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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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島バナナは値切れない ――リョウちゃんの交渉失敗から、幻の黒糖プリンが生まれる

定休日明けの早朝、玲奈と亮介は島の朝市へ向かった。


南ぬ島の朝市は、観光客向けの土産物店とは少し違う。まだ涼しさの残る空気の中、島野菜、島バナナ、パッションフルーツ、島らっきょう、手作り味噌、近海魚、惣菜が並び、おばあたちの明るい声が飛び交っている。


玲奈は島野菜サンド用の野菜と、黒糖プリンの試作用の果物を見に来ていた。

亮介は完全に浮かれていた。


「こういう場所、いいですね。朝から活気がある」


「仕入れです。観光ではありません」


「分かってます」


そう言いながら、亮介はすぐに朝市のおばあたちと打ち解けた。


「リョウちゃん、今日は玲奈ちゃんのお使いね?」


「仕入れ担当補佐です」


「補佐って荷物持ちさぁ」


店中が笑う。

玲奈は少しだけ呆れながらも、亮介が島に馴染んでいるのを見るのは嫌ではなかった。


事件は、島バナナの前で起きた。


小ぶりで、皮に黒い斑点が入りかけた島バナナ。

派手さはないが、近づくだけで濃い甘い香りがする。


亮介が目を輝かせた。


「これ、黒糖プリンに合いそうですね」


玲奈も一本手に取り、香りを確かめる。


「悪くありません」


ただ、値段は少し高めだった。


すると亮介が、昔の営業マンらしい笑顔を浮かべた。


「おばあ、これ三房買うから、少し勉強してもらえません?」


玲奈の目が一瞬で冷えた。


「亮介さん」


「はい」


「島のおばあ相手に交渉術を使わないでください」


「普通の値段交渉です」


「その笑顔は危険です」


しかし、島のおばあは一枚も二枚も上手だった。


「リョウちゃん、値切るならもう一房買いなさい。そしたら、ちょっとだけおまけするさぁ」


「そういう仕組みですか?」


「この青いのも熟したら甘いよ。黒糖プリンに使うんでしょ? 玲奈ちゃんの店なら大丈夫さぁ」


気づけば亮介の手には、予定の倍以上の島バナナ。

ついでにパッションフルーツも追加されていた。


玲奈は無表情で言った。


「交渉結果を報告してください」


「……予定より多く買いました」


「値引きは?」


「おまけは少し」


「総支出は?」


「増えました」


「交渉失敗です」


朝市のおばあたちは大爆笑。


「リョウちゃん、島のおばあには勝てんさぁ!」


亮介は肩を落とした。


「完敗です」


「勝とうとする相手ではありません」


「しおかぜ」に戻ると、テーブルの上には島バナナの山ができた。


玲奈はため息をついた。


「仕入れ過多です」


「責任を取って、売れるメニューにします」


「その発言、昔のあなたなら危険です」


「今は本気です」


玲奈は少し考え、島バナナを一本むいた。

香りは強く、甘みは濃い。黒糖と合わせれば、悪くないどころか、かなり面白い。


そこから試作が始まった。


島バナナを丁寧に潰し、黒糖の甘みと合わせる。

カラメルは少しだけ苦め。

普通の黒糖プリンより濃厚に、でも重くなりすぎないように。


亮介は試食係として張り切る。


「これは確認作業です」


「一口で十分です」


「品質確認には複数回の検証が」


「過剰確認です」


試作品は、予想以上だった。


黒糖の深い甘みの奥に、島バナナの香りがふわりと立つ。

どこか懐かしく、南国らしく、普通の黒糖プリンより少しだけ丸い味。


玲奈はしばらく黙った。


「……悪くありません」


亮介は勝ち誇った顔をする。


「では商品化ですね」


「数量限定です。島バナナの状態が良い時だけ」


翌日、「しおかぜ」に小さな札が出た。


本日限定

島バナナ黒糖プリン


常連のおばあがすぐ注文した。


「リョウちゃんが値切り損ねたバナナのプリンね」


「その説明は不要です」


玲奈が即座に言う。


しかし、評判は抜群だった。


「香りがいいさぁ」


「黒糖と合うねぇ」


「普通のプリンより好きかもしれん」


観光客にも好評で、その日の分は昼過ぎには売り切れた。


亮介は得意げだった。


「幻の限定メニュー、誕生ですね」


玲奈は淡々と答える。


「仕入れ失敗の副産物です」


「でも売れました」


「結果だけ見れば八十点です」


「高い!」


「ただし、仕入れ交渉は三十点です」


「合計は?」


「要再教育です」


閉店後、二人は残った試作品を並んで食べた。


亮介がぽつりと言う。


「俺、島のおばあには一生勝てない気がします」


玲奈はコーヒーを飲みながら答える。


「勝とうとする相手ではありません」


「じゃあ、どうすれば?」


「敬意を払い、適正価格で買い、余計な口車を使わないことです」


亮介は苦笑した。


「元詐欺師には耳が痛いですね」


玲奈は少しだけ目元を緩める。


「でも、今日のプリンは良かったです」


亮介は嬉しそうに笑った。


「また作ります?」


「島バナナが良い時だけ」


「仕入れは?」


「私がします」


「信用ないなあ」


「島のおばあに負ける人を、単独で朝市には出せません」


亮介は笑った。

玲奈も、ほんの少しだけ笑った。


こうして「しおかぜ」に、幻の限定メニューが生まれた。


島バナナ黒糖プリン。

それは、亮介の交渉失敗と、島のおばあたちのしたたかさと、玲奈の職人気質が混ざってできた、南ぬ島らしい甘い奇跡だった。

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