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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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折れた夢を、港の灯りでもう一度結ぶ ――みうちゃん、神戸へ戻る日

みうちゃんの無実は証明された。


悪質な美容モデル契約の罠は暴かれ、詐欺会社は追い詰められた。県警の調査も、テレビの報道も、玲奈たちの動きも、すべてがみうちゃんの潔白を示していた。


けれど、心の傷は、書類一枚では消えなかった。


みうちゃんは神戸の美容専門学校を一時休学し、石垣へ戻ってきた。

両親も、おばあも、島の人たちも最初は言った。


「ちょっと休めばいいさぁ」

「海見て、黒糖プリン食べて、また元気になったら戻ればいいさぁ」


玲奈もそう思っていた。


だが、みうちゃんはなかなか笑わなかった。


「しおかぜ」に来ても、以前のような明るい声は出ない。

黒糖プリンを前にしても、スプーンを持つ手が止まる。

神戸の話になると、目が少し伏せられる。


ある夕方、玲奈は閉店後の店にみうちゃんを残した。


窓の外には、南ぬ島の淡い夕暮れ。

カウンターには、黒糖プリンが二つ。


玲奈は静かに言った。


「みうちゃん。少し、私の話をします」


玲奈は、自分の過去を話した。


中学生の時に両親を事故で失ったこと。

丹波篠山市の山深い祖父母の家で青春時代を過ごしたこと。

警察官になったこと。

厳しすぎる交通取り締まりで恨まれたこと。

人前に出るのは嫌いなのに、県警ポスターやカラーガード隊、戦隊ヒロインとして表舞台に立ったこと。

危険な任務で捕らえられたこと。

本気で結婚を考えた男が敵のスパイだったこと。

そして、詐欺に遭い、数百万円を騙し取られたこと。


全部ではない。

でも、みうちゃんには十分すぎるほど重かった。


「玲奈さん……そんなに、いろんなことがあったんですか」


みうちゃんの目に涙が浮かぶ。


玲奈は少しだけ微笑んだ。


「神戸には、たくさん思い出があります。でも、辛いことの方が圧倒的に多い」


「それでも、好きなんですか」


「好きよ。街も、港も、山も、夜景も。私の生まれ故郷やからね」


玲奈は、みうちゃんを見る。


「その街で、みうちゃんが夢を叶えようとしている姿を見るのは、私は嬉しいんよ」


みうちゃんは黙った。


「でも……怖いです。また何かあったらって思うと」


「怖くて当然よ」


玲奈は即答した。


「怖くないふりをしなくていい。傷ついたなら、傷ついたままでいい。でも、夢まであの人たちに渡す必要はないわ」


みうちゃんの涙がこぼれた。


「私、神戸に戻ってもいいんですか」


「もちろん」


「みんな、私のこと変に思ってないですか」


「思っている人もいるかもしれない。でも、分かってくれる人もいる。大事なのは、みうちゃんが自分で自分を悪者にしないこと」


みうちゃんは、震える声で聞いた。


「玲奈さんが待ってる人って……」


玲奈は少し神戸弁を混ぜて笑った。


「数百万円、私から騙し取った人。真人間になったら私の前に現れるって言うてたけど……いつになるんやろね」


「どうして待てるんですか」


玲奈は少し考えた。


「何でやろね。帰ってくる場所を準備しておいたんやけど、帰って来ないかもしれん。それでもええのよ。島でカフェ開いて、地元の人たちと楽しくやってるし」


そして、穏やかに続けた。


「何より、みうちゃんにも会えたし」


みうちゃんは、初めて見る玲奈の柔らかい表情に息を呑んだ。


その時、みうちゃんのスマホが鳴った。


神戸のクラスメイトからだった。


みう、元気?

みんな待ってるよ。

戻ってきたら、また一緒に頑張ろう。


みうちゃんは、画面を見つめたまま泣いた。


その夜、テレビでは三好さつきがキャスターを務める報道番組が流れた。

神戸の美容モデル契約詐欺の特集だった。


さつきは、落ち着いた声の奥に怒りを込めて語った。


「夢を持って地方から出てきた若者を食い物にする詐欺は、絶対に許されません。被害に遭った学生の皆さん、どうか夢を諦めないでください」


みうちゃんは、涙を拭いた。


「玲奈さん……私、戻ります」


玲奈は頷く。


「行ってきなさい。神戸へ」


「また怖くなったら?」


「霧笛へ行きなさい」


「泣いたら?」


「泣いてから寝なさい。翌朝、学校へ行けばいい」


「失敗したら?」


「報告しなさい。隠すのは禁止です」


みうちゃんは、久しぶりに笑った。


「相違ありませんか?」


玲奈も少しだけ笑う。


「相違ありません」


数日後、みうちゃんは再び神戸へ向かった。


石垣空港には、両親、おばあ、常連たち、そして玲奈がいた。

以前の旅立ちより、少しだけ静かだった。

でも、強かった。


みうちゃんは搭乗口の前で振り返った。


「玲奈さん。私、神戸で夢を叶えてきます」


玲奈は静かに答えた。


「ええ。髪を切る手で、人の気持ちも少し軽くしてあげられる人になりなさい」


みうちゃんは涙をこらえ、深く頷いた。


「行ってきます」


飛行機が空へ上がる。


玲奈は、南ぬ島の空を見上げた。


みうちゃんの夢は、折れていなかった。

少し傷ついただけだった。


そしてその傷は、神戸の港の灯りと、石垣の潮風と、「しおかぜ」の黒糖プリンが、もう一度そっと結び直した。

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