38 戦場Ⅴ
今回の章はまだまだ続きます。
「いつつっ・・・、勇気の奴よくもやってくれたな」
私はヨロヨロと茂みの中から出てきた。
地上に墜ちる寸前飛行ユニットのパワーが一時的に戻り落下速度を落とすことが出来て命拾いした。
とはいえとても着陸といえるものではなかった。
木々が鬱蒼と茂った森の中に突っ込み木の枝や茂みをクッションにして辛うじて生き延びたというところだ。
幸い骨は折れていないようだが全身打撲で動く度に身体中に激痛が走る。
しかし奴との戦いで帝国領内に入り込んでいるため直ぐに移動しないと不味いと判断して痛む身体を引きずって歩き出した。
落下時に刀は落としたため徒手空拳でありこんな時のために教え込まれた格闘術も現在の体調では碌に実力を発揮出来そうもない。
師匠である祖父ならばこんな状態でも十全に戦えるのだろうが私には無理だ。
こちらで覚えた治癒魔法も使っているがこの方面では私は適性が低く徐々にしか回復しない。
無理に動き体力の消耗も激しいがひたすら進み続ける。
今は一刻も早く帝国領内から脱出してセラス領内に逃げ込むしかない。
やがて森の中を流れる小川を見つけた私は喉の渇きを癒そうと不用意に近付いてしまった。
蓄積した疲労で判断力が低下していたのだ。
そしてその結果は最悪の形で表れた。
「ヘヘヘッ、当たりだ」
周囲の茂みの中から帝国兵達が出てきた。
その数十名。
全身打撲の上に無理な移動で疲れ果てた今の私には捌ききれる数ではなかった。
「ヘヘヘッ、逃げないのか。諦めたのかな」
口振りがいかにも下種っぽかった。
精強を誇る帝国軍でも末端ではこんなものなのかもしれない。
私は諦めず構えを取る。
私が素手であるため帝国兵達は生け捕りにするべく剣を抜かない。
一人が両腕を広げて抱きつこうとしてくる。
私は体を沈め腕から逃れ横に逃げつつ足を引っかけ相手を転倒させた。
「おいおい、何やってんだよ。俺がお手本を見せてやるぜ」
他の帝国兵が掴まえるのではなく殴り掛かってきた。
こちらを気絶させてから捕まえるつもりなのだろう。
私はその拳を軽く躱しカウンターで喉仏を潰した。
「グヘッ!!」
帝国兵は喉を押さえて転がった。
「チッ、生かして捕えて楽しもうと思っていたが多少傷がついても仕方がない」
帝国兵達は剣を抜き放った。
これでリーチ分捌くのが難しくなった。
帝国兵達が一斉に斬り掛かかってくる。
私は激痛と疲労で反応が鈍くなっている身体を無理に動かし躱し続けた。
既に反撃する余裕はない。
延々と躱し続ける内に体力が消耗し尽くし足が縺れて転んでしまった。
「今だ!」
帝国兵達は剣を放り出し飛び掛かってきた。
私は為す術もなく押さえつけられた。
「クッ、離せ・・・」
「クククッ、てこずらせやがってたっぷりお仕置きしてやるぜ」
帝国兵達は私の皮鎧を剥がそうとした。
私は残った力の限り暴れたが帝国兵達の手を振り解けない。
皮鎧を剥がされアンダーに手が掛かった。
私は絶望に飲み込まれそうになった。
「そこまでだ!下種共!」
男の声が森の中から響いた。
茂みが押し退けられ大きな黒い影が現れた。
黒い全身甲冑に包まれた巨漢であった。
頭部の二本の大角と両肩にやや小振りの角が生え全体的に武骨な印象はあるものの重量が増し動きも制限される実用性のなさそうな間接部の追加装甲がゴテゴテとついていた。
「何者だ!貴様!」
帝国兵達が男の異様な風体に驚き誰何した。
「我は黒騎士。セラス王国に女勇者が現れたと聞いて見物に向かっているところだ。しかしその方らの不埒な振舞い到底見過ごす事は出来ない。成敗してやるからそこに直れ」
黒騎士はずいと一歩踏み出した。
帝国兵達は獲物から手を離すと慌てて自分らの剣を拾った。
「何言ってやがる。帝国で帝国兵に逆らうなど何処のバカだ。お楽しみの邪魔をしやがって死んじまえ!」
一斉に斬り掛かった。
「遅い」
黒騎士は腰の大剣を瞬時に抜き放ち一閃した。
帝国兵達の上半身が僅かな抵抗もなく吹き飛び周囲に血の雨が降った。
「下種共め、我に斬られて死んだ事をせめてもの誉とするがよい」
黒騎士は大剣を鞘に収めた。
ゆっくりと私の方に歩いてくる。
「大丈夫か?」
「ああ、助かった。感謝する」
私はやや警戒しながらも礼を述べた。
「フム、女戦士と御見受けする。貴公はセラス方の者か?」
「正確ではないがそのようなものだ。それとこんな醜態を晒していて申し訳ないが私が黒騎士殿の探している女勇者だ」
「ホウ、そうであったか。道理で帝国兵を森のあちらこちらで見掛けるはずだ」
「よく捕まりもせずここまで来れたな」
「ハハハッ、我を止めることなど誰にも出来んよ。理由を説明もせず我を拘束しようとした愚か者達は皆殴り飛ばしてきた」
「無茶をする」
「貴公ほどではない。全身打撲が酷いのであろう?直ぐに治癒魔法で回復しよう」
そう言うと黒騎士は私の身体に手を当て魔力を流し込み始めた。
「ちょ・・・」
いきなりな事に制止しようとしたがスウッと痛みが消えていくのに気付き言葉を止めた。
あれほどの激痛が嘘のように消えていった。
「あの剛剣にその治癒魔法、黒騎士殿はさぞや名のある騎士なのだろう」
「ハハハッ、我は辺鄙なところから来た田舎者に過ぎんよ。そんな大層なものではない」
私は謙遜していると感じた。
「さて、ここに留まっていても他の帝国兵が寄ってくるだけだ。女勇者殿、ここは一先ず移動することにしよう」
「・・・九条紗耶香。私の名だ。紗耶香と呼んでくれればいい」
「ムッ、申し訳ない。我は故あって真名を名乗る事も顔を晒す事も出来ない。先程から呼ばれているように黒騎士とだけ呼んでくれればいい。紗耶香殿」
「ああ、分かった。黒騎士殿」
かくして私は危機を脱したのであった。
今度会ったら勇気は絶対に殺してやる。
黒騎士さん再登場です。




