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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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三好さつき、しおかぜを撮る――清楚な人気キャスター、その素顔に玲奈は少し戸惑う

「しおかぜ」は、ついに大きなテレビ取材を受けることになった。


玲奈は本来、顔出し取材が苦手だった。だが相手が三好さつきなら話は別だった。


徳島県鳴門市出身。元戦隊ヒロイン。今では民放キー局の若手人気女性キャスター。清楚で、上品で、落ち着いていて、好きな女性キャスターランキングでも上位に入る存在。


そして何より、かつて玲奈は約束していた。


「さつきの取材なら、受けてもいい」


その言葉を、さつきは覚えていた。


取材当日。

「しおかぜ」に現れた三好さつきは、テレビで見るよりさらに華があった。長い黒髪、涼しげな目元、白いブラウスに淡いベージュのパンツ。南ぬ島の光の中でも、都会のニューススタジオの空気をまとっている。


「玲奈さん、お久しぶりです」


「立派になりましたね」


玲奈は珍しく少し嬉しそうだった。


カメラが回る。


さつきは完璧だった。


「石垣島の潮風に包まれた小さなカフェ、『しおかぜ』。名物は、黒糖の深い甘みを生かした黒糖プリンです」


声は柔らかい。

笑顔は清楚。

間の取り方も美しい。


亮介は当然のように前へ出る。


「うちの黒糖プリンは、店主が毎朝かなり真剣に仕込んでいます。見た目はクールですが、プリンは優しいです」


玲奈が厨房から冷たい視線を送る。


「余計な説明です」


さつきは笑顔で拾う。


「店主さんの照れ隠しも、味の一部かもしれませんね」


完璧だった。


だが、カメラが止まった瞬間。


「今のカット、全部ダメです」


さつきの声が一段低くなった。


撮影スタッフが固まる。


「黒糖プリンが暗い。私の手元も中途半端。リョウさんのコメントは使えるのに、画が死んでます。何を撮りに来たんですか?」


玲奈は目を瞬いた。


亮介は小声で言う。


「……急に温度が下がりましたね」


「氷点下です」


さつきはさらに続ける。


「照明、逆です。私の髪が重く見えます。あと、プリンを置く角度。黒糖の艶が出てない。食品ロケで艶を殺すって、かなり罪ですよ」


スタッフが慌てて動く。


「すみません、撮り直します」


「すみませんじゃなくて、撮ってください。時間は有限です」


そして、カメラが回ると、さつきは一瞬で天使のような笑顔に戻った。


「うわあ、なめらかですね。黒糖の香りがふわっと広がります」


常連のおばあたちは、ぽかんとしている。


またカメラが止まる。


「今のリアクション、私の表情を拾ってません。黒糖プリンと私、両方です。どちらか片方なら誰でも撮れます」


亮介は小声で呟く。


「すごいな……現場の女王様だ」


玲奈も小声で返す。


「昔は、もう少し穏やかでした」


次は常連客インタビュー。


カメラが回ると、さつきは腰を低くして微笑む。


「いつもこちらへ来られるんですか?」


「そうさぁ。玲奈ちゃんのプリンはうまいよ」


「素敵ですね。島の方に愛されているお店なんですね」


完璧な進行。


ところが、カメラが止まるとスタッフへ振り返る。


「今の、おばあの笑顔は絶対使ってください。ただし私の相槌が切れていたら意味ないです。編集で殺したら許しません」


玲奈が思わず咳払いした。


さつきは玲奈に向き直ると、にこやかに言う。


「玲奈さん、常連さん、本当に素敵ですね」


またスタッフへ戻る。


「で、次の段取りは? まさか決まってないわけじゃないですよね?」


亮介が笑いをこらえて肩を震わせている。


玲奈が睨む。


「亮介さん、笑っています」


「いえ、感心しています」


「顔が笑っています」


取材は夕方まで続いた。


さつきは、玲奈や常連、亮介にはとても丁寧だった。

だがスタッフには容赦がない。


「ピント甘い」

「音声、波音に負けてる」

「私の立ち位置、店のロゴが隠れる」

「黒糖プリンのアップ、もっと寄って」

「寄りすぎ。プリンじゃなくて月面みたいです」


最後の一言で、亮介はとうとう吹き出した。


さつきはカメラが回ると、また清楚な笑顔。


「南ぬ島の小さなカフェで出会った、やさしい甘さ。黒糖プリンには、店主の人生と島の風が溶け込んでいました」


玲奈は小声で言った。


「盛りすぎです」


亮介は返す。


「でも、うまいです」


「元詐欺師目線ですか」


「元営業経験者目線です」


取材終了後、さつきは玲奈へ深く頭を下げた。


「玲奈さん、本当にありがとうございました。ずっと取材したかったんです」


その顔は、昔の後輩そのものだった。


玲奈は少し戸惑いながらも答える。


「こちらこそ。良い取材になるといいですね」


「必ずします」


その一言だけは、怖いほど自信に満ちていた。


夜。

閉店後の「しおかぜ」。


玲奈と亮介は並んでカップを拭いていた。


亮介が先に口を開く。


「さつきさん、すごかったですね」


玲奈は少し神戸弁になる。


「昔はあんな子やなかったんやけどね」


「カメラ回ってる時は清楚そのものですよ」


「回ってへん時は、現場監督というより独裁者やったわ」


亮介は笑う。


「でも、仕事はできるんでしょうね。何をどう撮れば自分が一番よく見えるか、全部分かってる」


「それがちょっと寂しいんよ」


玲奈は布巾を畳んだ。


「戦隊ヒロインのステージでは、末端のスタッフにも丁寧で、後輩にも優しくて、いつも周りを見てる子やった。もちろん、昔から芯は強かったけど」


「テレビの世界は、優しいだけだと潰されるのかもしれませんね」


「そうかもしれん。でも、“黒糖プリンと私をもっと綺麗に撮れ”は、なかなかやったわ」


亮介は堪えきれず笑う。


「玲奈さんも昔、県警ポスターの撮影で似たようなこと言ってません?」


玲奈の手が止まる。


「言っていません」


「本当に?」


「私は“照明が不自然です”と言っただけです」


「近いですね」


「違います」


少し沈黙。


亮介がぽつりと言う。


「でも、さつきさん、玲奈さんには本当に敬意を持ってましたよ」


玲奈は窓の外を見た。


「それは分かる。だから余計に、少し複雑なんよ」


「変わった姿を見るのって、寂しいですか」


「寂しい。でも、変わらずに生き残れる世界ばかりでもないから」


玲奈は静かに続けた。


「私だって変わった。県警の玲奈、戦隊ヒロインの玲奈、NSTの玲奈、今のしおかぜの玲奈。どれも同じ私やけど、同じではない」


亮介は頷いた。


「さつきさんも、そうなんでしょうね」


「そうね」


玲奈は少しだけ笑った。


「でも次に来たら、スタッフさんにはもう少し優しくしなさいって言うわ」


「言えます?」


「言います。元先輩ですから」


「怖い先輩だ」


「あなたには言われたくありません」


二人は少し笑った。


南ぬ島の夜風が、窓を軽く揺らした。


テレビの世界で戦うさつき。

島の小さなカフェで暮らす玲奈。

人生の場所は変わっても、かつて同じステージに立った時間は消えない。


玲奈はカップを棚に戻しながら、小さく呟いた。


「放送、見てみましょうか」


亮介が笑う。


「録画します」


「私の映り込みは最小限にしてください」


「それは編集後なので無理です」


「では、さつきに抗議します」


その声は、少しだけ楽しそうだった。

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