を呈して守った彼らの恩知らずぶりにほとほと愛想が尽きたのだ。
勇気とシオンとの最後の会話に立ち会い世界の危機が終息しておらず勇者の力が依然必要である事を知っているレティシア皇女は紗耶香を引き留めようとしたが紗耶香の意思は堅かった。
そしてシオンの薦めに従って呪われた大陸のレインディア王国に身を寄せていた。
レインディア王国は北半球にある呪われた大陸の更に北方にある国で今回の世界的寒冷化によって全土が完全に厚い雪と氷に覆われ人の住める環境ではなくなっていたが事前警告に従った女王の英断により勇気が開発を進めた大空洞に全国民を避難させ人的被害を出していなかった。
驚いた事に大空洞内には天蓋に当たる部分に青い空が広がり太陽に模した発光体が中天にあり洞内に光と熱とを供給していた。
シオンの説明によると天井部にある発光体は魔結晶という太陽の光りを吸収し増幅して放出する性質を持つ特殊な結晶体であり現在空を覆っている暗雲を突き抜けている山脈の頂から太陽光を取り込んでおり周りの空に見えているのは青い苔だそうである。
魔結晶はこの世界の天然のものではなく人工物だそうで大空洞を含めて過去の大規模な天変地異時にシェルターとして使うため有史以前に滅びた超古代文明が創造したものではないかとのことである。
大空洞はこの環境下であっても十分な光と熱を洞内に供給し勇気が開墾した農地は事前の準備もあり洞内に避難した全レインディア国民を養うに足る食料生産を可能としていた。
今回の洞内の避難生活も元々雪に閉ざされ越冬生活を送る国民性故にさして苦にもならず居住スペースもいつもより十分広く温暖な気温に調節されていたため寧ろこれまでの越冬より快適なぐらいであった。
以前この国を襲い大空洞発見の端となった黒い巨大雪男や隣国のローアン王国を滅ぼした黒い翼竜を勇者である勇気が退治した事を深く感謝している彼らは同じ勇者である紗耶香達を暖かく迎え入れてくれた。
呪われた大陸全般の国家もその知名度の高さもあって総じて勇気の警告に真摯に対応しており被害を出しながらも辛うじて持ちこたえており好意的であった。
大空洞で人手が増えた事で増産可能になった余剰食料を各国支援のため豪雪により途絶えたレインディアからの輸送路を竜の鎧02で運搬して繋いだ事も好意的であった理由であろう。
だが勇気がこの大陸で成し遂げてきた多くの英雄的行為による信頼がそれらの根底にあるのは間違いない。
それは自らをペテン師と言って憚らず王族だろうと皇族だろうと不遜な態度を崩さなかったあの男がいかに多くの人々を救ってきたのかの証明だ。
確かに人々の心にその行為の数々が残っているのだ。
紗耶香は我知らず涙ぐんでいた。
『何?どうしたの?紗耶香ちゃん?』
「いや何でもない」
敏感に気配を察した加奈が聞いてくるが紗耶香は心配を掛けまいと否定する。
『それならいいけど。・・・支援物資を運んだシュナで何か悪口でも言われたの?』
「いやそういう訳じゃない。この大陸の人々は勇気のお陰で私達に敬意を示してくれる」
『勇気さん・・・、本当に死んでしまったのかしら。前のようにひょっこり帰ってくるような気がして・・・』
「そうだな、アイツの事だ。きっと生きている。ただ帰るのが遅れているだけだ」
紗耶香は心にもない事をいった。
生きているならとっくに彼女達の元へ帰ってきているはずなのだから。
しかしそこはあえて希望的観測を述べた。
理屈では分かっていても感情では認めたくないのだ。
「・・・ただシュナではまだ超大陸からの情報が入ってきているのだが向こうは酷い状況らしい。事前に準備を整えていた帝国でも餓死者や凍死者が続出して録に準備もしていなかった国の幾つかは既に消えたとの事だ。事前に百万の軍を失い録な準備もしていなかった超大陸第二位の大国であったアルナス法国も瓦解中だ。それと消えた国の中には文字通り跡形もなく消え去ったものもあったらしい」
『それって・・・』
「ああ多分奴らだ。勇気の予想通りやはりあれで最後じゃなかった。送還魔法が働かなかった時からいずれ何らかの動きを見せるとは思っていたけど」
『やっぱり戦うの?勇気さんもいないのに・・・』
「だからこそ戦わないといけない。勇気がいない間は私が何とかするって約束したんだ。今度は私が道を切り開く番だ」
『一人で無茶はしないでね。今度は非力な私でも少しは役に立つよう準備しているんだから』
「たった一人で超大陸に行って敵に挑んだりしない。あっちでは後方支援がないどころか現地の人間に寝首を掻かれかねないから。あの広い大陸をそんな状態であてどなくさ迷っても敵を捕捉出来る可能性は低いし入れ違いでこっちの国が襲われたら目も当てられない。今はシュナ経由の情報待つ。あそこはまだ活発に超大陸の情報を収集しているから評判が悪い勇者の私が現地で動くより効率的だ。もっとも敵の行動パターンが分からないからいきなりこちらの大陸に現れるかもしれないけど」
『紗耶香ちゃんが少しでも有利になるならこちらの大陸の人には悪いけど向こうから来てもらいたいわ。それにしてもルシア王女様が不思議がっていたわ。この国に来て初めて聞いた話だけどシュナ王国って拝金主義の商人の国でしょう?前回の支援物資を持っていった時にも色々と世界情勢を教えてくれたって話だけど商人は情報の価値をよく知っているからいくら世界の危機とか支援物資で助かっているからといって情報を只で流してくれるなんておかしいって。世界が滅びる事を知ってもそれをネタに商売をするのが商人で情報の対価に何らかの見返りを求めるのが普通だって言ってたわ』
「勇気との契約だそうだ。私もえらくペラペラ喋ってくれるので裏があるのかと尋ねてみたら教えてくれた。以前クーイアン帝国と紛争があってその講和の使者の護衛を勇気に依頼した時の報酬だそうだ。アルナス軍侵攻前に勇気が呪われた大陸各国首脳と面談して回った時にシュナ王に報酬として世界の危機の終了まで”勇者”にあらゆる情報提供するように指示していたとのことだ。シュナ王もえらく高くついたとぼやいていたよ。アイツはどこまで先を見ていたのやら」
『そんなことが・・・、勇気さんは後々の事まで考えていたのね』
「ああ、これだけ用意周到な奴だ。きっと生きて戻ってくるさ」
紗耶香は祈るような願うような気持ちでそう言った。
統括体は近衛体らと共にこの惑星で最大の大陸を巡り反応を見るため幾つかの弱小種族の群れを殲滅したがあの時苗床母船を破壊した個体の種族は出てこず現在は手出しを控え探索に専念していた。
子包体が壊滅した現場にも群れていた弱小種族については幼生体にすら影響を与える事が出来ない程度の火炎弾による攻撃を行ってきた個体もいる程度の全体的に脆弱な種族であり脅威度が低く苗床母船の破片の落下の影響による短期間の気候変動だけで滅びる可能性もあるため当面放置することにしたのだ。
気候変動終了後に生き残っていればその時に始末すればいいだけの事であった。
最優先殲滅対象は子包体の全長と同じぐらいの大きさの種族のはずなのでコロニーを作っていればはそれなりの大きさになるし活動していれば大きな生命反応があるはずであった。
それならば一定距離まで近づく事によって探知可能なはずであった。
しかしこの大陸を一通り探索した結果は成果なしであった。
統括体は次の大陸に移動する事にした。
「「「「お帰りなさいませ、紗耶香様」」」」
「あ、ああ、ただいま・・・」
アイとマイを含む二十四人のメイド達が整列して出迎えていた。
紗耶香は戸惑いながら挨拶を返す。
いつ見ても馴れない。
紗耶香は正直そう思った。
二十四人の見目麗しい少女達。
アイとマイを除く彼女達はアルナス軍侵攻前に勇気が各国を回った際に事前に大空洞に戻るように指示を受けていたそうで現在は勇者である紗耶香付きの侍女扱いになっている。
あの男は何処まで先を読んで手を打っていたのやら。
紗耶香としてはその念の入れように呆れざるをえない。
更に呆れた事に大空洞に元から駐在して行政を担当しているレインディア王国の文官の一人に聞いた話で二十四人のメイド達は全員勇気の幼な妻だそうである。
各国の美姫にいい寄られても袖にしていたとこの大陸の各国に支援物資を運んでいる時に聞いてはいた。
女にだらしなかったと聞く帝国の勇者と較べて誠実な奴だと思っていたのだがこんな裏だったとは。(冤罪)
あの格好に対する拘りもそういう嗜好の一部だったのかもしれない。
人としては悪名も怖れず命懸けで世界を救った立派な奴だとは思っているが男としては見下げ果てた奴である。
人は見掛けに寄らぬものであるとつくづく実感させられた紗耶香であった。
メイド達は挨拶が済むと幾つかのグループに別れあるグループは竜の鎧の旅の汚れを落とし違うグループは支援物資の入れ替わりで運んできた農機具や工具の仕分けを行い又別のグループは準備していた蒸しタオルを渡したりお茶を煎れたりと甲斐甲斐しく紗耶香の世話を焼き動き回っていた。
メイドの仕事もこなしているがどちらかといえば運送会社の作業員といった風情である。
勇気が各国に行儀見習いで送り込み様々な技能を身に付けさせた結果彼女達はおよそあらゆるニーズに対応出来るようになっていた。
紗耶香には勇気が何を目指していたのかよく分からなかった。
「紗耶香ちゃん!お帰りなさい!」
加奈が全身を預けるように飛びついてきた。
小柄な加奈が女性としては長身の紗耶香の首に両腕を回して抱き付くと子供が母親に抱っこされているような感じになる。
しかし加奈は周囲の目をまるで気にしないで喜びを顕にして力いっぱい抱き付いていた。
「ああ、ただいま。しかし加奈、そんなに抱き付くな。外から戻ってきて私はまだ汗も流していないんだ」
「いいの♪いいの♪紗耶香ちゃんの汗の匂いなら私にとっては至上の香水のようなものよ。すんすん」
「ワーッ!?止めて!臭いを嗅がないで!?」
乙女の羞恥心で顔を赤らめながら振り解こうとするが首に回されている華奢な手は紗耶香の身体をしっかり捉えて離さない。
「紗耶香ちゃん分も補給させてね。すりすり」
「あんッ、それはリアルに魔力を吸っているって!ウッ・・・、アフゥ」
すり合わされた頬や首筋に回された手から魔力を吸い上げられ紗耶香は快楽の声を上げた。
加奈はここ暫くシオンに魔術の指導を受けて魔力制御がかなり上手くなっていた。
攻撃魔法や治癒魔法もかなりのレベルまで使いこなすようになっていたが人を殺めていない加奈の魔力容量は通常ではシオン程度しかなく────それでも一般の魔導師の十倍以上はあるのだが────強力な魔法を使ったり連発したりするためには紗耶香からの魔力供給を必要とした。
大空洞内では農作物や家畜の大増産が始まっておりその促成栽培や育成に治癒魔法の新陳代謝加速を応用して使っており魔力容量は厖大にあっても治癒魔法の適性の低い紗耶香の代わりにシオンと加奈が魔力譲渡されそれにあたっていた。
加奈は同じ召喚された勇者であるためかすぐにリミットに達するシオンと違って際限なく魔力を吸収する事が出来紗耶香の不在時でも事前に大量に譲渡された魔力を使って大空洞内での仕事をこなしていた。。
魔力譲渡の度に快楽に翻弄される紗耶香は事前にかなりの心構えを必要としたが加奈が時々不意打ちで魔力を吸引するのでこのような醜態を晒すことになるのであった。
「アフッ・・・、いい加減に・・しろ!」
ゴツン!!
紗耶香の拳骨が加奈の頭に落ちた。
「痛ーい!?紗耶香ちゃん、酷ーい」
手を離し頭を押さえて蹲った加奈が涙目で紗耶香を見上げる。
「酷いのはどっちだ!人前でいきなりこんな・・・。悪ふざけが過ぎるぞ」
「女の子同士の軽いスキンシップじゃないの。そんなに目くじら立てなくても・・・」
「ああッ、あの小動物のようにプルプル震えて私の後ろにしがみついていた引っ込み思案で可愛かった加奈はいったいどこに行ってしまったんだ」
「私、勇気さんがいなくなって決心したんです。何事にも悔いを残さないように精いっぱい生きようって。だから欲望にも忠実に生きるんです」
「吹っ切れ過ぎだ!もうちょっと自制しろ!」
紗耶香は肩で息をしながら叫んだ。
こちらの世界で再生されてからは勇者の侍女扱いとして躊躇いながらも慣れない家事をこなしていたのだが勇気が戻ってこず紗耶香一人が前線に立つ事になって性格が一変した。
積極的にシオンに教えを請うて魔法を習い大空洞に来てからは魔法を使って病人の治療や農業支援に取り組んでいた。
しかし以前はこんなにベタベタする事はなく紗耶香の服の裾を掴むのがやっとであったのだが現在では人目も憚らず積極的に抱き付きあまつさえ魔力吸引で快楽の波に溺れさせようとするのであった。
無二の親友でありこの異世界で今ではたった一人になった同じ世界から来た人間である加奈を大事にしたいのだがこう積極的に迫られては堪ったものではない。
大切に思う心は変わらないが扱いは自然邪見になっていくのであった。
以前の一歩引いた感じより今の親密な感じの方が悪くはないが程度によりけりである。
ちなみにメイド達は紗耶香達の漫才をスキンシップの一種と判断しスルーして仕事を続けていた。
「・・・まあいい、それよりシオンはどうした?」
「ウウッ、紗耶香ちゃんが冷たい。私より他の女の心配をするなんて・・・」
「それはもういいから、さっき話した奴らの件で至急相談したいんだ」
「シオン師匠なら私に治療や農業支援を任せて相変わらず魔結晶の調査をしているわ。やっと創造された年代を割り出せたって。なんと百万年以前に人類以外の超古代文明によって造られたと言っていたわ」
「百万年、それはえらく昔に造られたんだな。しかし今それを調査する意味があるのか?ここの人達の手助けを放り出してでも優先するなんて」
「最初の頃は手伝い始めで私も不慣れで忙しかったもの。今はそれほどでもないし私の魔法の訓練も兼ねているから問題ないわ。それに・・・」
「それに?」
「ううん、なんでもないの。それより私の使い魔を送って伝令は出しておいたからそろそろ来るでしょ」
言い淀み一瞬沈んだ表情を見せた加奈に問い返すがあからさまに話しを逸らされた。
紗耶香は疑問に思ったが言うべき事があるならいずれ話してくれるだろうと敢えて追及しなかった。
「やあ、お帰り、サヤカ。奴らの動きを掴んだんだって?」
「ええ、それが・・・」
シオンが現れ紗耶香は状況説明を始めこの時のちょっとした疑問を忘れてしまった。
後に紗耶香は全てが終わってからそれを知る事となる。
伏線とか辻褄とかはあまり気にしないでください。




