黒糖プリン婚活会、開幕します ――リョウちゃん司会で調子に乗り、美人店主の視線が冷える
「しおかぜ」は、またカフェではないものになろうとしていた。
昼下がり。
常連のおばあたちが、いつもの席で黒糖プリンを食べながら作戦会議をしていた。
「玲奈ちゃん、若い人たちの出会いの場が少ないさぁ」
「内地から移住してきた子も増えてるけど、島の子とあんまり話す機会ないわけ」
「しおかぜで交流会したらいいさぁ」
玲奈は即座に眉を寄せた。
「うちは婚活会場ではありません」
だが、亮介の目はもう輝いていた。
「いいですね。黒糖プリン婚活会」
「名前が軽すぎます」
「分かりやすいです」
「分かりやすければ良いというものではありません」
そもそも、玲奈と亮介自身が婚活パーティーで出会っている。
しかもその後、詐欺、潜入、別離、仮釈放、門司港、石垣再会という、普通なら昼ドラでも詰め込みすぎと言われる道を通ってきた。
玲奈は真顔で言った。
「私たちが婚活イベントを主催するのは、かなり危険では?」
亮介は少し考える。
「反面教師としては優秀です」
「開き直らないでください」
それでも、おばあたちの押しは強かった。
「玲奈ちゃんとリョウちゃんがおったら安心さぁ」
「変な人来たら玲奈ちゃんが睨めば帰るさぁ」
「リョウちゃんは場を盛り上げる係ね」
結局、玲奈は折れた。
「一回だけです」
「やったさぁ!」
「ただし、節度ある交流会です。婚活という言葉は前面に出しません」
「じゃあ黒糖プリン交流会?」
「それなら可です」
当日、「しおかぜ」は小さな交流会場になった。
島出身の若者。
内地から移住してきた女性。
観光業、漁協、農業関係、役場勤務、ダイビングショップのスタッフ。
人数は多くないが、空気は明るい。
玲奈は厨房で黒糖プリンと軽食を準備し、亮介は司会役として店の中央に立った。
大学をフェードアウトしたあと、夜の店で黒服をしていた時期もある亮介は、こういう場に妙に強かった。
「本日は、黒糖プリン交流会へようこそ。堅苦しい会ではありません。まずは隣の人と、“島で一番好きな景色”を一つ話してください」
場が一気にほぐれた。
玲奈が厨房から小声で言う。
「さすが元黒服」
「聞こえてます」
「褒めてはいません」
「でも評価はされてますよね」
亮介は絶好調だった。
会話が止まりそうな席へ自然に入り、話題を振り、笑いを作る。黒糖プリンを出すタイミングも見事だった。
ただし、問題もあった。
亮介がモテる。
「リョウさんって、島の人ですか?」
「今は、しおかぜの人です」
「素敵ですね」
「ありがとうございます。店主に聞かれると減点されます」
女性参加者が笑う。
厨房の玲奈の手が止まる。
常連のおばあが横からささやく。
「玲奈ちゃん、目が冷たいさぁ」
「冷たくありません」
「プリン冷やすより冷たいさぁ」
「温度管理です」
「リョウちゃんの?」
玲奈は返事をしなかった。
その沈黙だけで、おばあたちは大満足だった。
イベント自体は、かなりうまくいった。
特に目立ったのは、島出身で口下手な漁協勤務の青年と、内地から移住してきた女性だった。女性は島の自然が好きで移住してきたが、まだ知り合いが少ない。青年は海のことなら誰より詳しいのに、人前では言葉が少ない。
亮介は、そっと二人の間に会話を置いた。
「彼、夕方の港のことなら何時間でも話せますよ。彼女さん、島の夕景が好きって言ってましたよね」
青年は顔を赤くしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
女性は楽しそうに頷いた。
「今度、その港、教えてください」
青年は固まった。
「……はい」
玲奈は遠目にそれを見て、ほんの少し笑った。
「悪くありませんね」
亮介が戻ってくる。
「でしょう?」
「ただし、あなたが目立ちすぎです」
「司会なので」
「女性参加者と話しすぎです」
「司会なので」
「後で反省会です」
亮介の笑顔が少し引きつった。
交流会の最後、参加者たちは明るい顔で帰っていった。
おばあたちは大満足。
「またやるさぁ!」
玲奈はすぐには答えなかった。
だが、例の青年と移住者の女性が、次は二人で「しおかぜ」に来る約束をしているのを見て、口元が少し緩んだ。
閉店後。
亮介は姿勢よく椅子に座った。
玲奈はコーヒーを置く。
「本日の司会進行は八十五点です」
「高い」
「会全体の雰囲気づくり、話題振り、黒糖プリン提供タイミングは良好でした」
「ありがとうございます」
「ただし、女性参加者への愛想が過剰です」
「やっぱりそこですか」
「そこです」
亮介は苦笑した。
玲奈は少し視線を逸らす。
「……でも、良い会でした」
亮介は柔らかく笑った。
「またやります?」
玲奈は少し黙った。
「検討します」
亮介が笑う。
「それ、玲奈さんにしてはかなり前向きですね」
「調子に乗らないでください」
そう言いながら、玲奈の表情は少しだけ優しかった。
「しおかぜ」は、黒糖プリンを出すだけの店ではない。
誰かが少し勇気を出す場所で、誰かの沈黙が会話に変わる場所でもある。
そして、元警部補の美人店主と、調子に乗りがちな気のいいウェイターは、またひとつ島の笑顔を増やしてしまった。




