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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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海は門司まで続いている――玲奈、一番綺麗な皿を洗う

亮介からの葉書は、短かった。


門司港で働いている。

関門の海が見える港で、重い荷物を運んでいる。

給料は安く、誰も自分を信用していない。

でも、それでいい。

信用は言葉ではなく、毎日の汗で返すものだと知った。


それだけだった。


「……十分よ」


玲奈は、閉店後の「しおかぜ」で葉書を読み返し、小さく呟いた。


会いたいとも、待っていてほしいとも書いていない。

けれど、亮介は逃げていない。

それが分かっただけで、玲奈には十分だった。


次の定休日、玲奈はひとり平久保岬へ向かった。


石垣島の最北端。

市街地を離れるほど、空は広くなり、道端には赤いハイビスカスが揺れていた。草原の緑、白い灯台、そして東シナ海。夕暮れの海は、藍色と金色を混ぜたようにゆっくり光っていた。


玲奈は岬の先に立ち、潮風に黒髪をなびかせた。


「この海は、門司まで通じているのよね……」


少し間を置く。


「……当たり前か。海やし」


自分で言って、自分で少し笑った。


「誰も聞いてなくてよかったわ。元警部補が岬でひとりツッコミなんて、通報案件ではないけど、かなり不審です」


そう言ってから、また笑った。


亮介は今ごろ、門司の港で働いている。

重い荷物を持ち、汗をかき、昔の軽い言葉ではなく、毎日の労働で信用を積み直そうとしている。


玲奈は海を見つめた。


「私はここで黒糖プリンを作っている。みうちゃんは神戸で髪を切る練習。あなたは門司で荷物運び」


風が強く吹く。


「みんな別々の場所で、ちゃんと前に進んでいるのね」


待つことは、止まることではない。

玲奈は、少しずつそう思えるようになっていた。


亮介が帰ってこない未来も、あるかもしれない。

それでも「しおかぜ」は続く。

島の人が来る。観光客が来る。みうちゃんもいつか帰省する。


玲奈の人生は、亮介だけでできているわけではない。


でも。


「帰ってきたら、やっぱり嬉しいけどね」


その声は、海に消えるほど小さかった。


数日後。

閉店後の「しおかぜ」で、玲奈は棚の奥を開けた。


そこには一枚の皿があった。

白く薄い磁器で、縁に淡い青の線が入っている。石垣の海にも、神戸の港にも、門司の海にも少しだけ似た色だった。


亮介が帰ってきたら、黒糖プリンをこの皿で出す。

そう決めて買った皿だった。


玲奈はそれを取り出し、丁寧に洗った。


「この皿、使う日が来るのかな」


水音だけが返る。


「来ないかもしれないのよね」


少し沈黙。


「……いや、洗うくらいは自由でしょう。皿に罪はありません」


自分で言って、また少し笑った。


「重い女みたいね。帰ってくるか分からない男のために皿を磨くなんて」


さらに少し考える。


「いや、重いのは荷物を運んでる亮介の方か。門司港だけに」


言った直後、玲奈は顔をしかめた。


「……今のはなし。完全に不採用」


誰もいない店内で、ひとり照れている自分が少し可笑しかった。


皿を拭き、灯りにかざす。

傷ひとつない。


玲奈は小さく練習するように言った。


「黒糖プリン一点、ブレンド一点。以上で相違ありませんか」


すぐに頬が赤くなる。


「……練習してどうするのよ」


皿は棚の奥へ戻した。

でも、前より少し手前に置いた。


いつでも取り出せる場所に。


その夜、亮介の席を拭きながら、玲奈は静かに呟いた。


「門司港から石垣までは遠い。でも、海はつながっている」


少しだけ笑う。


「当たり前やけどね」


南ぬ島の夜風が、木製看板を揺らした。


「しおかぜ」は明日も開く。

そして棚の奥には、一番綺麗な皿が、まだ出番を待っている。

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