五十年ぶんの恋文は、黒糖プリンより甘かった ――しおかぜ、熟年ロマンス相談所になる
「しおかぜ」は、時々カフェではなくなる。
ある日は進路相談室になり、ある日は観光案内所になり、ある日は島の井戸端会議場になる。そしてその日は、どうやら熟年ロマンス相談所になった。
昼下がり。
いつもの席に座った常連のおばあが、黒糖プリンを前にして、珍しくもじもじしていた。
亮介が水を置く。
「おばあ、今日は元気ないですね」
「リョウちゃん、ちょっと黙ってて。これは玲奈ちゃんに相談さぁ」
「俺、除外ですか」
「男には分からん話さぁ」
玲奈はカウンターの奥から静かに近づいた。
「どうされました」
おばあは、少し顔を赤くして言った。
「玲奈ちゃん……恋文、書いてくれんね?」
玲奈の動きが止まった。
「恋文、ですか」
「そうさぁ。昔好きだった同級生のおじいがね、中学卒業してすぐ島を出て、それっきりだったの。定年退職して、五十年ぶりくらいに島へ戻ってくるわけさぁ」
亮介が思わず目を丸くする。
「五十年越しですか。すごいな……」
おばあは照れくさそうに笑った。
「ずーっと思ってた、なんて今さら口では言えんさぁ。だから手紙にしたいの。でも、うまく書けん。玲奈ちゃん、頭いいから書いて」
玲奈は少し困った顔をした。
「私がお役に立てるかどうか……」
「玲奈ちゃん、文章きっちりしてるさぁ」
「きっちりしすぎる可能性があります」
「そこはリョウちゃんが柔らかくするさぁ」
こうして閉店後、「しおかぜ」恋文作成会議が始まった。
玲奈は真剣にペンを取った。
姿勢を正し、表情は完全に元警部補のそれである。
そして書き上げた。
亮介が横から覗く。
「えーと……“中学卒業以降、約五十年にわたり貴殿の消息を確認する機会を得ませんでしたが、このたび島内への帰還を知り、当方としては一定の感慨を抱いております”」
沈黙。
亮介が言った。
「これは恋文ではなく、事情説明書です」
玲奈は少し不満そうに眉を寄せる。
「誠実に書きました」
「誠実です。でも、おじいに渡したら役所から通知が来たと思います」
「失礼ですね」
そこで亮介がペンを取った。
彼はすらすらと書いた。
「五十年、あなたの名前を聞くたびに、胸の奥に小さな灯りがともりました。島の風が変わっても、私の中のあの日のあなたは、ずっと若いままでした――」
おばあは目を潤ませる。
「リョウちゃん……これ、すごいさぁ」
亮介は少し照れた。
「いや、まあ、こういうのは雰囲気が大事で」
玲奈はその文面をじっと見た。
そして静かに言う。
「却下です」
「えっ」
「元詐欺師の技術を恋文に転用しないでください」
亮介は笑いかけて、玲奈の目が本気なので姿勢を正した。
「すみません」
「美しすぎます。これは危険です」
「恋文としては褒め言葉では?」
「おばあ本人の言葉に見えません」
亮介は少し考え、頷いた。
「それは確かに」
そこから二人で文を作り直した。
玲奈の誠実さ。
亮介の柔らかさ。
そして、おばあの本音。
五十年ぶりに帰ってくることを聞いて嬉しかったこと。
中学の頃、一緒に歩いた坂道を覚えていること。
ずっと忘れていたわけではなく、時々思い出していたこと。
無理に返事はいらないが、よければ「しおかぜ」で黒糖プリンを一緒に食べたいこと。
最後は、おばあ自身の言葉で締めた。
今さら若い頃みたいには言えんけど、会えたら嬉しいさぁ。
玲奈はその一文を見て、静かに頷いた。
「これが一番良いです」
亮介も笑った。
「五十年ぶんの恋文にしては、かわいくて強いですね」
後日。
おばあは、少しおしゃれをして「しおかぜ」に来た。
白髪をきれいに整え、花柄のブラウスを着ている。
しばらくして、一人のおじいが入ってきた。
日に焼けた顔。少し背は丸いが、目元に若い頃の面影が残っているらしい。
おばあは緊張しながら、封筒を差し出した。
「これ……読んでくれるね」
おじいは驚きながら受け取った。
店内は、静かになった。
玲奈は厨房から見守り、亮介は水を置くふりをして見守り、常連たちは全員聞こえないふりをして全力で聞いていた。
おじいは手紙を読み終えると、しばらく黙っていた。
そして、少し照れたように言った。
「黒糖プリン、一緒に食べるくらいなら……まあ、よかろう」
おばあの顔がぱっと明るくなった。
亮介が小声で言う。
「成功ですね」
玲奈は小さく頷いた。
「五十年越しの案件、解決です」
「やっぱり調書っぽい」
「うるさいです」
カウンターの奥で、黒糖プリンが二つ、丁寧に皿に乗せられた。
五十年ぶんの恋は、若い恋のように派手ではない。
けれど、島の昼下がりに並んだ二つのプリンは、どんな告白よりも静かで、甘かった。




