58 Ⅲ 抵抗
因みに説明を省きましたが伯爵の現在の居城は研究情報の秘匿のために領都から離れた森の中にあります。
築十年です。
「ゴルシェ伯爵に告ぐ。貴殿には幾つかの重大な帝国法に反した容疑が掛かっている。大勢の無辜の領民に対する拉致監禁、大量殺人と死体損壊容疑だ。領主には領民の生命財産に対し裁量権はあるがそれは帝国法に則って行わなければならない。貴殿の行った数々の残虐行為は明確に帝国法に反している。大人しく城門を開き投降しろ」
城門前で拡声魔法を使い帝国軍から最後通牒が呼び掛けられていた。
その数約千。
特に武門に秀でた家柄ではない地方の一領主の居城を制圧するには十分な戦力といえた。
それがゴルシェ伯爵の居城でなければの話しではあったが。
城門がゆっくりと開いていく。
門を固く閉ざして篭城するか抜け道を使って逃亡すると見ていた帝国正規軍の指揮官は門が開かれるのを見てゴルシェ伯爵が大人しく投降するつもりなのかと一瞬気を緩め掛けた。
しかし城門の中から矢のような速さで飛び出してくる数十の灰色の人影によってそれは裏切られることになる。
帝国軍に随行している十名ほどの魔導士達もそのあまりの速さに攻撃魔法による迎撃が間に合わずあっさり前衛に接触を許してしまった。
「なんだ!この化物達は!?」
前衛の騎士達が襲い掛かってきた化物、人間よりやや小柄な狼の頭部を持つ全身毛むくじゃらの獣人の姿に驚愕の声を漏らした。
剣を抜き払い迎え討とうとするもするりするりと躱され逆にその爪と牙によって切り裂かれ喉笛を食い千切られていく。
反応速度が違い過ぎて動きを全く追えていないのだ。
怒号と悲鳴が飛び交い箍が数十の狼人に千の帝国軍が翻弄されていた。
その様子を物見の塔からゴルシェ伯爵が苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた。
「あの程度の数の帝国軍なら初期実験体の狼人でも十分だが目の前の敵を始末しても帝国が本気になれば幾らでも戦力を投入出来る。長期の消耗戦ではさすがに勝ち目がないしどうするべきか」
ゴルシェ伯爵は悩ましく頭を振る。
結局シンシアが逃がした領民達は他領に逃げおおせ彼等はその地の貴族経由でゴルシェ伯爵の残虐行為の数々を帝国に訴え出た。
訴え出た人数の多さとその証言から予測される軽く千人は越えるであろうこれまでの犠牲者数とその残虐な内容に急遽帝国軍が派遣されてきたのであった。
「まったくシンシアも困った事をしてくれたものだ」
シンシアには罰を与えた。
これからは父親の言う事をよく聞くよい娘になるはずだ。
だがそれで目の前の事態が解決する訳ではない。
悩ましいかぎりであった。
しかしそんな心配は杞憂に終わる事になる。
「オラオラ!退けよ、雑兵ども!邪魔だ!邪魔だ!」
その声と共に火弾が次々に炸裂し帝国兵ごと狼人を吹き飛ばした。
茶髪で耳ピアスをしビスのようなものがついた皮鎧を着けた若い男が帝国兵を押し退けるように前に出てきた。
「巻き添えで死んじまうぞ。て、もう何人も殺っちまったか。カハハハッ」
自らの攻撃よる帝国軍の巻き添え被害をさして気にする様子もなく笑っていた。
狼人の大半も吹き飛び動けるのは残り数体といったところであった。
狼人は一斉にその男に向かって殺到した。
男は余裕の表情で剣を抜きそしてその姿が霞むようにぼやけた。
次の瞬間襲い掛かった狼人達は全て切り裂かれ地に倒れ伏していた。
俊敏な狼人より尚速い目にも止まらぬ超速の斬撃であった。
「ばかな!狼人達より速いだと!何だあれは!」
ゴルシェ伯爵が慌てたように喚いた。
その声が聞こえたのか男は物見の塔のゴルシェ伯爵の方を見て声を張り上げた。
「おうおう、ひょっとしてお前がゴルシェ伯爵か。俺はお前が前皇帝に献上した召喚の魔道書で呼び出された勇者様だ。前皇帝を唆してくれてありがとうよ。退屈極まりない元の世界から力さえあれば人殺しOKのこんな刺激に溢れた愉快な世界に来る事が出来たぜ。ついでに俺がこの世界でのし上がる踏み台になってもらおうか。帝国軍が千人でも手古摺った反逆者を俺がひっ捕らえれば大手柄だ。今回は見学者扱いだったが次回は一軍ぐらい任せてくれるだろう」
「貴様が勇者だと!なら何故皇帝の味方をする!噂では貴様が前皇帝陛下を・・・」
「それは言わぬが花ってやつさ」
帝国の勇者はニヤニヤ笑っていた。
前皇帝を弑逆した勇者が現皇帝に仕える。
その首に隷属の首輪はない。
つまり勇者の行動は現皇帝の意志によるものという事であり実際隷属の首輪は当時皇太子であった現皇帝の手の者の手引きにより外され弑逆が実行されていた。
そして今回の勇者の同行も間接的であれ関与した者を確実に捕らえるためでもあった。
口さがない噂だけならともかく現皇帝が勇者を従える意味を明確に識る人間を野放しにしておくのは得策ではなかったのだ。
ゴルシェ伯爵の領民に対する数々の犯罪行為は確かに悪逆非道であり帝国軍を動かすに足る公式理由となり得たが家格を鑑みもっと緩やかな申し開きの場が与えらるのが通例でありいきなり軍を派遣して捕縛を強硬する事は本来ならなかっただろう。
所詮平民である領民達からの訴えであり獣人達の存在も領民達から伝わってはいたがさほど重視されず帝国軍がその襲撃にまともに対応出来なかったのがその証左であった。
「まあ、直ぐに捕まえてやる。待ってろ」
帝国の勇者が城門に向かおうとした。
「あいつらを出せ!出し惜しみはなしだ」
物見の塔の伝声管を通して配置についている下僕達に指示を出した。
城門の内から更に三体の巨体の獣人が現れた。
虎人、豹人、熊人。
「そいつらは現状での最高傑作達だ。初期実験体の狼人とは格が違うぞ」
「そうかい。そうかい」
今度は帝国の勇者が突っ込み獣人は熊人が迎え撃つように正面で待ち構え虎人と豹人は左右に回り込んだ。
目にも止まらぬ攻防が繰り返され刃と爪が弾き合う瞬間のみ結像するが直ぐに霞んでいく。
暫く拮抗していたかに見えたが一番身体が大きくスピードよりパワータイプである熊人の首が刎ね飛んだ。
次に虎人も胴体を真っ二つにされ最後の豹人は心臓を刺し貫かれて絶命した。
「これで打ち止めか?なら今から迎えに行くぜ」
帝国の勇者は城門から城内に入っていった。
「ば、ばかな。あの獣人達があんなにあっさりと殺られるなんて。勇者の力とはこれほどのものだったのか。一体どうすれば・・・」
「諦めて捕縛されればどうだ」
隣に立っていた若い男が声を掛けた。
「そんな事が出来るか。ここまで帝国軍に損害を与えた以上拷問に掛けられある事ない事喋らされて処刑されるだけだ。・・・・調整槽の実験体を全て開放して奴に向かわせろ!少しでも奴の足を止めるんだ!」
伯爵は伝声管を通じて更に指示を出した。
「儂は逃げる。おい、お前も奴を足止めしておけ!」
「なんで俺が?」
「お前は儂の護衛だろ。今働かなくてどうする」
「俺がお前の護衛?お前には俺がそう見えていたのか」
「何を言っている。自分の仕事をしろ!」
「・・・まあいいか。どの道多少のアドリブは必要だな。しかし足止めしろと言うが別にアレを倒してしまっても構わんのだろ?」
「何だ、それは?」
「一度は言ってみたい台詞の一つ」
「何余裕をかましている。儂の最高傑作達をいとも容易く倒す勇者が只の人間のお前如きに倒せるはずがあるまい」
「そう思っているのに足止めを命じるとか相変わらずの人非人だな。まあやってみるさ」
若い男は肩を竦めた。
「オラオラ!退け!退け!」
帝国の勇者は城内を立ち塞がる獣人達をなで斬りにして進んでいた。
偶に逃げ惑う人間の家臣も見掛けるが命乞いをするばかりで抵抗する意志は見えなかった。
どう見てもゴルツェ伯爵は臣下の信望が厚い人物ではなく伯爵として権力がある間はともかく国家の反逆者としてそれを失えば忠義を尽くす人間が残る事もないようであった。
創造と同時に洗脳して自らの忠実な下僕として城内警備を行わせていた獣人達の力による抑えがなければ帝国軍が投降の呼び掛けをした時点で逃げ出していただろう。
そんな彼らに伯爵の居場所を問い質し斬り捨てながら帝国の勇者は城内地下区画の実験室内に踏み込んでいた。
家臣達の話しから伯爵が研究資料を回収して逃走するためにここに向かったのは分かっていた。
巨大な空のガラスのシリンダーが壁の両側に立ち並ぶ地下区画の実験室内では多数の異形の怪物達が立ち塞がっていた。
多く見られるのは狼や山猫などの肉食獣系の獣人だったが兎や豚などあまり戦闘に向かなそうなものや魚の鱗に包まれた半魚人やキチン質の外骨格に包まれた昆虫人というべきものまで混ざっていた。
実験室内はそれなりに広いが主通路が奥に伸びているだけの一本道であった。
ならば目の前の敵を薙ぎ払い突き進んで伯爵を捕縛するだけである。
帝国の勇者は襲い掛かってくる襲い掛かってくる異形の怪物達を攻撃魔法で吹き飛ばしあるいは剣で斬り伏せながら突き進んでいった。
通路の奥に近づき敵の数は減っていき最後の一体を残すのみとなっていた。
最後の一体は見た目は普通の人間の少女の姿をしていたが手に持った剣で既に数合の打ち合いを繰り返していた。
十五、六歳ぐらいの清楚な感じの美少女であったがその目に生気はなく無表情のまま剣を振るっていた。
反射神経と力がこれまでの獣人達に較べて格段と向上しており剣技では割りといい勝負になっているようだった。
「雷撃!」
しかしやや距離を取った瞬間帝国の勇者が放った雷撃が少女を捉え貫いた。
少女は後方に吹き飛ばされ翻筋斗を打って転がっていった。
「ッ・・・オ父様ノ令デス。貴方ヲ先ニハ行カセマセン」
普通の人間なら即死するぐらいの大ダメージを負いながらも少女はなおも足掻き立ち上がろうとした。
「お父様だと?確か伯爵には一人娘がいるって話しだったがまさか自分の娘まで実験材料にしちまったのか」
距離を詰め止めを刺そうとしていた帝国の勇者の剣が止まった。
「さすがにコイツは捕縛しといた方がいいか?」
少し逡巡したが手足を切り飛ばして抵抗を封じておく事にする。
運が良ければ後から追い付いてくる帝国兵が捕縛して面倒をみるだろうという判断であった。
こちらに手間を掛け過ぎて本命の伯爵を逃がしては元も子もない。
「”そこまでにしてもらおうか”」
剣が降り下ろされる寸前声が掛けられ通路の奥から黒髪の目付きの鋭い若い男が現れた。
「なんだ?お前は?」
これまでは恐怖し逃げ惑うだけだった人間の家臣と違って目の前の若い男の顔に恐怖の色はない。
かといって実験体にされた少女のように無表情という訳でもなかった。
寧ろ憐れむような蔑むような表情をしていた。
「”見物人のつもりだったんだがここの主からお前を足止めしろと言われてな”」
「”日本語”だと?それにその黒髪黒目に顔つき。まさか貴様も勇者か?」
相手を舐め切った目に強い警戒の色が点った。
「そのようなものだ。聞く事にあまり意味はないのだが一応聞いといてやろうか。前皇帝を自分で始末したとはいえその帝国に従い言われるままに手に入れた力を使って人をなぶり殺すのはそんなに楽しいのか?」
「ケッ、綺麗事抜かしやがって。貴様も俺を見下していたクラスの連中と一緒か」
「正しい評価が下されているだけだな。自らの行動を省みてみろ」
「やりたいようにやって何が悪い。隷属の首輪をしていないところを見ると貴様だって人体実験を繰り返し領民を犠牲にして魔物を作っていた気狂い伯爵に自分の意志で従っているんだろうが」
「“従う”ねぇ。俺が自分の意志で“ここ”にいるのは事実だが伯爵に従うつもりも必要もないな。この場においてはお前と戦うのは俺自身の意志だな」
「ケッ!勇者は俺一人で十分だ!死んで俺の糧となれ!雷撃!」
帝国の勇者が切り札の電撃を放った。
「水盾」
しかしそれは男が展開した薄い水の盾に吸い込まれあっさり霧消してしまう。
「なっ!!何だと!」
「ま、普通に水でアースしただけだ」
「バカな!俺の必殺技がこうも容易く」
「必殺技って?アースで逃がす事も普通の絶縁体の被覆で防ぐ事も出来る程度の大した魔法じゃないぞ」
「クソが~!!」
自棄糞のように叫び間合いを詰めるため突っ込む。
対峙していた若い男も腰の剣を抜き放ち応じた。
剣戟が走り実験体との戦いで見せた以上の速さで互いに目まぐるしく打ち合い続ける。
打ち込みいなし弾き返す。
攻めと受けが高速で相互に繰り返され無数の剣線の残像が高速で移動する二人の残像と溶け合い幻想的な空間を創り出していた。
ガキン!!
一際大きく刃が噛み合う音がして二人の距離が一旦開いた。
「ハァハァハァ、死に物狂いで修行して身につけた俺の本気の動きに付いてこれるだと。そんなバカな」
肩で息を吐きながら帝国の勇者は激しい動揺を見せていた。
よほど剣技に自信があったようである。
「素人でも訓練すればある程度まで強くなれる。ましてや俺らは潜在能力の限界まで力や反射神経を引き出す事が出来るんだ。厳しい鍛練を積めば普通の帝国兵や身体能力を強化しただけで同格以上の相手と戦ってもおらず戦闘技術も磨いていない獣人達ぐらいには余裕で圧勝出来るようになり自分が最強になったかと勘違いでもしていたんだろう。だが俺ら勇者同士ではこの程度大したものではない。というより剣技においては遥かに上の奴と乱捕り稽古させられている今の俺なら雑魚同然だな」
「抜かせ!」
挑発に激昂し再び間合いに踏み込み打ち掛かる。
剣戟が繰り返されるかに見えたが挑発した男の動きが更に加速し軽く切っ先を躱し滑るような動作で横薙ぎにする。
帝国の勇者の胴が切り裂かれ内臓がぶちまけられた。
身体が地に転がりそれらに塗れる。
「・・・茶番だったな。どうせコイツには俺の想定以上の動きは出来ないんだから」
男は物言わぬ遺骸に成り果てた帝国の勇者を暫く見詰めていたが気を取り直すように倒れている少女の方に向かった。
少女は結局立ち上がれず倒れ伏していたのだ。
「おい、シンシア。意識はあるか?」
「・・・アリマス。・・・デモ命令ハモウ果サレタヨウデス。ナラ自分ハモウイナクテモイイ・・・」
擦れがちに返答が戻ってくる。
男はシンシアを仰向けに抱きかかえ顔を見る。
「人の生き様をどうこう言えるほど大した生き方をしてきたつもりはないがな。お前さんはもう少し我儘に生きてもよかったんじゃないかとは思う」
「・・・私ハ自分ノ思ッタ通りニ生キマシタ。十分我儘ニ生キタト思イマス」
「他人のために自分を犠牲にする事を我儘とは言わない。平気で他人の命を弄び犠牲にする奴がいるかと思えば我が身を顧みず他人を助けようとする奴もいる。まったく人間という奴は・・・」
「・・・モウイイノデス。幼イ時カラズット病気デ寝タキリデ・・・身体ガ良クナッテ自由ニ歩ケルヨウニナッタト思ッタラソレハ多クノ人ヲ犠牲ニシタ結果デ・・・、オ父様ヲ説得出来ズ已ム無ク実験台ニサレソウニナッテイタ人達ヲ助ケタラオ父様ノ逆鱗ニ触レテ自分ガ実験体ニサレ・・・。辛クテ苦シクテ、ソレデモ立チ止マル訳ニハイカナクテ・・・、モウ疲レマシタ。コノママ眠ラセテクダサイ・・・」
「生きるに疲れきるほど長生きしちゃいまい。辛いも苦しいも人生につきものだが楽しい嬉しいもあるはずさ。厭世感に浸るのはそれらを味わい尽くしてからでも遅くはあるまい。それに伯爵が施した身体強化の施術は割と強力だ。この状態で更に手足をもがれても処置が早ければ死なないぐらいにはな」
「デモ私ハ洗脳サレテモウ・・・」
「ここまで会話してきて気付いていないのか?多少状況に引き摺られていても考える事は出来ているはずだ。外科的に脳から切除された部分は最初から再生してある。ここまでの回想で心理的欠損もほぼ修復出来たはずだ」
「?・・・何ヲ言ッテイルノデス」
「思い出せ。ここまでズレたのなら違和感を感じているはずだ。本当は帝国の勇者との戦いの結果がどうなったのか。その後の事も」
「勇者トノ戦イ・・・私ハアノ時、負ケテ・・・手足ヲ・・・?・・・イ、イヤ!止めて!アアアッ!!イタイ!痛い!イタイ!止めて!止めて!!止めてぇ!!」」
シンシアは大きな悲鳴を上げのたうち始めた。
「シンシア、大丈夫だ。現実の身体の傷は既に完全に治した。帝国の勇者も俺が殺した。傷を受けた時感じていなかった恐怖と痛みを今感じる必要はない!」
男はシンシアを抱きすくめ宥める。
「洗脳状態で実感が伴っていない記憶や痛みなどなかったと思え。そんなもので苦しんだり精神的外傷を負うなんざぁ馬鹿げている。どうしても我慢出来なければこの瞬間だけはこっちが事実だと思っておけ!人間どうにもならない時は逃げてもいいんだ」
繰り返し掛けられる言葉と抱き締め支える力に徐々に激情が引いていく。
「・・・アアッ、イタイ、痛い・・・、痛い?・・・痛く・・・ない?」
「そうだ、痛くない。全ては悪夢の中の出来事だとでも思っておけ。それも終わった事だ」
「悪夢・・・」
シンシアの苦しみの涙に濡れた目に光が戻り男を見返す。
「・・・本当に痛くない。・・・雷撃の痛みすらない。一体これは・・・」
「正気に戻ったようだな」
男のいつも鋭かった目付きが少し和らいだ。
まだ動悸が治まっていなかったシンシアの胸の奥でそれとは別の鼓動がトクンとした。
「・・・貴方は誰?貴方はここにはいなかった。私は帝国の勇者に手足を・・・、その後帝国軍に保護されて・・・?」
「帝国軍の魔導士や治療専門の魔導師でもそれだけの傷の完治なんて出来なかったのでずっと意識不明の重体だったのさ。弄られた脳や損なわれた精神に至っては手もつけられなかった。ま、俺にとっても物理的な損傷はともかく壊れた精神を治すなんて部門外もいいとこだ。俺は壊す殺すの専門家であって治癒魔法はそのための補助なんだからな。お前さんはある意味運がよかった。偶々精神を取り戻す機会が与えられたんだから」
「貴方は一体何者なのです。それにここは・・・?」
「大体思い出したようだしなんとなくは分かるだろ。俺の正体は・・・、目覚めた後に覚えていたらその時に教えてやるよ。さあ悪夢は終わりだ。目覚めた、目覚めた」
その声にシンシアにとっての現実感がその場から急速に失われていった。
その姿が霞み消えていく。
男はシンシアの身体が腕の中から完全に消え去るのを見届け立ち上がった。
「さて最後の蹴りをつけに行くか」
男は研究室の最奥に向かって歩き始めた。
この手の話しは主人公の強さがインフレしますので再生怪人では歯が立ちません。




