53 火竜は吠える
現実の戦争はもっとしょうもない理由で始まっていたりしますが。
十字軍遠征なんて攻められる側にとってはその最たるものです。
新世歴218年末、シュナ王国沖で行われたクーイアン帝国侵攻軍と勇者との海戦は帝国軍の一方的壊滅という形で幕を閉じた。
新世歴219年初旬に行われたクーイアン帝国とシュナ王国との講和は勇者同席の元に行われ世に平穏が戻ったかに思われた。
しかし講和後帝国の招きに応じ賓客として帝国内を周遊していた勇者の乗る皇室専用飛行船がセラス王国の女勇者により襲撃され事態は緊迫した。
報復としてクーイアン帝国軍がセラス王国に侵攻、女勇者がこれを撃退と事態は目まぐるしく動いていった。
帝国に賓客として滞在中の勇者が暗殺されたとの誤報が流れる中クーイアン帝国南部が地竜の強襲を受けこれを女勇者が討伐と敵味方が次々と移り替わっていく。
最後に地竜討伐直後の女勇者を神聖法国アルナスの勇者達が襲撃、これを待ち伏せしていた死亡との誤報が流れていた勇者が殲滅し事態は終息したかに見えた。
しかし世界は更なる激動に打ち震えることになる。
地平の彼方まで拡がる平原を埋め尽くさんばかりの白と黒の騎馬軍団。
それらが互いを呑み込まんとする巨大な蛇のようにのたうち激突を繰り返していた。
白は神聖法国アルナス、黒はクーイアン帝国の騎馬軍団であった。
双方十万ずつの大軍は怒号を上げ激しくぶつかり合っていた。
剣に貫かれ引き裂かれ落馬し踏み躙られていく互いの騎士達。
後方から魔導士の火弾が飛んできては炸裂し両軍の前衛を削り合っている。
血と切り刻まれ踏み躙られた遺体が散らばり積み重ねられていく。
火弾で焼かれた人間が焼ける臭いと血臭ささ、遺体から垂れ流される糞尿の臭いが入り混じり前線を悍ましい瘴気が覆っていた。
それでも両軍は遮二無二にぶつかり合い犠牲を増やしていく。
「いいのか、勇気?放っておいて」
「どうしようもないだろ、あれは」
勇気は問い掛けてきた紗耶香に肩を竦めた。
二人とも飛行ユニットでホバーリングしながら戦場全体を見渡していた。
「しかしこの戦争の原因は私達にあるのだろう」
「それこそ知った事じゃない」
勇気は素っ気ない。
地竜の強襲の傷を癒す間もなくクーイアン帝国に神聖法国アルナスから傲慢な使者が訪れ無体な要求を突き付けてきた。
アルナスの勇者五人を騙し討ちにした犯人である自称勇者の勇気と紗耶香の引き渡しを帝国に求めたのだ。
これには大概の事を笑いとばせるクーイアン帝国皇帝も呆れた。
国家間で暗殺者や諜報員が暗躍しても余程無茶な行動、例えば帝国の象徴である皇室専用飛行船に対する公然とした襲撃のような場合を除いてはそれに対する公然の非難もない代わりにその存在自体がないものとして扱われるのが一般的である。
つまり返り討ちにあっても文句を言える筋合いはないのである。
しかもセレン達の襲撃はアルナス国内ではなくクーイアン帝国領内に侵犯して行われていた。
勇気にしろ紗耶香にしろ帝国軍に大損害を与えた張本人ではあるが地竜の強襲という未曾有の危機から多くの民を救ってもらった直後でもありとても聞ける話しではなかった。
もちろん大国が国力に任せて小国に無理難題を押し付けるという事例もあるが超大陸の三番目とはいえ帝国の国力はアルナスにそう劣るものでもない。
勇気と紗耶香を取り押さえ差し出す事を可能とする有効な戦力が帝国にはなく要求を達成する事も現実には不可能でもあった。
かくして要求を突っぱねた帝国に対してアルナスは宣戦布告し国境を接するこの平原にて戦いが始まったのであった。
「そもそもの要求に筋が通っていない以上俺達に責任がある訳がない。帝国側もそれが分かっているから助力の一つも依頼して来なかった。ならこっちも手を出す必要はない」
「しかしこんな訳の分からない理由で殺し合いをするなんて・・・」
「アルナス側にはあるんだろ。ここまでデタラメな理由をこじつけてでも戦う理由がな。もっとも永く続いた宗教国家だからな。道理よりも神の御意志とか自分らルールの戒律に基づく非論理的な考えで動いている可能性もあるが」
「そんな国が今までよく持っていたな」
「大国の場合先代までの蓄積が多ければ多いほど食い潰して衰退するまで時間が掛かるのさ。ただし軍事的冒険なんかすれば一気に衰退が加速するだろうがな。特に今回のような道理の通らない話しで戦争を吹っ掛けるようになると要注意だ」
「そんな連中でもこうも無暗に戦争などという無謀な行動に出るものなのか?」
「さあ?どの位のバカが現在のアルナスを動かしているのか分からないからな。思い込みのまま衝動的に動く奴なのかも知れないし。その場合は最終的に帝国が勝つから問題はない。問題なのは多少なりとも頭が回る連中が今回の事を仕掛けたのならそいつらなりの勝算があるはずだ。それを見極めるために俺はここに出張っている」
勇気は戦況が帝国優位に傾きつつあるのを確認していた。
個々の兵士の生き死にはともかく戦いの趨勢はいずれ何方かに傾く。
前線中央の帝国軍が徐々に押し込んでおりこのまま中央突破に成功すれば相手は浮き足立ち帝国が勝利する事になるだろう。
ほぼ同数での正面からのぶつかり合いである。
地力に勝る方が勝つのが必然でそれは今回帝国軍側だったようである。
問題はここからである。
このまま帝国側のワンサイドゲームで終わるのなら問題はないのだが・・・。
『るぉーん!!』
突如アルナス軍後方から大気を揺さぶる重低音の咆哮が上がった。
それとほぼ同時に巨大な火弾が放たれ中央突破中の帝国軍の後方に着弾した。
幾ら巨大な火弾だとしても一軍を跨ぐ射程距離は異常だった。
そして普通の魔導士の火弾の十倍以上の範囲で爆発が起こり瞬時に数百人の騎士が焼き尽くされ帝国軍中央は大混乱に陥った。
「あれか!」
アルナス軍後方の輜重隊の大きな荷車の一つの覆いが破け去り中から巨大な赤い塊が起き上がっていた。
燃えるような赤色の甲殻に包まれた全長五mの四足の大トカゲのフォルムを持つ魔物。
鰐のように突き出た顎から漏れ出る熱気が周囲を歪ませていた。
「シオン、あれはなんだ?」
胸元から頭だけ出しているシオンの使い魔に問い掛けた。
『アルナス南西の火山地帯に生息している火竜だな。溶岩の中でも平然と泳ぎ回り、強力な炎熱の吐息を放つ。極めて凶暴で捕獲も不可能といわれており人が飼い馴らした事例もない。個体数が少なく火山地帯の外に自ら出てくることもなかったのだがどうやら捕獲して従わせる事に成功したようだな』
「大方セレン達が何とか捕獲して隷属の首輪と似たような魔道具を埋め込んだんだろうな。どうやって命令言語を入れているのか分からないが。これがアルナス側の自信の源だった訳だ」
「どうする?」
「デタラメな口実の礼はするさ」
紗耶香の問いに勇気はシンプルに答え火竜に向かって突っ込んでいった。
紗耶香も後方で追随する。
『るおーん!!』
火竜の咆哮が高まり耳鳴りが起きる。
その開いた口腔の奥が眩しいほどの白熱に輝いていく。
「!?」
火竜から白熱光が放たれ射線直下のアルナス軍は放射熱で燃え上がり一瞬の内に炭化していった。
「初撃は戦局を読んでしかも味方の損害を避ける素振りを見せておきながら実はお構いなしか。引っ掛けるつもりだったのか?えげつないな」
勇気は既に正面に魔力球を作り出していた。
白熱光はそれに阻まれ吸い込まれていく。
勇気は封じ込めた熱量を細い線にまで圧縮して撃ち返す。
それは更に超高温の熱線となって火竜の額に命中するが頭を少し揺らしただけでダメージらしいダメージはなかった。
「恐らく炎熱無効。しかし・・・、紗耶香!射程に入ったら氷槍を撃ってくれ!」
「分かった!」
接近し射程に入ると紗耶香は勇気の魔力球の影から飛び出し氷槍を放った。
火竜は細い白熱光から巨大な火弾に切り替え氷槍にぶつけてきた。
氷槍は一瞬で溶けたが巨大な火弾も弾けた。
しかし弾けた火の粉のひとつひとつが通常の火弾の威力と大きさを保ったまま広範囲に拡がり飛んできた。
勇気と紗耶香は横にスライドするように大きく旋回してそれを避けた。
「紗耶香!回避しながら 氷槍をどんどん撃って引き付けてくれ!」
突如勇気が紗耶香と逆方向の旋回を始めた。
「コラッ!いきなり人を囮にするな!」
いきなり正面方向の魔力球の盾がなくなり紗耶香は慌てながらも氷槍を短いインターバルで連射していく。
盾がなくなり絶えず急旋回をしながらの射撃のため狙いは大雑把だが火竜は律儀に氷槍の一撃毎に巨大な火弾をぶつけて防いでいた。
「やはりな」
勇気は火竜の背中側に移動すると一気に数十本の氷槍を生み出し叩きつけた。
前方の紗耶香で手一杯だった火竜は対応出来なかった。
数十本の氷槍が火竜の体表で弾け氷がその身体全部を包み込んだ。
火竜の動きがピタリと止まる。
「エッ!?」
いきなりの事に戸惑う紗耶香。
火竜は活動を停止していた。
「あれだけの熱量を操り溶岩に平然と浸かるという火竜があれぐらいの氷槍で動けなくなるのか?」
「セレン達が捕獲出来たんだ。こんな事だとは思った。俺達だと火竜の持っている圧倒的な熱量に対して氷槍の吸熱効果が低いと考えて効かないと判断してしまったかも知れないがセレン達は単純に炎に氷と熱量差を無視して考えたんだろ。おそらくだが上昇方向の熱変化には強いが急激な熱量の下降で生体反応がフリーズするんだろうな」
勇気が紗耶香の傍に戻ってきた。
「じゃあこれで終わりか?」
「いいや」
「な!?」
勇気は紗耶香を抱き寄せ周囲に大きな魔力球を幾つも生み出した。
それに四方八方から白熱光が突き刺さり吸収されていく。
「弱点を知っている側とすればそれを補う方法も考えるのは当然だよな。相手の油断をついた不意打ちとか数を揃えるとか」
周囲の少し離れた位置に放置されていた輜重隊の大型の荷馬車から次々と火竜が白熱光の吐息を放ちながら立ち上がってきた。
その数十体。
「しかし個体数が少なく生態もよく分かっていない生き物を乱獲するとか無茶するなぁ。ファンタジー生物なんだからこいつらがいなくなって火山地帯が暴走して大事になっても知らんぞ」
勇気は軽口を叩きながら白熱光を放ち続ける火竜達を睥睨した。
次回「○○人襲来」の予定です。




