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影法師の移動中

 人生何が起きるか分からないとはよく言った物だ。会社から出た僕達を迎えに来たのは黒塗りのリムジン車。あれよあれよという間に乗せられた出発した。流れるような動きで疑問を挟む余地もなかった。

 こんな目立つ車に乗る機会なんてこれまでなかったので手持ち無沙汰になった僕は持っていた紐であやとりで東京タワーとか作っていた。手先の器用さを鍛えるには中々にいいんだコレが。

 ただ呆れたような目で見てくるエアロードさんの視線が痛くてすぐにしまうことになったが。美人の視線ってなんか力を感じるよね……。

 あやとりも出来なくなったのでこの緊張感を紛らわすためになんか慣れている感を出しているエアロードさんに話し掛けることにする。話し掛けて欲しそうにしてるし。



「なんか物凄い車に乗せられてるんだけど、黒塗りの高級車とか乗る機会とかまったくないから作法とかまるで分からないよ」


「まぁ普通は知らないわよね。いいわ、私が作法を教えてあげる。とりあえず同乗者を褒めちぎるのよ。この場合は私ね」



 なんてこった。やっぱりアニメとかライトノベルとかだけじゃそういうことを知ることが出来ないな。分からないことを人に聞くというのはとても大切なことだと思う。

 しかし褒める、褒めちぎるかぁ……。



「ま、私の褒める所なんてそんなにないでしょうから一つ二つでいいわよ」


「えっ、普通にいっぱいあるけど。まず可愛いってところでしょ?まぁこれは基本だよね。でもただ可愛いだけじゃなくてその可愛さを維持する為にとても頑張っている所とか。エアロードさんが風邪ひいた時にアリナに聞いたけど食堂での食事にも色々と気をかけて頼んでるみたいだしね。その努力は大切だし、カロリーとか完全に管理している姿勢は本当に尊敬するしかない。だからこそあの部屋の惨状はちょっとどうにかしたくなったんだけど」


「えっ」


「それで次の良い所は友達想いの所だよね。前のエルと出掛ける時服を用意してくれたのエアロードさんでしょ。あの服エルが選ぶにはお洒落過ぎたから誰か選んだと思ったんだよね。で、そんな服を用意できるお洒落さんなんてエルの交友関係の中ではエアロードさんしかいないわけで。でもエルの体型に合わせて服を用意するなんて大変な事普通は出来ない。だってエル可愛いから服が負けちゃいそうになるもん。だけどエアロードさんはエルの魅力をより引き立てる服をちゃんと用意した。エルが頼み込んだから必死に選んでくれたんだと思う。それだけで友達想いだって思うし、お洒落さんだって言うのも分かるよ」


「んぐぅ!?」


「次はアイドルを立派にやり遂げているってところだよ。少し関わっただけでも大変だって言うのは分かる。それも学校に通いながらってなると余計にだ。それ以外にも頑張っていることがあるとしたらその努力は並大抵の物じゃない。もちろん全部が全部ファンの為とかじゃないのは分かるし、自分の目的とか欲求を満たす為なのも分かるけどそれを踏まえた上で自分の力で手に入れようとしている所は本当に凄いと思う。そこまで真っ直ぐやり切ろうとしているのは間違いなくエアロードさんの意思だ。才能もあるのかもしれないけど、それをやり切ろうとしている意思の方を僕は評価したい。褒めろというなら僕はここを一番褒めたい。凄いって言いたいし全力で応援したい。エアロードさんのアイドル活動を知るのが遅れてファンクラブ会員になるのが遅れたのが酷く悔やまれるよ。この前公式ファンクラブに入ったけどもう全然後ろの方だし。最初に知っていれば僕がファンクラブナンバー1になっているって断言出来るのに」


「んんっ!!」


「アイドルと言えば歌も上手かったよ。ダウンロードだけじゃ足りなくてCD思わず買っちゃったもん。お風呂の中で口ずさんでたらエルも乗ってきて二人でデュエットしちゃったよ。それで知ったけどエルって歌が下手だったんだね。声はいいのに音が物凄く外れてた。それはそれでよかったんだけど、それを踏まえるとやっぱりあそこまで歌えるようになるまで頑張ったことが凄いと思う。しかも本番では色んな演出とか動きとかついているわけで、そんなの並大抵な努力じゃないのは分かる。それをおくびにも出さずに普段何でもないように生活しているのも凄い。頑張っている人が好きだけど、そういう意味じゃエアロードさんが僕の知り合いの中で一番頑張っているかもしれない。だからこれからも応援したいし、いい所も悪い所も全部見ていたい」


「分かった!!もう分かったからやめましょう!!!これ以上は死ぬわ!!!私が!!!羞恥心か承認欲求を満たされた満足死か、これを知ったエル辺りに殺されるわ!!!!死因がいっぱいになるのはやめましょう!!!」


「でもここからが本番だよ?」


「はい私が悪うございました!!!同乗者を褒めるとか言ってごめんなさい!!!全部嘘です!!!私ちょっと顔冷やすからこっち見ないで!!!!」



 手元にあったクッションを顔にぶん投げられた。思わず天使としての力を無意識化で使ったのだろうか物凄い勢いで飛んできたのを顔面キャッチして少し首を痛めた気がする。僕の身体は人間基準なので怪我する時は怪我するのだ。



『お兄さんさぁ……本当にさぁ……』


『いやだって褒めてって言われたから。それにこうなればしばらくは僕の方見れなくなるでしょ。エアロードさんって結構恥ずかしがり屋だし』


『…………もしかしてこうなることわかって褒めたの?』


『フッ、僕のことは神算鬼謀って呼んでくれていいよ』

 


 もちろんそんなことはない。褒めたらなんか顔真っ赤にして俯いてしまったからこれ幸いとリルナと話しをしているだけだ。誉め言葉考えてる時にそれ以外のこと考えられるほど僕の脳は人から外れているわけじゃない。

 いやまぁエルやエアロードさん、リルナに対する誉め言葉とか考えるまでもなく口にすることくらい出来るけどその場合脈絡のない単語をただ垂れ流すだけだから順序立てるのに苦労する。



『……なんか怪しいけどいいや。それよりも気付いてる?』


『ジャネット・シックとか言う、明らかにあからさまな名前のこと?そりゃまぁ、こんだけ分かりやすかったら普通に気付くけど。教授とかも予想はしてるでしょ』


『このタイミングで来るとか、狙ってるとしか思えないもんねぇ……』



 ジャネットって確かジャンヌ・ダルクの愛称だったはずだ。それで『病孤涙苦』はかつてジャンヌ・ダルクとして活動していたと教授から聞いている。そしてそれを天界組織も知っているとも。これは最早高度な煽りなのではないかとすら思う。

 しかもシックと来た。シックとか英語で病気のことだしそのまんま過ぎる。ここまで来たら逆に偶然なんじゃないかと思いたくなるくらいだ。



『今回エアロードさんが直に会いに行くのもそれを確かめるため、って言うのもあると思うんだよね。その場合僕の存在がノイズになるんだけど』


『今回の件を機に全部ばらすつもり……だとしても銀髪天使を連れてこないのはありえないか。戦うにしろ逃げるにしろ上級悪魔と一対一で戦うとか馬鹿だし。アイツらは数で圧殺するのが一番だよ』



 リルナの言う事は一理どころか十里くらいあるのだが……。相手は千年以上生きて暴れ続けている化物だ。天使達が数で攻めることもあっただろう。なのに今も生き残っているということはそれを返り討ちにしたか逃げ切ったということだ。

 どちらにしろ厄介極まる。前者であれば直接戦闘力が高いことになる。後者の場合はより厄介だ。病気を操るということは時間をかければそれだけで周囲が勝手に弱まっていく。

 ドッペルとして『病孤涙苦』と戦うことになった場合、逃走にも気をかけながらやらなければならない。経験不足の僕にそれが出来るか分からない。かと言って上級悪魔との戦いに中級悪魔が加わろうとしても多分足手纏いにしかならない。

 戦うとなった場合、非常に厄介になることが間違いない相手。それが『病孤涙苦』だ。



『なんにせよ虎穴に入らずんば虎子を得ず。判断する為にも先に進まないとね』


『あ゛ーーー……。本当に上級悪魔ども全滅しないかなぁ……』



 心の底からの言葉をリルナが呟く。と共に僕達の乗っている車が止まる。窓の外を見ればこれまた高級ホテルという言葉を形にしたような建物がある。どうやら目的地に着いたようだ。

 ドアが開かれ外に出る。この先にいるのは『病孤涙苦』だと思われる歌姫。油断は一切できない。何も見落とさないように目を皿にする必要がある。気合いを入れるために頬を両手で叩く。


 そのまま流れるように車から出ようとしているエアロードさんに手を差し伸べる。確かこういう車から出てくるレディにはこういう風にすればよかったと思いだしたからだ。恐る恐る伸びてきた手をしっかり掴み共に歩む。



『だからそういうことさらっとするぅ……。銀髪天使に怒られてもアタシ知らないからね』



 リルナが何か言っているが僕に他意はない。そう思ったら『ないのが問題なんだよ』と返ってきた。解せぬ。

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