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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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リョウちゃん、取材で輝く ――しおかぜ広報作戦、元敏腕詐欺師の口が今度は島風に乗る

「しおかぜ」は、もともとよく客の入る店だった。


平久保岬へ向かう途中、ふと車を停めたくなる小さなカフェ。

窓の向こうには、南ぬ島の風に揺れる緑。遠くには海の青。

黒糖プリンは口コミで評判になり、地元のおじい、おばあも、観光客も、昼下がりには自然と集まってくる。


だが、繁盛しているからといって、経営が楽とは限らない。


観光客の多い時期は忙しい。

けれど、閑散期や雨の日は、席が半分も埋まらない日がある。

玲奈ひとりなら、それでもよかった。けれど今は違う。


亮介がいる。

そして亮介には、返さなければならないものがある。


慰謝料、養育費、賠償金。

彼の過去は、帳簿の数字になって今も残っていた。


「売上は悪くありません」


閉店後、玲奈は帳簿を見ながら言った。


「でも、安定していませんね」


亮介は電卓を置き、苦笑した。


「繁忙期頼みですね。これだと返済計画が、かなり長寿命になります」


「二十一世紀が終わっても終わらない可能性があります」


「それは困ります」


「困ります」


二人で真顔になった。


値上げはしない。

島の中心地にも移らない。

二号店も出さない。


それなら、今ある「しおかぜ」を、もう少し遠くまで知ってもらうしかない。


「宣伝しましょう」


亮介は言った。


玲奈は眉を寄せた。


「私は出ません」


「分かっています」


「顔出しは最小限です」


「分かっています」


「写真は手元、後ろ姿、または黒糖プリンです」


「分かっています」


「インタビューは」


「俺が受けます」


亮介は少しだけ笑った。


「昔は、人を騙すために喋っていました。今度は、ちゃんといいものを伝えるために喋ります」


その言葉に、玲奈は少し黙った。


軽く聞こえなかった。

昔の亮介なら、いくらでも綺麗な言葉を並べられた。けれど今の彼は、その言葉の重さを知っている。


「……では、広報担当を任せます」


「はい」


「ただし、誇大表現は禁止。日本一、幻、奇跡、絶対、今だけ、選ばれた人だけ、などは使用不可」


「広告審査、厳しいですね」


「元詐欺師の広報ですから」


「信用されてないなあ」


「監査しています」


こうして、「しおかぜ広報作戦」は始まった。


最初は地元ラジオだった。


小さなスタジオに呼ばれた亮介は、はじめこそ緊張していた。

自分は元詐欺師で、元受刑者でもある。目立つべきではない。店に迷惑をかけるかもしれない。そんな思いが、胸の奥にずっとあった。


だが、マイクの前で問われた瞬間、彼の中の何かが自然に動き出した。


「黒糖プリンの魅力を教えてください」


亮介は、少しだけ笑った。


「甘さだけじゃないんです。黒糖の深い甘さがあって、カラメルに少し苦味があって。うちの店主、涼しい顔をしてますけど、火加減にはものすごく厳しいんですよ」


スタジオのスタッフが笑う。


「店主さんは厳しい方なんですか?」


「厳しいです。注文確認も厳しいです。でも、プリンは優しい味です」


その放送を「しおかぜ」の厨房で聞いていた玲奈は、手を止めた。


「余計なことを……」


だが、怒ってはいなかった。


次は観光情報誌。

その次は島旅のウェブ記事。

さらに短い動画取材。


亮介は、どの現場でもよく喋った。


「しおかぜは、目的地というより、旅の途中で一度深呼吸する場所なんです」


「平久保岬へ向かう前でも、帰りでもいい。ここでコーヒーを飲んで、黒糖プリンを食べて、少しだけ島の時間に戻ってもらえたら嬉しいですね」


「店主はあまり前に出たがらないんですが、黒糖プリンには全部出ています。性格は硬いけど、味は丸いです」


厨房で取材を見守っていた玲奈が、静かに言った。


「性格が硬いは不要です」


「でも、取材陣が笑ってます」


「笑えばいいというものではありません」


取材後の記事やオンエアをチェックした玲奈は、腕を組んでしばらく黙っていた。


文章は整っている。

亮介のコメントは読みやすい。

店の空気も伝わる。

黒糖プリンも、過剰ではなく魅力的に紹介されている。


玲奈は、妙に感心してしまった。


「……流石、元敏腕詐欺師ね」


亮介は固まった。


「褒めてます?」


「かなり感心しています」


「それは褒めてます?」


「半分は」


「残り半分は?」


「監視です」


「やっぱり」


それでも、効果はすぐに出た。


「ラジオで聞きました」

「記事を読んで来ました」

「動画のリョウちゃんって、この人ですか?」

「黒糖プリン、放送より美味しそうですね」


閑散期の平日にも、ぽつぽつ席が埋まるようになった。

天気の悪い日でも、地元客だけではなく観光客が数組入る。

「しおかぜ」は、前より少し忙しくなった。


そして亮介は、その忙しさの中で驚くほど生き生きしていた。


「おばあ、今日は奥の席が涼しいですよ」


「リョウちゃん、ラジオ聞いたよ。よう喋るねえ」


「喋りすぎって玲奈さんに怒られました」


「それは怒られるさぁ」


「写真撮りましょうか? プリンと海、両方入りますよ」


「リョウちゃん、観光案内も上手いね」


「昔、口だけは達者だったので」


「そこは笑うとこね?」


「今は反省するところです」


客が笑う。


亮介も笑う。


玲奈は厨房から、その光景を見ていた。


昔、亮介の言葉は人を騙すために使われた。

滑らかで、明るくて、安心させる声。

それが人を傷つけた。


でも今は違う。


その声は、客を迎えるためにある。

黒糖プリンの味を伝えるためにある。

旅の途中の人を少し笑わせるためにある。

島のおばあに「今日も来てよかった」と思わせるためにある。


同じ口のうまさでも、使い方が変われば、人を救うこともできる。


玲奈はそう思った。


昼下がり、亮介は小さな男の子に黒糖プリンを運んでいた。


「はい、お待たせしました。今日の一番いい顔のプリンです」


「プリンに顔あるの?」


「あります。今日のはかなり誇らしげです」


男の子が笑う。

母親も笑う。


玲奈は、カウンターの奥で小さく息を吐いた。


たぶん今、自分は人生で一番幸せなのかもしれない。


両親を失ったあと、ずっと強くなければならなかった。

警察官として、戦隊ヒロインとして、NSTのボスとして、冷静で、孤独で、誰かを守る側だった。

亮介を待った年月も、静かで長かった。


それが今は、厨房の奥から彼の笑い声を聞いている。


何年も待った男が、目の前で働いている。

嘘ではなく、汗と笑顔で。

島の人たちに「リョウちゃん」と呼ばれて。

観光客に「また来ます」と言われて。


玲奈は、黒糖プリンを皿に乗せながら、誰にも気づかれないほど小さく笑った。


その夕方、最後の客が帰ると、亮介は椅子に座って大きく息を吐いた。


「いやあ、今日はよく喋りました」


玲奈は帳簿を閉じる。


「喋りすぎです」


「でも売上は?」


「伸びています」


「では、広報活動としては?」


玲奈は少し考えた。


「八十六点です」


「細かいし、微妙に高い」


「ラジオ対応、記事対応、接客への波及効果は評価します」


「減点理由は?」


「店主の性格が硬いという発言」


「あれ、ウケたんですけど」


「減点です」


「厳しいなあ」


亮介は笑った。


玲奈も、ほんの少しだけ目元を緩めた。


「でも」


「でも?」


「あなたの言葉が、今はちゃんと人を喜ばせているのは……悪くありません」


亮介は、少し黙った。


その言葉は、どんな褒め言葉よりも重かった。


「ありがとうございます」


亮介は静かに言った。


玲奈は照れたように視線を逸らす。


「業務評価です」


「はい」


「調子に乗らないでください」


「はい」


「でも、明日の取材もお願いします」


「はい。喜んで――」


玲奈が睨む。


亮介は慌てて言い直した。


「……承知しました」


店内に、二人だけの小さな笑いが落ちた。


窓の外では、南ぬ島の夜風が看板を揺らしている。

黒糖プリンの甘い香り、コーヒーの苦味、そして亮介の明るい声。


「しおかぜ」は、今日もよく賑わった。


美人店主は前に出ない。

気のいいウェイターは前に出る。


そして、遅すぎた男の口のうまさは、ようやく誰かを幸せにするために使われ始めていた。

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