表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/146

五十年ぶんの恋文は、黒糖プリンより甘かった ――しおかぜ、熟年ロマンス相談所になる

「しおかぜ」は、時々カフェではなくなる。


ある日は進路相談室になり、ある日は観光案内所になり、ある日は島の井戸端会議場になる。そしてその日は、どうやら熟年ロマンス相談所になった。


昼下がり。

いつもの席に座った常連のおばあが、黒糖プリンを前にして、珍しくもじもじしていた。


亮介が水を置く。


「おばあ、今日は元気ないですね」


「リョウちゃん、ちょっと黙ってて。これは玲奈ちゃんに相談さぁ」


「俺、除外ですか」


「男には分からん話さぁ」


玲奈はカウンターの奥から静かに近づいた。


「どうされました」


おばあは、少し顔を赤くして言った。


「玲奈ちゃん……恋文、書いてくれんね?」


玲奈の動きが止まった。


「恋文、ですか」


「そうさぁ。昔好きだった同級生のおじいがね、中学卒業してすぐ島を出て、それっきりだったの。定年退職して、五十年ぶりくらいに島へ戻ってくるわけさぁ」


亮介が思わず目を丸くする。


「五十年越しですか。すごいな……」


おばあは照れくさそうに笑った。


「ずーっと思ってた、なんて今さら口では言えんさぁ。だから手紙にしたいの。でも、うまく書けん。玲奈ちゃん、頭いいから書いて」


玲奈は少し困った顔をした。


「私がお役に立てるかどうか……」


「玲奈ちゃん、文章きっちりしてるさぁ」


「きっちりしすぎる可能性があります」


「そこはリョウちゃんが柔らかくするさぁ」


こうして閉店後、「しおかぜ」恋文作成会議が始まった。


玲奈は真剣にペンを取った。

姿勢を正し、表情は完全に元警部補のそれである。


そして書き上げた。


亮介が横から覗く。


「えーと……“中学卒業以降、約五十年にわたり貴殿の消息を確認する機会を得ませんでしたが、このたび島内への帰還を知り、当方としては一定の感慨を抱いております”」


沈黙。


亮介が言った。


「これは恋文ではなく、事情説明書です」


玲奈は少し不満そうに眉を寄せる。


「誠実に書きました」


「誠実です。でも、おじいに渡したら役所から通知が来たと思います」


「失礼ですね」


そこで亮介がペンを取った。


彼はすらすらと書いた。


「五十年、あなたの名前を聞くたびに、胸の奥に小さな灯りがともりました。島の風が変わっても、私の中のあの日のあなたは、ずっと若いままでした――」


おばあは目を潤ませる。


「リョウちゃん……これ、すごいさぁ」


亮介は少し照れた。


「いや、まあ、こういうのは雰囲気が大事で」


玲奈はその文面をじっと見た。


そして静かに言う。


「却下です」


「えっ」


「元詐欺師の技術を恋文に転用しないでください」


亮介は笑いかけて、玲奈の目が本気なので姿勢を正した。


「すみません」


「美しすぎます。これは危険です」


「恋文としては褒め言葉では?」


「おばあ本人の言葉に見えません」


亮介は少し考え、頷いた。


「それは確かに」


そこから二人で文を作り直した。


玲奈の誠実さ。

亮介の柔らかさ。

そして、おばあの本音。


五十年ぶりに帰ってくることを聞いて嬉しかったこと。

中学の頃、一緒に歩いた坂道を覚えていること。

ずっと忘れていたわけではなく、時々思い出していたこと。

無理に返事はいらないが、よければ「しおかぜ」で黒糖プリンを一緒に食べたいこと。


最後は、おばあ自身の言葉で締めた。


今さら若い頃みたいには言えんけど、会えたら嬉しいさぁ。


玲奈はその一文を見て、静かに頷いた。


「これが一番良いです」


亮介も笑った。


「五十年ぶんの恋文にしては、かわいくて強いですね」


後日。


おばあは、少しおしゃれをして「しおかぜ」に来た。

白髪をきれいに整え、花柄のブラウスを着ている。


しばらくして、一人のおじいが入ってきた。


日に焼けた顔。少し背は丸いが、目元に若い頃の面影が残っているらしい。

おばあは緊張しながら、封筒を差し出した。


「これ……読んでくれるね」


おじいは驚きながら受け取った。


店内は、静かになった。

玲奈は厨房から見守り、亮介は水を置くふりをして見守り、常連たちは全員聞こえないふりをして全力で聞いていた。


おじいは手紙を読み終えると、しばらく黙っていた。


そして、少し照れたように言った。


「黒糖プリン、一緒に食べるくらいなら……まあ、よかろう」


おばあの顔がぱっと明るくなった。


亮介が小声で言う。


「成功ですね」


玲奈は小さく頷いた。


「五十年越しの案件、解決です」


「やっぱり調書っぽい」


「うるさいです」


カウンターの奥で、黒糖プリンが二つ、丁寧に皿に乗せられた。


五十年ぶんの恋は、若い恋のように派手ではない。

けれど、島の昼下がりに並んだ二つのプリンは、どんな告白よりも静かで、甘かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ