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光天使を説得

 現在我が家では物凄い緊張感が漂っております。かつてないその圧迫感は僕に冷や汗を流させるほどだ。これほどのプレッシャーを受けたのは昔ねだりにねだって買ってもらったお気に入りのうさぎのぬいぐるみを数時間遊んだだけの女の子にあげたことが母さんにバレた時以来である。



『お兄さん、結構余裕あるよね?』



 馬鹿言っちゃいけない。あの時は本当に大変だったんだ。言い訳も何も通じない母さんを納得させるという至難の業。父さんの援護射撃もあったから何とか一時間で終わったが、それがなければ僕の脚は恐らく正座に適応進化するくらいに座らされていただろう。足が痺れるあの感覚は本当に嫌いなんだ。



「――――リョウ君?私の前で考え事ですか?」


「はい!!いいえ!!!そんな滅相もございませんッ!!!」



 エルの表情がいつもと変わらない。というか変わらなさ過ぎて逆に怖い。普段だったらコロコロとまでは言わないもののそれなりに分かりやすく変化するのに今はまるで分からない。正直鳴きたくなるくらいには怖かった。



「それで、どういう経緯で、どういう風になったか、もう一度教えてくれませんか?」


「エアロードさんの所のスタッフがほぼ全滅したとのことで取引先である僕の所が人を寄こすということになったので僕に白羽の矢が立ちました!!!」


「……あの、そういう会社についてはあまり知識はないんですが、そもそもなんで新人の、しかもただのバイトのはずのリョウ君が行くことになるんですか……?」



 流石はエル、そこに気付くとは……。いや本当これに関しては違和感バリバリだから気になって仕方ないはずだ。表向きには僕なんて本当コネで入っただけのバイトだし。そしてエルに対する説明に対しては全て僕任せである。社長も草案くらい考えてくれても……いやダメだ、最終的にコマせばオールオーケーとか言い出しかねない。



「まぁスタッフと言っても僕はエアロードさんの付き人みたいになるわけで。本格的なスタッフは他に用意されてるからそこは安心だよね」


「……ずるい」


「えっ」


「ずるい、ずるいですよ。ずるいんですよリョウ君!!」



 駄々っ子のように、非常に珍しいエルの我儘が炸裂する。本当に珍しい大声まで出してる。何か琴線に触れたことろがあるのだろうか?

 いやでも僕がエルの立場だったとしてだ。例えば智弘君の所にバイトが理由とはいえエルがメイドみたいなことをしてると分かったらどうなるだろうか?



「むぅ……!!確かにそれはずるいと思っても仕方ない……!!」


「ですよね!!そう思いますよねリョウ君!!!」


『この二人お似合いだけど見てて胸焼けするのが本当に辛いんだよねぇ』



 リルナが何か言っているが思考の深みに浸かっている僕には届かなかった。エルがメイドとか言うのは僕が彼女を恋愛的に好きだというのが原因だが、例えそうでなくても二ヵ月だけとはいえ家族同然の二人暮らしをして来た相手が親友のサポートするとかちょっと心が痛みそうである。



「というわけでリョウ君は断った方が良いと思います。シルフィのサポート、付き人ならば私がやります。個人的交友関係と私のバイト先の力があればそれくらいは」


「それやったら絶対エルがアイドルにスカウトされるからダメ。絶対ダメ。エルがアイドルとか僕は絶対認めないよ!!!」


「いえリョウ君、私がアイドルにスカウトされるなんてそんなわけないじゃないですか。シルフィは表情がコロコロ変わる可愛らしいから見事にやり切ってますけど私は無理ですよ」


「エルは表情が硬いって言うのは確かだけどそれ含めて神秘的超絶美少女なんだから間違いなくスカウトされるでしょ!!!!」



 これに関しては絶対の自信がある。芸能関係者が見たら金の卵どころの話じゃない。エルをスカウトしない奴は目が潰れているとしか思えない。

 声だってその容姿に負けない程綺麗で透き通っている物だ。エルとカラオケとか行ったことないけど一度でも言ったら延々と彼女に歌い続けてもらいたいと思うくらいには素晴らしい声だ。もし歌が下手だったとしてもそれはそれでギャップ萌えとして受け入れられるだろう。間違いない。



『いやそれはお兄さんの贔屓目が過ぎると思うけど』


『いいやリルナ、これは正しい判断という奴だよ。だってほら、エアロードさんだって可愛いけどエルはそれに負けないくらいなんだよ?美しさという部分では間違いなくトップを突っ走るね』


『それを本人に言ってあげればいいのに。それだけで絶対機嫌よくなるよ百パー』


『いや言ってるけど。あんまり変わってなくない?』



 現に神秘的超絶美少女って言ったのに反応が返ってこないし。

 ……いや、反応が返ってこないというより、頭からプスプスと煙が出ている。目もどこ見てるか分からないぞ?

 念のため顔の前で手を振ったけど何も反応しない。えっと、これはリルナが言ったことが正解というべきなのかな?



「こ、こんな当たり障りのない誉め言葉でこうなるなんて……し、心配になるよこれ……!!本当にアイドルになったりしたらファンサービスとかどこまで行くか分からない……!!!」


『いやこれ言ったのがお兄さんだからでそれ以外からだったらここまでにはならないでしょ。賭けてもいいよ』



 それだったら嬉しいのだが、エルに対してはどうしても不安が先に来てしまう。隠し事があるからか、好きな人に対してずっと嘘を吐いている感覚が拭い去れない。

 もしかしてエルもこんな気持ちなのだとしたら、僕達は似ているのかもしれない。それがいいか悪いかはあまり分からないけど。



「はっ!!な、何か途轍もなく嬉しいことを言われた気が……夢、ですか……?」


「いや何度だろうと言えるけどエルは超絶美少女だからね?そこは自覚持ってくれないと僕困るよ本当に」


「はわわわ」



 顔赤くしてはわわわって言っちゃう美少女が現実にいるとかびっくりなんだが。手元にカメラがないことが非常に惜しく感じる。永久に保存しておく価値がここにあるというのに。



「こほん。……話しを戻しましょう」


「大丈夫?まだちょっと耳が赤いけど」


「無視してください。お願いですから」



 それから約5分くらいかけてようやくエルはいつもの調子を取り戻した。とはいっても見る人が見れば分かるくらいにはまだ内心動揺してるみたいだけどこれ以上は言わないようにしておこう。本人が隠したがっていることに無暗に踏み込むのはやりすぎだ。親しき中にも礼儀ありというし。



「いいですかリョウ君。一つだけ、一つだけ聞かせてください」


「うん、一つと言わずいくらでも聞いていいけど」


「スゥーハァー……。私と仕事どっちが大切ですか」


「エルだけど」


「えっ」


「エルだけど」



 なんか口をパクパクさせてる。そんなに即答したのがおかしいだろうか。正直バイトに関してはドッペル関連がなければそこまで熱心になるつもりはなかった。夏休みに遊ぶ為の資金を手に入れたいがために始めたがそれで折角のエルとの生活を減らしたら本末転倒というものだ。



「ただまぁ、今回に関してはちょっと受けたいなと思うけどね」


「どうして、ですか?」


「エアロードさんはちょっと見てて不安になるから。承認欲求強めって本人は言ってたけど明らかにそれ以上になんか抱え込んでそうだし。エルもそうだけど抱えてる荷物をおろすの下手くそだから」



 だからちょっと支えたくなるのだ。だからこれは僕の我儘、仕事というきっかけはあれど人以上の体力を誇る天使なのにもかかわらず風邪をひくくらいに頑張っている女の子をそのままにするのは不安になる。



「だからエルには悪いと思う。本当にだよ。でも今回は僕の我儘を聞いて欲しいんだ」


「……私は、リョウ君の彼女でも何でもありません。一緒に住んでる幼馴染ですから止める権利はありません。だからリョウ君がやりたいなら、私に怒る理由なんてないんです」


「うん、それは分かってる。その上でのお願いだよ」



 権利がないからって怒ってはいけないなんてルールはない。というより色んな感情を抱くのに権利なんて必要ないのだ。笑うことも怒ることも悲しむことも喜ぶことも、それを決める権利を持つのは本人だけなのだから。



「……シルフィは、自分に自信がないんです。私が言っても逆効果ですから」


「うん。それも分かってる」


「それじゃあ、私の親友をお願いしてもいいですか?」


「もちろん。僕に出来ること全部やるよ」



 こうして僕はエルになんとかバイトの許可を取ることが出来たのだった。秘密にしたら今後の関係が悪化するかもしれないから助かった。そもそもなんでもかんでも秘密にすればいいというわけでもないから。



「…………その代わり今日は一緒に夕食を作りましょう。私も手伝いますから」


「うん。こっちから頼みたいくらいだよ」



 こうしていつもより少し距離の近い中で僕達は夕食を準備して隣り合って食べることにしたのだった。

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