第三話:二つの旗
王都。
玉座の間に、重い沈黙が落ちていた。
「反乱軍は二つに分裂しております」
跪く将軍の声は震えている。
「ライゼル家とクローデル家。現在、互いに独立して行動中」
王は葡萄酒を揺らしながら、退屈そうに笑った。
「仲は?」
「……最悪かと」
「なら問題ない」
グラスが静かに傾く。
「勝手に潰し合う」
誰も反論しない。
できない。
だがこの判断こそが――王家の致命的な誤りだった。
■アレン陣営
「民が動き始めている」
アレンの前に、報告が積み上がっていた。
「北部三村、王税の不服従を宣言」
「東街道、徴税官が追放されました」
「商人ギルドの一部が協力を表明」
静かだが、確実な広がり。
血ではない。
恐怖でもない。
“意思”だ。
アレンは地図を見つめる。
「広がり方が早いな……」
側近が答える。
「王家の統治が、限界を迎えています。今なら民は――“希望”に飢えています」
アレンは小さく頷いた。
「なら、与えるのは一つだ」
ペンが走る。
布告。
『略奪は禁止する』
『民の財は守る』
『裁きは公開される』
「……綺麗すぎる」
側近が呟く。
アレンは即答した。
「綺麗でなければ、王には勝てない」
■ライゼル領(アレン領)
避難民が次々と城門をくぐる。
「食料を配れ」
「負傷者を先に」
アレンの声は途切れない。
戦場ではない。
しかし、戦争より忙しい。
「アレン様……ありがとうございます!」
少女の声。
その一言だけで、兵の士気が上がる。
「この人なら、本当に国を変える」
そんな空気が、確実に広がっていた。
だが――
側近が静かに告げる。
「問題があります」
「言え」
「食料が……三週間で尽きます」
沈黙。
救うほど、自分たちが死ぬ。
それが“理想の重さ”だった。
アレンは目を閉じる。
「……まだだ」
「まだ終わらせない」
■クローデル領
「また落としたぞ」
報告は淡々としていた。
レヴァルは欠伸をしながら、地図に足を乗せる。
報告は淡々としている。
「で?」
「三都市目です。抵抗はほぼなし。降伏か、逃亡か」
「上出来だ」
彼は笑う。
「恐怖は伝染する」
「速いほどいい」
部下が恐る恐る言う。
「このままでは“支配地”が広がりすぎて、統治が追いつきません」
レヴァルは鼻で笑った。
「統治?」
「そんなもん後だ」
剣を肩に担ぐ。
「重要なのは一つだ」
「王が“守れない”って事実を作ることだ」
沈黙。
「遅い国は死ぬ。速い方が生きる。それだけだ」
■王都西部補給基地
夜明け前。
見張りは欠伸をしていた。
「静かだな……」
次の瞬間。
轟音。
城門が吹き飛ぶ。
「――レヴァルだ!!」
黒狼の旗。
炎の突撃。
わずか十分で、補給基地は崩壊した。
「次」
血を拭いもせず、レヴァルは歩き出す。
それは“戦争”ではなく“処理”だった。
■翌日:ライゼル軍本営
「西部補給基地、陥落」
副官の声が震える。
「クローデル家が一夜で制圧しました」
アレンは目を細める。
「被害は」
「守備兵七百、全滅」
静寂。
速さが違う。
思想も違う。
やり方も違う。
「放置すれば民が巻き込まれる」
副官が言う。
だがアレンは首を振る。
「今は王都を優先する」
それは苦渋の決断だった。
■カラス平原・前夜
そして――運命の戦場。
王都南方・カラス平原。
空気が重い。
地平線の向こうに、黒い影が現れる。
そしてもう一方。
白い旗列。
二つの軍が、同時に到達した。
「……また会ったな」
アレン。
「遅ぇよ」
レヴァル。
沈黙。
剣に手がかかる。
その瞬間――
風を裂く蹄音。
「そこまでです」
女の声。
白銀の髪。
黒い剣。
セラ・ヴァルディス。
二人の間に馬を止める。
「王軍が来ます」
「今ここで潰し合っている場合ではありません」
アレンが眉をひそめる。
「傭兵か」
レヴァルが笑う。
「いい女だな」
セラは動かない。
「私はどちらにも雇われていない」
剣を抜く。
「だが――」
刃が月光を返す。
「民を無駄に死なせる奴は敵だ」
空気が変わる。
■その時
遠くで地鳴り。
大地が揺れる。
黒い波。
王家本軍。
十万。
「……来やがったか」
レヴァルが笑う。
「さすがに敵が多いな」
アレンは剣を抜く。
「この規模では単独戦闘は不可能だ」
沈黙。
そして――
レヴァルが肩を回す。
「仕方ねぇな」
「今回は共同戦線だ」
アレンが一瞬だけ目を細める。
「……同意する」
セラは剣を構え直す。
「選択肢は一つだな」
十万の軍。
圧倒的包囲。
逃げ場なし。
だが――
三人は背を向けない。
■共同戦線成立
アレンが言う。
「左翼は抑える」
レヴァルが笑う。
「正面は全部俺だ」
セラが静かに言う。
「崩れた穴は私が潰す」
役割は違う。
思想も違う。
だが――
戦場は一つに収束した。
■王家十万、接敵
角笛が鳴る。
地平線が黒く染まる。
そして――戦争が始まる。
理想と現実と剣が、同じ方向に刃を向けた瞬間。
王国崩壊戦争は、初めて“勝敗の形”を持ち始める。




