三好さつき、しおかぜを撮る――清楚な人気キャスター、その素顔に玲奈は少し戸惑う
「しおかぜ」は、ついに大きなテレビ取材を受けることになった。
玲奈は本来、顔出し取材が苦手だった。だが相手が三好さつきなら話は別だった。
徳島県鳴門市出身。元戦隊ヒロイン。今では民放キー局の若手人気女性キャスター。清楚で、上品で、落ち着いていて、好きな女性キャスターランキングでも上位に入る存在。
そして何より、かつて玲奈は約束していた。
「さつきの取材なら、受けてもいい」
その言葉を、さつきは覚えていた。
取材当日。
「しおかぜ」に現れた三好さつきは、テレビで見るよりさらに華があった。長い黒髪、涼しげな目元、白いブラウスに淡いベージュのパンツ。南ぬ島の光の中でも、都会のニューススタジオの空気をまとっている。
「玲奈さん、お久しぶりです」
「立派になりましたね」
玲奈は珍しく少し嬉しそうだった。
カメラが回る。
さつきは完璧だった。
「石垣島の潮風に包まれた小さなカフェ、『しおかぜ』。名物は、黒糖の深い甘みを生かした黒糖プリンです」
声は柔らかい。
笑顔は清楚。
間の取り方も美しい。
亮介は当然のように前へ出る。
「うちの黒糖プリンは、店主が毎朝かなり真剣に仕込んでいます。見た目はクールですが、プリンは優しいです」
玲奈が厨房から冷たい視線を送る。
「余計な説明です」
さつきは笑顔で拾う。
「店主さんの照れ隠しも、味の一部かもしれませんね」
完璧だった。
だが、カメラが止まった瞬間。
「今のカット、全部ダメです」
さつきの声が一段低くなった。
撮影スタッフが固まる。
「黒糖プリンが暗い。私の手元も中途半端。リョウさんのコメントは使えるのに、画が死んでます。何を撮りに来たんですか?」
玲奈は目を瞬いた。
亮介は小声で言う。
「……急に温度が下がりましたね」
「氷点下です」
さつきはさらに続ける。
「照明、逆です。私の髪が重く見えます。あと、プリンを置く角度。黒糖の艶が出てない。食品ロケで艶を殺すって、かなり罪ですよ」
スタッフが慌てて動く。
「すみません、撮り直します」
「すみませんじゃなくて、撮ってください。時間は有限です」
そして、カメラが回ると、さつきは一瞬で天使のような笑顔に戻った。
「うわあ、なめらかですね。黒糖の香りがふわっと広がります」
常連のおばあたちは、ぽかんとしている。
またカメラが止まる。
「今のリアクション、私の表情を拾ってません。黒糖プリンと私、両方です。どちらか片方なら誰でも撮れます」
亮介は小声で呟く。
「すごいな……現場の女王様だ」
玲奈も小声で返す。
「昔は、もう少し穏やかでした」
次は常連客インタビュー。
カメラが回ると、さつきは腰を低くして微笑む。
「いつもこちらへ来られるんですか?」
「そうさぁ。玲奈ちゃんのプリンはうまいよ」
「素敵ですね。島の方に愛されているお店なんですね」
完璧な進行。
ところが、カメラが止まるとスタッフへ振り返る。
「今の、おばあの笑顔は絶対使ってください。ただし私の相槌が切れていたら意味ないです。編集で殺したら許しません」
玲奈が思わず咳払いした。
さつきは玲奈に向き直ると、にこやかに言う。
「玲奈さん、常連さん、本当に素敵ですね」
またスタッフへ戻る。
「で、次の段取りは? まさか決まってないわけじゃないですよね?」
亮介が笑いをこらえて肩を震わせている。
玲奈が睨む。
「亮介さん、笑っています」
「いえ、感心しています」
「顔が笑っています」
取材は夕方まで続いた。
さつきは、玲奈や常連、亮介にはとても丁寧だった。
だがスタッフには容赦がない。
「ピント甘い」
「音声、波音に負けてる」
「私の立ち位置、店のロゴが隠れる」
「黒糖プリンのアップ、もっと寄って」
「寄りすぎ。プリンじゃなくて月面みたいです」
最後の一言で、亮介はとうとう吹き出した。
さつきはカメラが回ると、また清楚な笑顔。
「南ぬ島の小さなカフェで出会った、やさしい甘さ。黒糖プリンには、店主の人生と島の風が溶け込んでいました」
玲奈は小声で言った。
「盛りすぎです」
亮介は返す。
「でも、うまいです」
「元詐欺師目線ですか」
「元営業経験者目線です」
取材終了後、さつきは玲奈へ深く頭を下げた。
「玲奈さん、本当にありがとうございました。ずっと取材したかったんです」
その顔は、昔の後輩そのものだった。
玲奈は少し戸惑いながらも答える。
「こちらこそ。良い取材になるといいですね」
「必ずします」
その一言だけは、怖いほど自信に満ちていた。
夜。
閉店後の「しおかぜ」。
玲奈と亮介は並んでカップを拭いていた。
亮介が先に口を開く。
「さつきさん、すごかったですね」
玲奈は少し神戸弁になる。
「昔はあんな子やなかったんやけどね」
「カメラ回ってる時は清楚そのものですよ」
「回ってへん時は、現場監督というより独裁者やったわ」
亮介は笑う。
「でも、仕事はできるんでしょうね。何をどう撮れば自分が一番よく見えるか、全部分かってる」
「それがちょっと寂しいんよ」
玲奈は布巾を畳んだ。
「戦隊ヒロインのステージでは、末端のスタッフにも丁寧で、後輩にも優しくて、いつも周りを見てる子やった。もちろん、昔から芯は強かったけど」
「テレビの世界は、優しいだけだと潰されるのかもしれませんね」
「そうかもしれん。でも、“黒糖プリンと私をもっと綺麗に撮れ”は、なかなかやったわ」
亮介は堪えきれず笑う。
「玲奈さんも昔、県警ポスターの撮影で似たようなこと言ってません?」
玲奈の手が止まる。
「言っていません」
「本当に?」
「私は“照明が不自然です”と言っただけです」
「近いですね」
「違います」
少し沈黙。
亮介がぽつりと言う。
「でも、さつきさん、玲奈さんには本当に敬意を持ってましたよ」
玲奈は窓の外を見た。
「それは分かる。だから余計に、少し複雑なんよ」
「変わった姿を見るのって、寂しいですか」
「寂しい。でも、変わらずに生き残れる世界ばかりでもないから」
玲奈は静かに続けた。
「私だって変わった。県警の玲奈、戦隊ヒロインの玲奈、NSTの玲奈、今のしおかぜの玲奈。どれも同じ私やけど、同じではない」
亮介は頷いた。
「さつきさんも、そうなんでしょうね」
「そうね」
玲奈は少しだけ笑った。
「でも次に来たら、スタッフさんにはもう少し優しくしなさいって言うわ」
「言えます?」
「言います。元先輩ですから」
「怖い先輩だ」
「あなたには言われたくありません」
二人は少し笑った。
南ぬ島の夜風が、窓を軽く揺らした。
テレビの世界で戦うさつき。
島の小さなカフェで暮らす玲奈。
人生の場所は変わっても、かつて同じステージに立った時間は消えない。
玲奈はカップを棚に戻しながら、小さく呟いた。
「放送、見てみましょうか」
亮介が笑う。
「録画します」
「私の映り込みは最小限にしてください」
「それは編集後なので無理です」
「では、さつきに抗議します」
その声は、少しだけ楽しそうだった。




