50 変転
お約束の方向を避けてもよかったのですが。
セレンは神聖法国アルナスの貧しい法衣貴族の家に生まれた。
数百年前に宗教的結びつきで国家統合が行われ超大陸で二番目の大国となったアルナスにおいては神に仕える法王以下多くの法衣貴族が国を治めていた。
しかしそんな中にあっても高い地位にある少数の法衣貴族は富栄え最下級の法衣貴族は名ばかりの存在であり公職にも着けず生活にも困窮する者も多かった。
セレンの家もその例に漏れず貧しかった。
数代前は高い地位にあったが権力闘争に敗れ最下級まで没落した法衣貴族であった。
そんな家に生まれたセレンは幼少期から貧困にさらされていたが目鼻立ちが整っており将来はかなりの美人になると見込まれていた。
父母は中流法衣貴族、あわよくば上級法衣貴族の目に止まり玉の輿に乗る事を期待していた。
だが下級法衣貴族の園遊会にすら参加する縁故もない家にそんな機会は巡ってくる事はなかった。
しかしそんな彼女に目をつけた者達がいた。
神聖法国アルナスにおいて表で国を動かす法衣貴族に対して裏で国を動かす国家組織の者達であった。
表向きセレンは大貴族の養女として引き取られる事となり両親には多額の謝礼が支払われた。
そして売られた彼女は大貴族の屋敷の中にある暗殺者養成機関に放り込まれた。
それまでは曲がりなりにも貴族としての礼儀作法を身につけるよう教育されていたのだが今度は暗殺者としての教育が始まった。
各種戦闘術や暗殺術、武器の取り扱いを学びながら少量の毒で少しずつ耐性をつけさせられ毒姫として体質を変えられていった。
セレンは厳しい訓練や毒による痛みや苦しみから自分を売った父母や人間として扱わない組織の者ひいてはこの国、こんな理不尽を許す世界全体を呪った。
やがて仕事に出されるようになった彼女は組織の命令で多くの人間を殺めていった。
最初の内は殺人に対して忌避感があったが十人百人と殺していく内に何も感じなくなっていき機械的に標的を消していくようになっていった。
彼女は教育の過程で魔法の適性があったため火弾のみ使えるよう修行をさせられたがその時はものの十発も撃てば魔力切れを起こして気絶していた。
数年後ある標的を始末し逃走中追手に囲まれた。
血路を切り開くために火弾を限界ぎりぎりまで使う事にした。
九発まで使ったが敵の数が多く道を切り開く事が出来なかった。
どうせ死ぬならと最後のはずの一発を撃つが気絶しなかった。
更に一発更に一発と続ける内にいつの間にか追手は全滅していた。
帰還し上司にその旨を正確に報告すると今度は拘束され隷属の首輪を着けられた。
丁度その頃帝国で発見された蠱毒の法で勇者の魔力を高める方法が漏えいしていたのだ。
そして彼女の血筋が辿られ数代前に当時の勇者らしき者の血が入っている事が分かった。
そこで組織の上層部は秘密裡に法国中から可能性のある者を無理矢理集め隷属の首輪を着けて殺し合いをさせた。
当然セレンも参加させられ生き残った。
帝国と違い組織の上層部は最後の一人まで殺し合いをさせず五人まで絞り込まれた時点で止めた。
作戦行動を取るにはその程度の人数は必要と判断したからだ。
生き残ったのは暗殺を生業とする者がセレンを含めて四人、殺人鬼が一名だった。
その中で一番優秀だったセレンが隊長として部隊が編制された。
その時点でセレンがずっと抱いていた憎悪が野心に変わった。
蠱毒の法で大幅に増した魔力と隷属の首輪で潜在能力を限界まで引き出された身体能力があればこれまで奪われるだけの側から奪う側に回れるのではないかと。
彼女は上層部に掛け合い作戦行動の支障になると主張して自分を含む部隊全員の首輪を外させた。
そして彼女の部下達を引き込んで組織内の弱小派閥と組んで組織の上層部を全員暗殺してまるごと乗っ取った。
そして帝国の勇者が呪われた大陸の勇者に討たれセラスに女勇者が現れたなどの情報が伝わってきた。
セレンは邪魔な勇者を排除する事を考えまず女勇者を倒して魔力を増やし次に帝国に滞在中の呪われた大陸から来た勇者を討つ事にした。
予定に反して呪われた大陸から来た勇者を先に倒してしまったが魔物騒ぎで出張ってきた女勇者も不可解な黒騎士も倒す事に成功した。
これで全てが手に入る。
膨れ上がった欲望が自然彼女達を哄笑させていた。
「さて、勝ち誇っているところに水を差して悪いのだがそこまでにしてもらおうか」
「なッ!?」
燃え上がった炎の中にいるはずの黒騎士の声が後方からした。
慌てて振り向く彼女達から少し後方の大地の上に黒騎士と女勇者の姿があった。
黒騎士の鎧はボロボロになっていたが平然と立っており女勇者の方も多少煤けているが外傷はないようだ。
「そ、そんな!?生きていられはずがないですわ」
「現にこうして生きているが」
「どうして・・・」
「土魔法で地面の下から現れて紗耶香を救ったんだ。当然地面の下に逃れたに決まっているだろう」
隣の紗耶香が黒騎士の口調に変化を感じ不審げな顔をした。
「しかしそんな魔力量は魔導師でも持たないはず。それに最初の火槍は確実にお前を貫いたはず。どんなに強力な魔道具の武具でもあの一撃は防げないはずですわ」
「確かに背中に大穴が開いて鎧自体もボロボロだ。やってくれたものだ」
「だったら何故?」
「企業秘密だ。何から何まで手の内を晒すバカはいない」
「クッ、お前はいったい何者です!」
「それは・・・」
その時黒騎士の兜がパキンと壊れた。
これまでの手荒い扱いに限界を迎えたのだ。
その中から現れた顔は。
「勇者!ばかな!お前は確かに殺したはず。頭を吹き飛ばされた人間が生きていられるはずがない!」
「あーッ、やっぱりこうなったか。兜はもう持たないとは思ってはいたんだが」
「勇気・・・、お前、生きていたのか、それに黒騎士の正体がお前だったなんて・・・」
紗耶香は自分でも分からない感情の波に動揺していた。
歓喜と憎悪が入り混じったような感じだ。
「今は細かい話しは後だ」
前方の敵に集中するように促した。
「さて第ニラウンドの始まりだ」
勇気は獰猛な笑みを浮かべた。
さてお約束通り本当の真打登場です。




