17 竜は集う(前編)
すみません。訂正します。
前編「中編」後編に分けました。
「ローアン王国に異変が起こっているって?」
ラード王城に居座って一ケ月、かつては戦奴として碌な扱いを受けていなかった俺はその時の貸しを返してもらうかの如く羽を伸ばしていた。
ラード王国の財宝の所有権をラード側に戻し俺の中の貸借表がマイナスに傾いたためその分を取り戻していたのだ。
貴賓室を占領し朝昼晩と遠くシュナから取り寄せさせた米と海産物を王宮料理人に腕を振るわせ時には希望の元の世界の料理を注文しそれらに舌鼓を打ち午前中は剣の鍛錬に費やし見目麗しくて可愛い双子メイドの給仕を受けて三時のティータイムを優雅に楽しみ略奪を逃れた城の蔵書庫から希少本を借り受けて読書を楽しみ夜はシオンに魔力の特訓を受ける緩やかで充実した毎日を過ごしていた。
もっとも時折大型の土木工事の依頼を受けてやっていたので文句を言われることもなかったが。
そんなある日ラード新女王から情報がもたらされたのだ。
「はい、我が国の北西シュルト王国とレインディア王国に挟まれた小国です。件のトカゲ人を連れたシュルトの手の者が逃げ込んだ先でもあります。数日前からそこに入った隊商が戻ってくる予定日になっても戻ってこず又ローアン側の隊商や旅人の入国も途絶えているとのことです」
「シオン!」
「分かっている。その近くにいる使い魔を向かわせている」
「頼む。しかしよくそんな情報に気付いたな」
俺はシオンに任せた後新女王に尋ねた。
「それは“世界の危機”に素早く対応するためにここに留まっておられるとのことでしたので国内各領地の代官や国境警備に私の名前で何か異変があれば直ぐに連絡を入れるよう通達を出しておきました。お蔭で些細なことまで報告が入り重要性のありそうな情報の選別が大変でした。協力してもらった文官の方々にも迷惑を掛けてしまいました。後でねぎらって上げてくださいね」
「俺にねぎらわれても喜ばないと思うがな」
俺は不愛想に応じながらも新女王の成長ぶりに内心感心していた。
「あー、これはまずいな」
待つこと暫しシオンが口を開いた。
「ローアンの国境近くはまだ無事だが少し入り込むにつれ黒い翼竜の群れが我が物顔で飛び回っている。凄い数だ。千や二千じゃきかないぞ」
「翼竜か。そんなのもいるんだな」
ファンタジー世界定番の竜種が出てきた以上ここは盛り上がるべきなのだろうが前回のトカゲ人も竜種といえば竜種なので今更だろう。
もっともトカゲ人は寒さに弱いという竜種にあるまじき脆弱さで“世界の危機”ですらなかったのだから種類に含めてはいけないのかもしれない。
「翼竜はローアン王都の西方のかなり離れた魔竜山を住処としている。高速で空を飛び回り火弾まで放つという厄介な魔物だな。自分達の領域から出てきたとかいう話しは聞いたこともなかったのだが一番厄介なのはその数だな。推定個体数一万頭以上。その全てが寄生体に寄生されているのかは分からないがそのつもりで掛かった方がいい・・・ツゥ」
いきなりシオンが顔を顰めた。
「どうした?」
「使い魔が殺られた」
「大丈夫か?」
「感覚共有していたからな。なに、たかが大岩に潰されて頭がひしゃげたぐらいの感覚が伝わってきただけだ。大した事じゃない」
「それは大事だろ。普通ならショック死しているぞ」
「大丈夫、大丈夫、長く生きているとこんな事は一度や二度ではない。特に危険な場所にこの世界になんの関係も責任もない勇者を送り出すんだ。使い魔は可哀想だが覚悟の上さ」
感覚共有は自分の半身を分けるような行為だ。
数十羽の使い魔と感覚共有しているということはシオンは自然状態でも事故とかで失われる度にその痛みに耐えていたということになる。
「フフフッ、私の健気さにジンときたかい?」
「そういう言いぐさがなければな」
俺はそっぽを向いた。
ラード新女王が国内各所に用意しておいてくれた馬を乗り継ぎ昼夜兼行の強行軍で二日、ローアン王国との国境に到達していた。
新女王の用意のよさには舌を巻くばかりである。
シオンの教育も無駄にならなかったようだ。
これなら内政も期待出来るだろう。
「勇者だ!女王からの連絡は来ているか!」
「はい!勇者様、ローアン側の警備兵も来ております!」
禿げ頭で強面の警備兵が礼儀正しく応答する。
国内の連絡には伝書鳩を使っているそうだ。
今のところ高価な通信用魔道具の配備は難しい。
俺はローアン側の警備兵と思しき男に声を掛けた。
「状況は?」
「はい、ローアン側からの出国は完全に途絶えております。昨日確認のため近くの街まで派遣した者も戻ってきていません」
「つまり誰も逃げ出せた者はいないということか。情報が欲しければ現地に直接出向くしかないな」
逃げ出せた者がいないという言葉にローアンの警備兵は顔を青くしている。
家族が国内にいるのだ。
当然の反応だろう。
「勇者様、どうか・・・」
「助けられるヤツは助けてくる。多くを期待するな」
俺とシオンは馬を換えローアン王国領内に入っていった。
街道沿いを暫く進む。
やがて遠くに煙りが上がっているのが見えた。
俺は間に合わなかった村のことを思い出してドクンと動悸がした。
「シオンは後から来てくれ」
俺は馬を飛び降り全力で疾走した。
リミッターを切った俺の方が速い。
全力で走り続ければ後でそれなりの筋肉痛を覚悟しなければならないが。
燃える村が見えてきた。
まるであの時の再現だ。
俺は全力走行のためか焦燥のためか分からない高まる鼓動を感じた。
人の数倍はある巨大な黒い翼竜達が村の中をうろついていた。
自分らが放ったであろう炎だが避けるように動いている。
雪男のように火炎耐性はないようだ。
急速接近する俺に何頭か飛び上って襲い掛かってくる。
餌と認識しているのか火弾は撃ってこない。
消し炭にしては喰えないということだ。
俺はこまめな回避で躱しながら罠を仕掛けていく。
村まで辿りつくと他の翼竜達もわらわらと襲い掛かってきた。
俺にとっても燃えている家屋は邪魔だが俺より数倍身体の大きい奴らにとっては尚邪魔で数が増えても攻撃が単調で平地より躱すのは楽だった。
人の気配も探るが生き残りはいないようだ。
俺は無力感に苛まれながらも罠の設置を終えた。
「貴様ら、許さん」
俺は立ち止まった。
俺を追掛け回していた翼竜達は一斉に飛び掛かろうとした。
その瞬間全ての翼竜の首が胴から跳ね飛んだ。
逃げながら極細ワイヤーを仕掛けていたのだ。
雪崩のように落ちてくる翼竜の胴体部を躱していく。
家屋の燃え盛る炎が頭部の中の寄生体ごと焼き尽くしていった。
俺は辺りを見回した。
近づいてくるシオンの馬が見えまだ村の裏山でバタバタしている一頭を感知した。
俺は僅かな希望を抱いてそちらに向かった。
そいつは小さな洞穴に頭を突っ込み何かを突こうとしているところだった。
俺は腰の剣を抜き無防備の首を一刀の元に胴体から切り離した。
胴体は首を刎ねられた鶏のように暫くもがいていたが直ぐに動きを止めた。
頭の寄生体は頭自体が破壊されていないため様子見だろう。
こいつらの攻撃は基本奇襲で本体が露出しなければアクティブな攻撃を仕掛けてこない。
こいつの始末は後回しだ。
遠方に千頭程度の群れが見えた。
翼竜の頭を洞窟から引き抜き中を覗くとそこに小さな子を抱いた十歳ぐらいの少年がいた。
恐怖に怯えているようだが生きている。
たった二人だが今度は間に合った。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けて見た。
「ヤツは、翼竜はどうなったの?」
「俺が倒した。村の中にいた他の翼竜もな」
「ほ、本当?」
「自分の目で確かめればいい」
俺は頭を引っ込めた。
少年は小さな子を抱いたまま恐るおそる外に出てきた。
抱いている子供は女の子で無言のまま男の子にしっかりしがみついている。
どんな地獄を見てきたのかその瞳には恐怖の色しか見えない。
少年は洞穴の前方に転がっている翼竜の遺骸を恐るおそる確認している。
「他の人は?」
大分落ち着いたのだろう。
他の生き残りを確認してきた。
「そっちは間に合わなかった。村人はお前達を除いて全滅だ」
「そんな・・・、父ちゃん!母ちゃん!」
少年は村の方に走り出そうとした。
俺は少年の腕を掴み止める。
「気持ちは分かるがそんな暇はない」
「離せよ!俺は父ちゃんを母ちゃんを助けるんだ!」
「あっちの空を見て見ろ」
暴れる少年を押さえつけて俺は遠い空を指差した。
指差す方向の空に黒い塊がありそれが段々大きくなっている。
「あれは・・・」
「黒い翼竜の群れだ。あれだと千頭ぐらいはいそうだ。こちらに向かってきている」
「そんな・・・」
「その子はお前の妹か?お前が死ぬのはお前の勝手だが妹まで巻き込むつもりか」
「クッ・・・」
少年は暴れるのを止めた。
「シオン!この子らを頼む」
シオンが追いつきこちらに向かってきていた。
「構わないがお前はどうする?」
「俺は残って足止めする。国境で落ち合おう」
俺は子供達を持ち上げ馬上のシオンの前に乗せた。
シオンが片手で二人を優しく抱き寄せた。
「分かった。こんなところで死ぬなよ」
「当たり前だ。俺は勇者様だぜ。この程度で死ぬかよ。さあ奴らに補足される前に行け」
シオンは頷き馬を走り出させた。
俺は火弾で翼竜の頭部を焼き尽くした。
「さて派手にやらせてもらおうか」
俺は近づいてくる黒い翼竜の群れに珍しく戦意をたぎらせながら向かい合った。
本当は中年のオジさんの決め顔で前半終了だったのですが。
後半は・・・。




