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影法師と歌姫

 目を惹き付けられるという言葉を実感したことがあるだろうか。僕が目を離せない程綺麗だと思った経験は今まで二度ある。

 一度目はエルと出会った時だ。あの太陽光を反射するような銀髪と鮮やかな宝石のような紅い瞳、それらに押し潰されない調和と言えるだろう容姿。僕はあの時一目惚れという言葉がどういうものなのかを実感した。

 二度目はリルナの両目を見た時だ。左右で違うオッドアイ、癖のある金髪と合わさって鮮烈な印象を僕に抱かせた。出来ることならば服を用意して彼女に着せたいと思ったものだ。僕に絵心さえあったらドールさんあたりに協力してもらい彼女に似合う服をしこたま用意するだろうに。


 そして今日、僕は三度目を経験した。



「ごきげんよう。歓迎しますよ」



 美、というものがあるのであれば目の前にいる人物こそがそうなのだろう。そう確信させる何かがあった。テレビで何度か見たはずなのに実物に会えばそこで抱いた印象を吹き飛ばす。画面越しに下した評価全てを偽物にするその美しさはまさに人に愛されるためにあると言っても過言ではない。

 艶やかに伸びた金色の髪は文字にすればリルナと同じだが、その輝きが違った。エルの銀髪と同じように光を反射し煌めいているそれは一本一本に意思があるように見える。実際に動いているわけではないが、あまりに滑らか過ぎて歌姫の動きに合わせて簡単に広がっているのだ。

 そしてその肉体はまさに黄金比と言えるだろう。出る所は出て、引っ込むところは引っ込む。世界中の女性の理想像を平均し形にすれば彼女になるのではないだろうか。

 まぁ僕の理想の片割れは今も家で勉強中だし、もう一人は今も僕の中で注意深く相手を観察しているが。



「本日はお招きいただきありがとうございます。スメラギ製薬から来ました、沢渡亮です。こちら我が社が推すアイドル、シルフィ・エアロードです。ほらエアロードさん、挨拶挨拶」


「えっ、あっ。そ、そうね……」



 まぁ三度目ともなれば動揺隠して話すくらいは普通に出来るが。なんせ目を奪われる程綺麗だと思った二人を毎日見てるのだ。目が肥えすぎて心配になるくらいには目の前の歌姫を見ても冷静に判断できる。



「えっと、日本でアイドルしてる、シルフィ・エアロード、です。その、ずっとファンでした」


「ありがとうございます。日本のアイドルにこうして会えるなんて光栄だわ。握手、していいですか?」


「は、はい!!よろしくお願いします!!」



 感無量と言わんばかりに差し出された手に飛びつくエアロードさん。僕と違い音楽業界にいるからか歌姫の影響を受けているのだろうか。ファンという言葉に嘘はないようで握手しながら彼女の出したCDをいくつ買ったとか大興奮で話している。

 僕が買ったことのある音楽CDとかエアロードさんが出した物だけなのでそこまで知らないけれど。ただテレビで流れてくるのを聞いた限り圧巻と言わざるを得ないだろう。画面越しでそれなのだから実際にそれを聞いたらどうなるか想像がつかない。



『だからこそ、怖いんだけどね……』


『カリスマって言うのはこういうものを言うのかしらね。目の前にいるだけで圧倒されるもの』



 彼女が『病孤涙苦』だった場合、その被害はきっと恐ろしい物だと直感する。ここまでの影響力を手に入れるために使った年月。迂闊に行動できない。ここまでの世界的人物がいきなり喪失したらどうなるか想像もできない。『大飢万征』とは文字通り格が違う。同じ上級悪魔でもここまで違うとなると奴の存在が小物に思えてくるから不思議だ。



『ただ、先入観はダメだよね』


『あまりに分かりやすすぎて囮の可能性もあるからね。その場合このいかにもな名前をどうして名乗っているのかの方が気になるけど』



 偶然見つけた歌姫の原石が偶然「ジャネット・シック」なんて名前だったとか天文学的数字だろうし、『病孤涙苦』が名乗っていると言った方が納得は出来る。出来るのだが……どうしても違和感が付き纏うのだ。



「マネージャー、彼らを奥に案内して。ホテルのロビーで話していたら視線が鬱陶しいもの」


「分かりました。お二人とも、こちらへどうぞ」



 そんなことを考えてたら話しはあれよあれよと進んでおりいつの間にかホテルの一室に案内されることになった。案内してくれるマネージャーさんと握手をして先導される形で一緒に行く。

 四人で移動する。ホテルのロビーを移動する。そして僕達に視線を向けてくる者はいない。そう、つまり《《誰にも見られていない》》。



『明らかにおかしいよねぇ……』


『うん。僕やエアロードさんだけならわかるけど、ここには歌姫であるジャネット・シックがいる。なのに、誰も見ることすらしない』



 マスコミが入れる場所ではない。だからそれについてはいい。だが視線一つ感じないなどありえるだろうか?ジャネット・シックの容姿は僕ですら、日常的にエルやリルナで目が肥えている僕ですら目を惹くものだ。それほどなのに、誰一人目を向けることすらしないなどありえないと断言出来る。



(敵の胃の中に入れられた気分だな……)



 覚悟を決める。ここが既に敵地なのだと覚悟する。最悪の場合エアロードさんの前でドッペル化するかもしれない。まぁその前にトイレ行くとか適当言って姿隠してってことにしたいけど。



「どうかされましたか?」


「あっ、いえ、なんでもないです。ただこういうところには来たことがなかったので少し気になっちゃって……」


「仕方ないですね。ここは私のマネージャーが選んでくれた場所ですから凄い所です。そうなるのも分かりますよ」



 歩いている途中でジャネット・シックが近付き話し掛けてくる。とうのマネージャーさんはエアロードさんと一緒に話をしていて手持ち無沙汰になったのかもしれない。

 クスクスと笑っているが、そうされると何も知らない自分に羞恥心を覚える。今まで縁がなかった場所だし仕方ないとは思うのだがこれを機に勉強するのもいいかもしれない。

 こう、夜景のよく見える場所でプロポーズするシチュエーションには憧れるものがあるし、いつか機会があるかもしれない。というか機会を作る為に頑張りたい所存である。



「でも、珍しいですね。大抵の人は私を見たら1分くらいそのままなのに、貴方は5秒程度で正気に戻りましたし……。もしかして凄い人だったりしますか?」


「いやいや、僕なんてどこにでもいる奴ですよ。ただ同居人がものっすごい美人ですから、その影響でしょうね。シックさんも美しいと思いますよ?」


『お兄さんみたいなのが普通にいたら怖くなるからやめて欲しいなって』



 酷い言い草である。僕が一体何をしたというのだろうか。なんだかここ最近リルナが呆れたような目で見てくることが多くなってきた。その変化が少し悲しいような、でも嬉しいような。

 なんか親目線で見ている気分になってたが気合いを入れ直す。ここで彼女から話し掛けてきてくれたのは行幸だ。



「美しい、とはよく言われるけどあんまり実感はないんですよね。鏡で毎日見てるからかしら。ニホンのことわざで美人は三日で飽きるってよく言うのでしょう?」


「それについては否定できますよ。僕毎日美人と接してますけどちっとも飽きませんから。毎日色んな発見があって新鮮です」


「それは羨ましいわ。私もマネージャーと中々付き合いが長いけどそんな発見はもうないですもの。それはそれで理解者になれた感じがして悪い気はしないけどね」



 廊下を歩いていく。エレベーターから降りてもうすぐ目的地の部屋はすぐそこにある。同時に嫌な予感がしてたまらなくなる。この感覚は目の前にドルザルクが現われた時と似ている。すぐさま逃げなければならないと本能が刺激される感覚だ。

 それを抑え込んで会話を続ける。少しの情報でも欲しい。



「……マネージャーさんとは、長いんですか」


「ええ、十年前だったかしら。私が子供の頃にスカウトしてここまで育ててくれたのよ。孤児だった私にとっては親みたいなものかしら。だけどちょっと気に入らないところはあるけどね。特にネーミングセンス」


「…………」


「シック、なんて縁起が悪いって言ってるのにそこだけは譲らないの。時折頑固になるから困ったものだわ」



 ジャネット・シック。あまりにも《《らしい》》名前過ぎて警戒していた。悪魔が二つ名を名乗る理由と同じだと思っていた。

 だがそれが撒き餌だったら?目立たせて、自分を覆い隠す為に作り出したとしたら?

 まずい、そう思った瞬間部屋の扉が開く音と共に身体から力が急激に抜けていく。力だけではなく意識まで堕ちていく。

 隣に立っていたジャネット・シックもまた倒れ込む。咄嗟に腕を回して地面に激突する事だけは避けられるようにして。

 無事なのはエアロードさんと、ジャネット・シックのマネージャーのみ。



「これで二人きりになれましたね。シルフィ・エアロードさん?」



 倒れる前に見たジャネット・シックのマネージャーはそう言って嗤っていた。それはまさしく悪魔の笑みだった。

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