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『観測希究』の勧誘

 『観測希究』ライド・ソローネのその言葉に即座に頷くことは出来なかった。何をもって共闘するというのか、何が目的なのか。それを知らない以上即断即決するなんてことはありえない。この選択には僕だけではなくリルナ、果てはエルにも影響を及ぼすだろうから。



「まず大前提として、吾輩は悪魔側と手を組むつもりは欠片もない。人間である我が母を孕ませ、そのまま消えた悪魔につくなどまっぴらごめん被る。血の繋がっている悪魔のことも、出来ることならば探し出してその血脈ごと消し潰したい所存だ。名前も何も知らないから無理ではあるがね」



 初っ端から重い事情を話された気がして胃が重たくなる。だがここはまだまだ序盤なのだと気合いを入れ、ドールさんの持ってきたコーヒーを一気飲みして落ちつく。ブラックのコーヒーは苦みを僕に与えるが、それが刺激となり脳を動かす原料になる。



「悪魔と敵対的、というのは分かったけどどうして僕達を?」


「ふむ。簡単に言うとだな……吾輩達は弱いのだよ。上級悪魔と真っ向から戦えば間違いなく敗北する程にはな。吾輩も上級悪魔としての格自体は持っているが、お世辞にもその能力(ちから)は戦闘向きとは言えん。最高戦力であるドール君ですら中級悪魔程度、上級悪魔とでは足止めが限界だろう」


「数の暴力、というのもあると思うけど」


「では君、『大飢万征』ドルザルクを相手に物量で攻めて勝てると思うかね?」



 その言葉に思わずうなる。ドルザルクは、趣味が最悪の屑だったが強かったのは間違いない。上空に小さい瓦礫をばらまき、それを元の大きさや更に大きくすれば適当な戦力など全て圧し潰せるだろう。僕が奴に勝てたのは終始主導権を握り続けていたからだ。奴の計画に含まれていない、想定外の戦力だったからこそ勝てたと言ってもいい。



「そう、それが答えなのだよ。上級悪魔に対して物量で攻めるなど愚の骨頂。なにせ奴らは街など簡単に破壊する。人間など全て燃料としか見ていない。知っているかね?この世界で奴らに滅ぼされた町や村の数。海外を含めれば100は下らんよ」


「は……?」


「幸い日本は今のところ完全に滅ぼされたところはないがね。奴らの出現により、明らかに世界中の総人口は減っているのだ。具体的に言うと、現時点で1億程度は減っている」


「1億!?」


「言っておくが天使の怠慢ではないぞ?彼ら彼女らはよくやっているとも。だが戦力に対して守る場所が多い上に奴らの出現は突発的。対処するのも非常に困難だし、何より上級悪魔は強い。ドルザルクも上級の中では中ほどだ」



 絶句すると同時に天使が認識阻害にこれだけ力を入れている理由に納得する。こんなことが公になったら、間違いなく恐慌が起きる。そしてその“負の感情”はそのまま悪魔の力となり、天使も人間もまとめて滅ぼされるだろう。いや、滅びるだけならまだマシなのかもしれない。ドルザルクのように人間を「飼う」ことを悦びとする奴がいないなんてどうして断言出来るだろう。



「吾輩にとってもそれは非常に困るし、認めたくはない。だが吾輩に出来ることなどは奴らが作った毒や病を解析し、その対処を製薬会社として売り出すくらいしか出来ん」


『十分な事やってると思うけど』


「根本治療が出来ない時点でお粗末だ。奴ら悪魔はその殆どが害悪な寄生虫だ。人間の“欲望”に依存しなければ生きていけないくせにその人間を踏みにじる短絡的馬鹿だ。そんな連中に滅ぼされるなど想像したくもない」


「だから、僕達という戦力が……?」


「そう。上級悪魔と十分に戦うことがあり、バックアップがあれば更にその移動範囲が広がる戦力。そして何より、君は日常を大切にしている。それが今回、吾輩が君と接触した理由だ」


「日常を」


「帰るべき場所を大切に出来ない者は決して勝てん。吾輩の持論だ」



 コーヒーを一口飲んで一息つき、教授は真っ直ぐこちらにその目を向ける。その目の中にあるのは希望と、敬意だろうか?あまり向けられた記憶のない目の色に少し居心地が悪くなる。



「そしてそれが吾輩が君に提供出来るものだ。君はこれからも上級悪魔、人に仇成す悪魔を討ち取るつもりだろう?」


「うん。リルナとの約束もあるし、僕自身がそれを放っておけない。エル達がそれで楽になれるようなら止めるという選択は僕にない」


「だが君はこのままでは天界組織にバレるぞ。彼らは悪魔に対して後手に回っているが決して無能ではない。必ずや君の行動範囲を調べ上げ、そしてこの街に辿り着く。そうなれば君は抵抗することも出来ずに捕縛され、リルナ君は消されるだろう」


「……………………」



 それに関しては、確かに考えてはいた。僕がやっていることは物凄く危険なのだと。だが今のように第三者から言われるとその危機感がまだ甘かったのだと思わざるをえない。そして、僕にエルをぶつけられれば大した抵抗など出来はしないだろう。



「そこで吾輩だ。吾輩から提供できる物は、君達の力を鍛え上げる場とその相手。そして移動手段、そして影武者だ。やり方さえ正しければ一瞬で地球の反対側まで行けるだろう。行動範囲が広がれば、ドッペル君が最初に現れたこの地を重視する者はいるだろうが、それでも優先順位は下がるだろう」


「影武者、って言うのは?」


「君がドッペルとして活動している時に君そっくりの人形を用意する。君の魂をコピーし、作り出した物だ。いわゆるアリバイ工作という奴だな。天使相手にもまずバレないと断言出来る。なにせ天界組織にも既に潜り込ませているからな。簡単に言うとアレだ、〇ーマンのコピーロボットだ」


「年齢がバレるネタやめてくれない???」



 僕がそういった昔の映画を見るのが趣味じゃなければ元ネタも分からないだろうに。ドラえもんと同時上映された映画版しか知らないぞ。しかもそれも映画館で見たんじゃなくてDVDだったし。



「人形と合流した後、記憶を移す機能も付いている。沢渡君の邪魔にはならんだろう」


『聞けば聞くほど、手を組まないって選択がなさそうだよねぇ……』



 リルナの言う通り、こちらにとって都合が良すぎる。痒い所に手が届く、というレベルではない。そこまで頼ってしまった場合確実に僕は依存してしまうだろう。

 味方は欲しい。だけどここまで至れり尽くせりになると勘ぐってしまうのは僕が悪いのだろうか。首を傾げてうーんとずっと悩んでしまう。



「沢渡様。教授が酷く怪しいのは分かるであります。この見た目なのでマッドサイエンティストで裏側で「吾輩の実験台になれることを喜びたまえよ!!!」とか「馬鹿な!!こんなこと吾輩のデータにはないぞ!?」とか「吾輩の完璧な作品を見ることを光栄に思いながら死ぬがいい!!」とか言っていそうというのは非常に、非常によく分かるであります。(ワタクシ)もそれについては否定できないのです」


「ドール君?沢渡君はそこまで言っていないぞ?それは君が思っていることではないのかね?」


「確かに教授は私生活はだらしないし、研究と開発以外の能力に関しては最底辺です。脆弱にして貧弱にして虚弱にして、戦えば一瞬で骨になるであろうか弱い生物であります」


「ドール君?吾輩のことをそんな風に思っていたのかね?こちらを見てくれたまえよ。何故頑なに吾輩の方を見てくれないのだ?」


「甘い物は脳にいいと言ってしょっちゅう私にお菓子を買いに行かせますし。野菜嫌いの偏食家なのでたまに無理矢理口の中に野菜を突っ込まなければならなかったりとこの年齢にして子供っぽいというか時々もうちょっと大人になってほしいなと思わなくもないであります。30歳を超えているのに」


「ドール君!!!吾輩のライフポイントはもう0だぞ!!それ以上言ったら吾輩泣くぞ!?何が目的だね!?給料もっと上げた方がよかったかなぁ!!?」


「しかし、教授ほど人と悪魔。二つの立場から考え、天使を含めた全ての種族を守ろうとしているお方を私は知りません」



 ドールさんの目にある信頼は絶対のものだ。それは決して揺るがない覚悟であり、それを侮辱する者は誰であろうと許さないと断言するように強い。その光をどこかで見たことあると思い、毎朝鏡で見ていることに気付く。



「沢渡様。リルナ様。重ねて申し上げますが、今回の呼び出しがとても怪しいのは教授も私も分かっております。ですがその上で急いで協力関係を築く必要があるのであります」


「協力関係を築く、必要……?」


「上級悪魔、『病孤涙苦(びょうこるいく)』が日本に近づいているのが確認されているのだよ。被害度で言えば、全悪魔の中でも他に類を見ない程広範囲の悪魔がな。『大飢万征』など可愛い物だと言わざるをえない」


『あの……!?誰も、姿を見たこともないし声を聞いたこともないって言う……』



 リルナが驚く声がする。ドルザルクを目にしてもそこまでの驚愕はなかった彼女がこうなるという時点でその悪魔がいること自体が不味いのが分かる。



「端的に言おう。今現在確認されている病の内、6割は奴が作りだした。パンデミックを起こしたことも一度や二度ではない。歴史上の病で言えば、ペスト……黒死病なども奴が原因だと考えられている」


「ちょ!?それは昔過ぎない!?だって悪魔がこっちに来たのはかなり最近のはずじゃ」


『お兄さんお兄さん。アタシ一度もそんなこと言ってないよ?元の世界で戦いまくって人間絶滅してこっちで本格的に動き出したのは結構最近らしいけど』


「……最近ってどれくらい?」


『100年前くらいかな』


「時間感覚がちがぁう!!!!」



 そうだよ、僕以外ここにいるの全員人間じゃないじゃん。いや教授は半分人間だけど。だがそうなると時間感覚が違うのは当然ともいえる。

 以前のリルナの口ぶりからこちらに天使や悪魔が来ているのはかなり最近だと思っていたが、そもそもそんな短時間で人間社会に食い込むとか無理じゃん……!!



「本格的にこちら側で悪魔が活動し、天使がそれを追ってきたのが100年と少し前程度だが、それ以前でも幾人かの天使や悪魔がこちらに来ていたことは分かっているのだ。そして『病孤涙苦』はそのうちの一人。あちら側を含めた活動期間は吾輩の調査の結果、1000年だ。『大飢万征』がその半分にも満たない300年程度だとすれば、その危険度は分かるだろう?」



 十世紀以上活動しまくってる正体不明の上級悪魔。それが近付いてきているとか、何度も言うが上級悪魔とは災害のようなものだ。天使が居なかったら本当にこの世界は地獄になっているだろうと確信できる。今日は帰ったらエルの好きな物を作ろうと決意する。



「でも、正体不明なら近付いてきてるなんて分からないはずじゃ」


「いや、奴は普段はあまり活動しないが一度動き出せばその経路は大分予測できるのだ。なにせ大きな病が流行った時、その進行と共に奴は動く。何が目的かは知らんがね」



 なんとも傍迷惑この上ない話だ。ドルザルクの趣味が最悪だと思っていたがまさかそれを更新するような奴が早々現われるとか運がないにも程がある。



「奴は天界組織にすらその正体を隠しきっている。奴を討伐しようとした天使は全員死んでいるからだ。予知能力などで何度も討伐しようとしても奴の前では力を完全に発揮できなくなるらしい」



 理屈は分からないが、と付け加える。だが何故僕……というよりドッペルに接触したかは分かった。天使ではその『病孤涙苦』を倒すのは非常に難しい。だからこそ、そんな相手とも戦える僕を取り込みたかった。



「頼む、この通りだ。吾輩は悪魔と人のハーフ。だが母が人間であり、その愛を受け人として生きてこの企業を立ち上げた。少しでも悪魔による被害を減らしたかったからだ。故に、協力して欲しい」


「教授の、最大の目的は?」


「吾輩を自身の子として愛してくれた母上。その母上が愛していた人間。それを守りたい」



 そこまで聞いてしまい、それが本当だと直感してしまえば、僕の選ぶ選択は一つしかなかった。


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