49 地竜は潜むⅢ
さて盛り上がるでしょうか?
村人達は必至で歩き続けていた。
後方から無数の黒い触手が地面から生え近付いてきている。
力尽き歩みを止めた者は触手に絡みとられ地面の下に引き摺り込まれていった。
やつらは最初村を襲ってきた。
いきなり無数の黒い触手が地面から生え村人達を絡めとり地面の下に引き摺り込んでいった。
慌てて家に逃げ込んだ者は家ごと押し潰され地面に呑み込まれていった。
村の外に逃げた者達はゆっくりと地面から生え近付く触手に追い立てられ死の行進が始まった。
立ち止まれば死。
彼らは進むしか道がなかった。
他の村の村人も同じように追い立てられ合流してきた。
人の流れは支流が合流していく大河のように大きくなっていく。
中には幼子の手を引きあるいは抱き上げ懸命に歩く父親や母親達、老いた親をなんとか連れていこうとして引っ張る息子や娘達。
そんな彼らも人波から遅れ過ぎると容赦なく触手に絡めとられていく。
そんな彼らの前方にはカリオス伯の都市があった場所に現在は巨大なすり鉢状の大穴が開いていた。
先頭の村人達はそれに気付いて止まろうとした。
しかし後方からくる人々の圧力で止まる事が出来ない。
両側面にも触手が現れ横に逃れようとした村人達を絡めとっていくため逃げられない。
すり鉢状の大穴に落ちればもう逃げる事も出来ない。
村人達は恐怖と絶望で泣き叫んでいたがそれでも行進は止まらない。
先頭集団が穴の縁に差し掛かった時それは現れた。
上空からは多くの人々が今まさに地竜の巣に追い落とされようとしているのが見えた。
「あれが敵・・・」
「紗耶香殿!怯んでいる暇はないぞ!我をあの大穴の中心に落とせ。大穴の中の大物は我がなんとかする。紗耶香殿は後方の触手を潰してくれ!地表に出ている触手を全部潰せば多分怒って地面の下の本体が出てくるはずだ!引き付けて人々から引き剥がして倒せ!」
勇気の遺した飛行ユニットで黒騎士を背中から抱えて猛スピードで現場に直進している紗耶香達の姿があった。
帝国南部に向かう飛行船の中でシオンの使い魔より状況報告を受けた。
鯨がバブルネットフィーディングでニシンを追い込むように地竜達が一番大きな巣に人間を追い込もうとしている事に黒騎士が気付いた。
急遽紗耶香は黒騎士を伴って出撃したのだ。
そして紗耶香は初めて異形の怪物の片鱗を見たのだ。
ウネウネと地面から生え人々を囲い込み追い込んでいる無数の黒い触手、大穴の底で待ち受ける触手と地面下にあってなお浮かび上がる巨大な黒い本体。
生理的な嫌悪と強大な敵に相対する本能的な恐怖感。
普通の人間なら逃げ出す衝動を抑えて紗耶香は進んでいく。
「黒騎士殿!ここでよろしいか!」
「やってくれ!」
大穴の中心部目掛けて黒騎士を投下した。
黒騎士は無数の黒い触手が待ち受ける中に突き刺さり呑み込まれていった。
紗耶香はそのまま人々を囲い込み追い込んでいる触手に向かった。
端から全力で突っ込み進行方向に展開されている魔力力場ですり潰すように触手群を粉砕していく。
一通り薙ぎ払った後空中にホバーリングして停止し大部分が千切れのたうつ触手の根に向けて火弾を撃ち込んでいった。
追い込まれていた人々は後方で立ち昇る火の柱に恐怖し側面の触手がなくなったので横に広がり逃げ始めた。
大穴直前で側面方向が開いた人々も横にばらけて逃げていく。
穴の底では触手が全て引っ込みボコリボコリと土が盛り上がったりへこんだりしていた。
大穴の外の地竜達は紗耶香の挑発に乗って地面から本体を現す。
全長百mの黒い巨体が九体地面を割り土砂を振りまきながら伸び上がってきた。
無数の触手が生えた巨大なイソギンチャクの頭部、蛇のように手足がなく鱗に包まれた胴体、中太の尻尾には開口部がありこちらを向いている。
はっきり言って元の世界の人間ならこれを竜と称すれば抗議の声を上げるのは間違いのない異形だ。
生態はアリジゴク、凶暴だが囲い込み漁をするだけの知恵もある。
異世界の驚異というか不気味と言うべきか。
紗耶香はこんな気持ちの悪い怪物どもを駆逐していた勇気の強さに感銘を覚えた。
それと同時に奴らの頭頂口腔部を口紅のように赤く染めた犠牲者達の血に頭の芯が冷えていく。
地竜達は尻尾の開口部すぼめ小さくなった穴から何かを紗耶香に向かって放出する。
水流のように圧縮された細かい砂だ。
直撃すれば貫通し掠ってもそこから削り取られる砂槍が四方八方から迫る。
しかし紗耶香はそれらを軽く躱し突っ込んでいく。
一体の横を通過する寸前刀を抜き放った。
抜刀一閃。
刀に沿って長く伸びた魔力の刃が地竜を横薙ぎにした。
その地竜の動きが止まる。
ズズッと胴体部がずれていき輪切りになった切り口をから赤黒い血を吹き出し二つに別れて倒れていく。
「一つ・・・」
仲間の犠牲にお構いなく地竜達は目線まで降りてきた紗耶香に残っていた触手を網のように広げて殺到してくる。
紗耶香は魔力の刃を伸ばしたままでそれを迎撃細切れにしていく。
又一体に近づき輪切りした。
「二つ・・・」
地竜達は見境がなくなり一体がまだ無事な仲間を貫通させて砂槍を放ってくる。
紗耶香は急加速を掛け上空に逃れる。
と急降下して砂槍を放った個体と貫かれて動きの止まった個体の胴を瞬時に斬り飛ばす。
「三つ、四つ・・・」
残った地竜達は地面に潜り込み始めた。
近くの一体が地面に潜り込む前に追いつき横薙ぎにした。
「五つ・・・」
地に潜り終えた地竜達は尻尾だけ地表に出すと砂槍を放ちながら振り回した。
紗耶香はそれを回避しながら氷槍を放っていく。
尻尾に突き刺さり凝結させ地表に縫い留める。
紗耶香はその一本に降り立ち刀を突き刺し最大限の魔力を込め魔力の刃を大きく広げて伸ばし地に潜む地竜を焼き尽くす。
「六つ・・・」
魔力放出の瞬間動きの止まった紗耶香目掛けて残り三体が氷槍で縫い留められた自らの尻尾を引き千切り地面から飛び出し残った触手を全て展開して覆い被さってきた。
紗耶香の影が揺らめき隙間だらけの包囲を瞬歩で抜けた。
紗耶香に傍らを抜けられた個体の胴が離れる。
「七つ・・・」
残り二体が両側から迫った。
紗耶香はその場に留まったまま刀を円形に薙いだ。
魔力の刃が殆ど同時に輪切りにした。
「・・・八つ、九つ」
紗耶香はがくりと膝をついた。
全力で潜在能力を使った反動が出ていた。
肩で大きく息をしていた。
黒騎士の方も動きが収まっていた。
仕留めたのかあるいは・・・?
その一瞬の思索を突くように火槍が紗耶香に迫った。
体勢が崩れている状態で虚を突かれた紗耶香は避けられない。
貫かれると思った瞬間何かが地面の下から飛び出し紗耶香に覆い被さった。
「残心が甘い!」
黒騎士が叫びその背に火槍が突き刺さった。
更に数本の火槍が突き刺さっていき二人は劫火に包まれた。
「ホホホホッ、お約束通り十分準備を整えてから伺いましたわよ」
セレンが宙に浮いてその惨状を見下ろしていた。
その横には同様に飛行ユニットを装備した四人の男女がいた。
「これで勇者は私達だけ。私達を抑えられる可能性を持つ者はいなくなった。世界は神聖法国アルナス、いえ私達にひれ伏す事になる」
セレン達の哄笑が地竜の遺骸が転がる人外の戦場跡に響いていた。
真打登場です。




