表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/146

リョウちゃん、島でモテすぎ注意報 ――美人店主の冷たい視線と、しおかぜのおしどり未満

「しおかぜ」は、すっかり島の名物になっていた。


平久保岬へ向かう道沿いにある、小さな島カフェ。黒糖プリンと深煎りコーヒー、窓から入る海風。そして、女優のように美しいのに注文確認が妙に堅い店主・玲奈と、明るく人懐っこいウェイター・亮介。


観光客の口コミには、こう書かれている。


美人店主はクール。ウェイターさんは陽気。二人の掛け合いが面白い。黒糖プリンは絶品。


玲奈はその口コミを見るたびに、少し眉を寄せる。


「掛け合いではありません。業務連絡です」


亮介は笑う。


「お客さんには掛け合いに見えるんですよ」


「不本意です」


「でも好評です」


「なら、業務上は可とします」


そんな二人を、常連のおじい、おばあは毎日のように茶化した。


「もうおしどり夫婦みたいさぁ」


玲奈は即答する。


「まだ違います」


亮介がすぐ反応する。


「“まだ”なんですね」


玲奈の耳が、ほんの少し赤くなる。


「言葉の綾です」


「綾にしては希望がありますね」


「減点します」


「何の?」


「総合評価です」


店内に笑いが広がる。


玲奈は神戸生まれ神戸育ちで、目鼻立ちの整った都会的な美人だった。冷たい印象のあるアーモンドアイ、長い黒髪をすっきりまとめた姿は、今でも県警ポスターや戦隊ヒロイン時代を知る者なら振り返るほどだ。


だが実は、青年期を丹波篠山市で過ごしたため、自然のある暮らしも嫌いではない。南ぬ島の生活は、彼女の性に合っていた。


最近では「しおかぜ」で出す島野菜サンドのために、小さな家庭菜園まで始めていた。


朝、玲奈が畑で島オクラやミニトマトを見ていると、おばあが通りかかる。


「玲奈ちゃん、都会の顔して畑似合うさぁ」


玲奈は真顔で答える。


「食材管理です」


「楽しそうに見えるよ」


「管理の精度が上がっているだけです」


そう言いながら、オクラの育ち具合を見ている目は少し柔らかい。


亮介もまた、島暮らしを楽しんでいた。


実は四国の山奥育ちで、自然は好きだった。子どもの頃は川釣りをしていたが、海釣りはほとんど知らなかった。そこで地元のおじいに教わるようになり、定休日の朝には防波堤へ出る。


「リョウちゃん、竿の持ち方がまだ甘いさぁ」


「師匠、厳しいですね」


「玲奈ちゃんよりは優しいさぁ」


「それは間違いないです」


「聞こえています」


なぜか背後に玲奈がいる。


亮介は振り向き、笑う。


「見に来てくれたんですか?」


「釣果確認です」


「心配してくれたんじゃなくて?」


「釣果確認です」


「二回言った」


玲奈は視線を逸らす。


「早く釣ってください。店の仕込みがあります」


そんな二人を見て、おじいはにやにやする。


「おしどり未満さぁ」


「未満でもありません」


玲奈は即答したが、やはり少し赤くなっていた。


亮介の人当たりの良さは、島でも大いに発揮された。


常連のおばあには可愛がられ、地元のマダムからも「リョウちゃん」と呼ばれる。買い出しに行けば、商店のおばさんに野菜を一つおまけされ、港へ行けば漁師のおじいに魚を持たされる。


「リョウちゃん、これ持っていきなさい」


「いいんですか?」


「玲奈ちゃんに食べさせなさい」


「それは責任重大ですね」


「変な味つけしたら怒られるさぁ」


「それは本当に怒られます」


誰にでも自然に笑いかける。

相手の懐に入るのが早い。

話を聞くのも、褒めるのも上手い。


元敏腕詐欺師だった頃の性質は、今は人を笑顔にするために使われていた。


ただし、問題がひとつあった。


亮介は元ラガーマンで、体格がよく、顔立ちも整っている。さらに明るく、接客上手で、サービス精神が旺盛。観光客の若い女性グループが来ると、どうしても話が弾んでしまう。


「黒糖プリン、写真映えしますよ。海が入る席、ちょうど空きました」


「店員さん、優しい!」


「リョウちゃんって呼ばれてるんですか?」


「はい。島ではそう呼ばれてます」


「かわいい名前!」


「名前はかわいいですけど、中身はけっこう苦労人です」


女性客たちが笑う。


亮介も笑う。


厨房の玲奈の手が、ぴたりと止まる。


黒糖プリンを皿に置く音が、いつもより少し硬い。


常連のおばあが小声で言った。


「リョウちゃん、玲奈ちゃん怒ってるさぁ」


亮介が振り向く。


玲奈は涼しい顔でコーヒーを淹れている。

だが、目が冷たい。


「亮介さん」


「はい」


「五番テーブル、会話時間が長すぎます」


「接客です」


「過剰接客です」


「お客様が石垣初めてとのことで」


「観光案内は三十秒以内にしてください」


「短いなあ」


「十分です」


若い女性客がくすくす笑う。


「店主さん、もしかして嫉妬ですか?」


玲奈は表情を変えない。


「業務効率の問題です」


常連客が大笑いする。


「玲奈ちゃん、完全に焼きもちさぁ」


「違います」


即答したが、声が少し低い。

亮介は困ったように笑ったが、ほんの少し嬉しそうでもあった。


そのあと、玲奈の態度は分かりやすく変わった。


亮介が水を取りに厨房へ戻ると、玲奈は淡々と言う。


「観光客への会話は簡潔に」


「はい」


「女性グループだからといって、声を明るくしないでください」


「そんなつもりは」


「ありました」


「ありますかね」


「あります」


亮介が笑いをこらえる。


「玲奈さん、もしかして怒ってます?」


「怒っていません」


「目がすごく冷たいです」


「通常運転です」


「通常より三度くらい冷たいです」


玲奈は黒糖プリンの皿を差し出す。


「これを四番テーブルへ」


「五番じゃなくて?」


「四番です」


「五番の女性客のところには、俺を行かせない作戦ですね」


玲奈は一瞬だけ手を止めた。


「……効率的な配置です」


「なるほど」


「納得しないでください」


亮介がにこにこしていると、玲奈はさらに冷たい声で言う。


「笑っている場合ではありません。勤務中です」


「はい」


「返事が軽いです」


「はい、承知しました」


「“喜んで”は?」


「言ってません」


「言いそうでした」


店内では、常連たちがすべて聞いていて笑っていた。


「玲奈ちゃん、かわいいさぁ」


「かわいくありません」


「リョウちゃん、罪な男さぁ」


「昔の罪だけで手一杯です」


その返しに、おじいが吹き出す。


「うまいこと言うねぇ」


玲奈は少しだけ目元を緩めそうになり、慌てて真顔に戻った。


夕方、若い女性客たちが帰る時、亮介が外まで見送ろうとした。


「ありがとうございました。またぜひ」


玲奈がすぐ言う。


「店内からで十分です」


「はい」


女性客が笑う。


「リョウちゃん、店主さん大事にしてあげてくださいね」


亮介は少し真面目に言った。


「はい。大事にします」


玲奈の手が止まった。


常連のおばあたちが一斉に「あらまあ」という顔をする。


玲奈はすぐ視線を逸らし、コーヒーカップを拭き始めた。


「……閉店準備をします」


まだ閉店まで一時間あった。


常連のおじいが小声で言う。


「動揺しとるさぁ」


「していません」


「耳が赤いさぁ」


「照明の影響です」


「昼やさぁ」


店内にまた笑いが広がった。


その日の閉店後。


玲奈はカウンターを拭いていた。亮介は少し離れて、恐る恐る声をかける。


「玲奈さん」


「はい」


「今日、怒ってました?」


「怒っていません」


「じゃあ、嫉妬してました?」


玲奈の手が止まる。


長い沈黙。


「……仕事中に、私語が長かっただけです」


「そういうことにしておきます」


「そういうことです」


「でも、ちょっと嬉しかったです」


玲奈は振り向いた。


「何がですか」


「玲奈さんが、少し焼きもち焼いてくれたみたいで」


「焼いていません」


「はい」


「本当に焼いていません」


「はい」


「信じていませんね」


「信じたいです」


玲奈は、布巾をぎゅっと握った。


「減点します」


「何点ですか」


「三十点です」


「低い」


「女性客と話しすぎたので」


「やっぱりそこなんですね」


玲奈はしまった、という顔をした。


それを見て、亮介は笑いそうになる。

だが笑えばさらに減点されるので、必死でこらえた。


玲奈は少し俯き、小さな声で言った。


「……別に、話してはいけないとは言っていません」


「はい」


「でも、あまり楽しそうにしなくてもいいでしょう」


亮介の表情が柔らかくなる。


「分かりました」


「本当に分かっていますか」


「分かっています」


「私は別に、嫉妬しているわけではありません」


「はい」


「ただ、少しだけ……面白くなかっただけです」


それは、玲奈にしては精一杯の本音だった。


亮介は静かに頷いた。


「すみません」


「謝るほどのことではありません」


「でも、気をつけます」


玲奈は少しだけ顔を上げた。


「接客はしてください」


「はい」


「お客様には親切に」


「はい」


「でも、必要以上に楽しそうにしないでください」


「難しいなあ」


「努力してください」


亮介は微笑んだ。


「はい。努力します」


少し沈黙が流れた。


亮介がそっと言う。


「俺が一番楽しいのは、玲奈さんと店をやってる時です」


玲奈は、完全に黙った。


そして、布巾を畳み直しながら言った。


「……その発言は、減点対象ではありません」


亮介は嬉しそうに笑った。


「加点ですか?」


玲奈は視線を逸らす。


「保留です」


「厳しい」


「でも」


玲奈は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「悪くはありません」


南ぬ島の夜風が、窓をやさしく揺らした。


「しおかぜ」は、今日も賑やかだった。

美人すぎる店主は、相変わらずクール。

陽気なウェイターは、相変わらず少しモテすぎる。


そして、おしどり夫婦未満の二人は、常連たちに茶化されながら、少しずつ本物の恋人同士らしくなっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ