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異世界無双血風録  作者: 大五郎
第15章 夢幻迷宮編
91/119

56 Ⅰ ドクター諸々

久方ぶりの更新です。

時系列は遡っていません。


『グルルル・・・』

鬱蒼と草木の茂った森の中、倒けつ転びつ逃げる男達の姿があった。

男達は背後から迫る獣の唸り声の恐怖に顔を絶望に歪めながらも懸命に走り続けていた。

「ガハッ!」

後方から鉤爪の生えた毛深く太い腕が伸び逃げる一人の男の首を薙いだ。

男の頭と身体が別々に転がっていき噴き出た血が緑の森の一部を朱に染める。

それでも残った男達は走り続けていた。

立ち止まれば死ぬ。

それがこの場の絶対的ルールだったからだ。

「ゲハッ!」「ギャッ!」「グハッ!」

森の中に又幾つかの断末魔の声が上がる。

残りの男達の顔が恐怖に更に歪むがそれでも懸命に足を動かし続け森を走り抜けていく。

それから何度も悲鳴が上がり続けるがやがて一番先頭にいた男の前方の視界が開けてきた。

森を抜けた。

「ハァハァ・・・やった!助かった・・・?」

息を切らせていた男の足が止まった。

視界を塞ぎ足止めする木々や高く生い茂った草はなくなっていた。

しかし足元もなくなっていたのだ。

崖っ縁であった。

崖下十m、その向こうには更なる大きな森が広がっていた。

切り立った崖に足場はなく飛び降りられる高さでもない。

男はここまでの全力疾走で赤らんでいた顔を絶望で蒼白に変えながら自分が出てきた森に振り返った。

後続の仲間達は誰一人出てこない。

「お、おい・・・」

男の一人が森に向けて声を掛けた。

ガサリと草を掻き分ける音がした。

仲間かと思い目を凝らすがそこに現れたのは虎の頭を持つ人間より身体が一回り大きい二足歩行する獣人の姿だった。

「ヒッ!!」

男は崖っ縁のギリギリまで後退った。

虎人(ワータイガー)は姿が霞むかの如き速さで距離を詰め次の瞬間には肉薄してその右腕が追い詰められた男の腹を貫き鉤爪が背中に突き抜けていた。

貫かれた毛深い腕で宙吊りになった男は暫く手足をバタバタさせていたがやがて動かなくなった。

虎人(ワータイガー)は腕の亡骸を払うように崖下に落すと森に引き返していった。



「フォホホホ、今回はあそこまで逃げたか。これまでの最高記録だな」

手の双眼鏡を下ろしながら狩りの一部始終を居城の物見の塔から覗いていたゴルシェ伯爵が楽しそうに笑って言った。

その小太りの顔には本当に愉快そうな表情が浮かんでいた。

「悪趣味極まりないな。森を抜けるまで逃げ延びたら命は助けると約束しておきながら逃げ場のない森に放り込むとは」

護衛のように傍らに控えていた黒髪の目付きの鋭い若い男が眼下の森で行われていた凄惨な殺戮劇を顔色も変えず冷淡に批判する。

「フォホホホ、獲物が必死に逃げねば実験体の評価試験にはなるまい。獲物が死力を尽くし全力で逃げるからこそそれを易々と仕留める実験体の性能の高さも分ろうというものよ」

「・・・確かに敏捷性や膂力は人のそれを遥かに凌いでいるようではあるがな」

「だろう、だろう。最近呪われた大陸の方で伝説の魔獣キマイラが異世界から召喚された勇者とやらに狩られたという。キマイラは攻撃魔法を使いこなし獅子の頭に羊の胴体で尻尾は蛇と実に魅惑的な姿をしていたそうな。キマイラもそうだがそんな強大な魔獣を狩る勇者とやらも是非手に入れてみたいものだ」

「勇者に興味があるのか?」

「ウムッ、我が研究のためにはレアな素材は幾らあっても足りないしな。苦労して手に入れた召喚の魔道書を半年前に皇帝陛下に献上してより未だ成果について知らせがない。まさか呪われた大陸の蛮族どもが主張する召喚者に死を齎すという妄言に惑わされて異世界人召喚を行わなかったのではあるまいな」

「自分で召喚を行わなかったのは何故だ?」

「万が一という事もあるのでな。結果を見て動く方が得策であろう。素材として欲しいだけで戦力として独占して使いたい訳ではないしな。召喚の魔道書も写本を作って保管してあるし安全が確認出来ればこちらでも召喚を行うつもりだ。召喚の魔道書の献上と併せて提案した蠱毒の法も実際に自分で施してみたいしな」

「お前か、勇者召喚に蠱毒の法を組み入れる事を考えたのは。・・・人間をなんだと思っている?」

「この世界にかつて存在した事のない新生命体を創造するという我が崇高な研究のためには異世界人だろうが実験素材として拉致した領民だろうが塵芥の人間が幾ら死のうが知った事ではないな。そこに貴賤を問うつもりもない」

「お父様、このような事はもうお止め下さい!領民を使った命を弄ぶ数々の人体実験、その結果生み出された獣人達を使った性能実験と称する残虐行為。領主としても人としても許される所業では御座いません!」

割り込むように一人の少女が物見の塔の螺旋階段を駆け上がって現れた。

年の頃は十五、六歳ぐらいの清楚な感じの少女であった。

「シンシア、お行儀が悪いな。伯爵令嬢たる者たえず淑女たれと言ってあるだろう」

「お父様、真面目に聞いてください!」

「可愛い我が娘の願いであってもそれは聞けない話しだな。我が偉大なる研究のためにはあらゆる犠牲はやむを得ない事なのだよ」

「お父様!」

「もうよい、自室へ下がっておれ」

シンシアの後を追いかけてきたお付きの侍女に連れていくように合図した。

シンシアは尚も二言三言言い募っていたが侍女に引き摺られるようにその場から連れ去られていった。

そして伯爵は別の方角に顔を向けた。

「そんな事より助手よ、次の予定はどうなっている?」

「はいはい、次は・・・実験体β226号θ475号の起動実験、α339号の最終調整だね。午後からはΔシリーズの施術予定となっている」

「助手・・・、お前、女だったか?それに口調ももっと丁寧だったような気がしたが」

「嫌だなぁ。私は生まれた時から女だし会った時からこの口調だよ」

「そうだったかな・・・?」

黒髪黒目の二十歳前後の美人助手の顔を見る。

十年以上前(・・・・・)から続けている実験で常に助手に補佐をさせてきた記憶がある。

ただ助手は男だったような気がふとしたのだ。

「まあよい、これも些細な事だな。行くぞ」

男でも女でも自分の研究以外にはさして興味がないゴルシェ伯爵は気にしない事にして若い男と助手の二人を引き連れ実験室に向かった。



城内地下区画に広がる実験室内には数mはある巨大なガラスのシリンダーが壁の両側に立ち並びその中を満たす溶液の中をプカリプカリと異形の生物達が浮かんでいた。

狼や虎や豹などの哺乳類だけでなく魚類や昆虫類を人と混ぜ合わせこねくり回したような姿をした怪物達。

彼らは眠るように溶液に漂っていた。

「ウムウム順調順調。全体の進捗状況はどうなっている?」

「各種多様の生物の細胞を万能細胞化させ増殖、身体組織を自在に再現させる魔法術式はほぼ完成だ。更に身体組織を変異させ新たな特質を付与したり強化したりする実験もまだ成功率が50%程度だが実用可能なレベルに到達しつつある。異種族間での細胞適合実験結果もようやく安定しつつある」

美人助手が手元のファイルを見ながら報告する。

「結構結構。懸案の異種族間での細胞適合も拒否反応が新魔法薬でかなり抑えられるようになって解決の目処がついた。我が野望達成にもようやく道筋が見えてきたというものだ」

「異種族間での細胞適合だが例えば竜と呼ばれる生物の皮膚に対しても可能か?しかもその皮膚側には基本干渉不可能として考えてだが」

上機嫌のゴルシェ伯爵に黒髪の目付きの鋭い男が問い掛けた。

「フムッ、興味深いテーマだな。呪われた大陸にの魔竜山を住処とする飛竜(ワイバーン)や大洋に極稀に出没する海竜(シーサーペント)、森の深奥に生息する地竜(アースドラゴン)やアルナス南西の火山地帯に生息している火竜(サラマンダー)などは人の手に余る強大な生物であるため未だ希少素材として手に入れてはいないが何れ手に入れて詳しく調べてみたいものだ。現物がないから推論のみとなるが竜の皮膚側には基本干渉不可能という条件であってもその皮膚が生体組織と結びついていた以上何らかの受容体があるはずだ。新たに適合させる生体組織側にその受容体と対になる因子を組み込めば可能だろう。両者の細胞を弄って適合させている魔法技術が完成に近づいている現状なら片側を相手側に合わせて適合させるだけなら造作もない」

「そうか。・・・ならこの手間(・・・・)も無駄にはならないかな」

「?」

納得したように呟く相手を意味が分からないという目でゴルシェ伯爵は見返したが若い男はそれ以上語る事はなかった。

Ⅰ~Ⅳ構成予定です。

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