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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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大御所、島ぞうりで現る ――波田巌蔵、しおかぜに嵐のようにやってくる

平日の午後、「しおかぜ」はゆるやかに時間が流れていた。


常連のおじいは新聞を広げ、おばあたちは黒糖プリンを前に井戸端会議。亮介は水を配り、玲奈は厨房で豆を挽いていた。


そこへ、店の前にタクシーが停まる。


降りてきたのは、派手なアロハシャツにハーフパンツ、足元は島ぞうりの老人。年齢を重ねた歩みではあるが、背筋には妙な迫力がある。南国の観光客の格好なのに、どう見てもただ者ではない。


おじいが新聞の上から覗く。


「……どこの親分さんね?」


おばあが真顔で言う。


「島ぞうり履いた親分さぁ」


扉が開く。


「おい、玲奈。コーヒー飲みに来たぞぉ~!」


玲奈が厨房から顔を出し、珍しく目を見開いた。


「……波田顧問」


波田巌蔵。

戦隊ヒロインプロジェクトの大御所。玲奈にとっては、かつての上司であり、豪快で、面倒で、でも大きな存在だった。


波田は席にどっかと座る。


「今はな、ほぼ隠居よ。毎日毎日、暇で暇でしょうがねぇんだよ!」


豪快に笑う声で、店の空気が一気に変わる。


常連のおばあがすぐ食いつく。


「暇なら島に住めばいいさぁ」


「おう、悪くねぇな。朝からコーヒー飲んで、昼寝して、夕方から説教してやる」


「説教はいらんさぁ」


おじいが笑う。


「親分さん、釣りはするね?」


「昔は仕事ばっかで釣りなんざしてねぇ。だが暇なら覚えてやってもいいぞ」


「偉そうな初心者さぁ」


波田は大笑いした。


亮介が水を出すと、波田の目がぎらりと光る。


「オイ、水野。おめぇ、もう悪さは企ててねぇだろうなぁ」


亮介は背筋を伸ばす。


「はい。現在は皿を下げ、水を運び、人生も片づけております」


「よし。口だけは相変わらず回るな。次に悪さしたら、玲奈が海に沈める前に俺が説教してやる」


常連が感心する。


「リョウちゃんを一発で黙らせたさぁ」


やがて波田は、常連たちと完全に打ち解けた。


おばあが黒糖プリンを勧める。


「親分さん、これ食べなさい。玲奈ちゃんの名物さぁ」


「親分じゃねぇ。波田だ。……うまいな、これ」


「ほら、親分さんも黙ったさぁ」


「だから親分じゃねぇってんだ!」


店内は大笑い。


そこから波田は、玲奈の昔話を始めた。


「こいつな、昔はクールぶってたけど、けっこうやらかしてんだぞ」


玲奈の手が止まる。


「波田顧問。その話は不要です」


「不要な話ほど面白ぇんだよ」


波田はにやりと笑う。


「カラーガードの時なんざ、旗を格好よく振ったつもりが、後ろの隊員の帽子を吹っ飛ばしてな。本人は女優みてぇな顔で演技続行だ」


「あの玲奈ちゃんが?」


「想像できんさぁ!」


「しかもイベント衣装の撮影で、風が強ぇ日に髪が乱れてな。妙に色っぽい写真になっちまって、広報担当が“これは使える”って騒いだら、玲奈が本気で睨んで全員黙らせた」


おばあたちが大爆笑。


「玲奈ちゃん、色っぽい写真!」


「見たいさぁ!」


玲奈の耳が赤くなる。


「公開禁止資料です」


亮介が小声で言う。


「俺も見たいです」


「減点します」


「まだ何もしてません」


「顔が見たいと言っています」


波田はさらに、島の常連たちへ身を乗り出す。


「こいつはな、舞台でも取調べ口調だったんだ。後輩にマイク入ったまま説教して、観客席まで丸聞こえよ」


おじいが腹を抱える。


「玲奈ちゃん、昔から調書だったさぁ!」


「調書ではありません」


「今も注文が調書さぁ」


「厨房に戻ります」


玲奈は真っ赤になって引っ込んでしまった。


波田は、島の人たちとさらに話し込む。


「島の暮らしはどうだい」


おばあが答える。


「台風は怖いけど、人は近いさぁ」


「いいじゃねぇか。都会は隣の顔も知らねぇことがあるからな」


おじいが言う。


「ここは誰かが困ったら勝手に集まるさぁ」


波田は少し真面目な顔になった。


「玲奈がここに店を出した理由が分かる気がするぜ」


そして、厨房の奥に向かって大声を出す。


「玲奈! いい場所見つけたじゃねぇか!」


厨房から返事はない。


ただ、コーヒーを淹れる音が少しだけ優しくなった。


帰り際、波田はタクシーの前で振り返る。


「玲奈。また美味いコーヒー飲ませてくれ~。くたばる前にもう一度来るからよ!」


玲奈は少しだけ目元を緩めた。


「いつでもどうぞ。黒糖プリンも用意しておきます」


「おう。水野、ちゃんと働けよ!」


「はい!」


波田巌蔵は、嵐のように来て、嵐のように去っていった。


店内には、まだ笑いの余韻が残っていた。


おばあがしみじみ言う。


「玲奈ちゃん、すごい人に育てられたんだねぇ」


玲奈はカップを片づけながら、静かに答える。


「ええ。面倒で、乱暴で、声が大きくて……でも、大きな人でした」


その声は、少しだけ誇らしげだった。

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