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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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黒い契約書は、まだ日協の匂いがした ――美容モデル契約の罠、冷徹なる美貌のボスが牙を剥く

霧笛の奥のテーブルは、数年ぶりに作戦本部の顔をしていた。


神戸港近くの純喫茶。

昼間は静かにコーヒーを出し、夜は港の灯りを窓に映す店。

その一角に、契約書、名刺、SNSの投稿、被害学生の証言メモ、雑居ビルの登記情報、業者の説明資料が並べられている。


玲奈は、黒いコーヒーを一口だけ飲んだ。


「見えてきたわね」


声は低かった。


麻衣が被害学生から聞き取った証言を整理する。


「最初は全員、“無料撮影”と説明されています。登録料の話が出るのは、撮影後です」


彩香が資料をめくる。


「県警側に上がっている相談も同じです。地方出身の美容学生、進学直後、神戸にまだ不慣れな子が多い」


美月が、雑居ビルの管理会社から拾った話を報告する。


「借り主の会社名と、実際に出入りしてる連中の名刺の会社名が違う。胡散臭すぎるわ」


あかりは拳を握る。


「乗り込みましょう!」


玲奈は即答した。


「まだ早い」


「ですよね!」


あかりは自分で言って、自分で引っ込んだ。


霧笛の女主人が、黙ってコーヒーを足していく。


資料を重ねるほど、業者の手口は明らかになっていった。


ターゲットは、地方から来た若い美容学生。

都会に慣れていない。

夢がある。

友人を作りたい。

就職に役立つ実績が欲しい。

そこへ、「ヘアメイク作品モデル」「ポートフォリオ撮影」「学生支援」という甘い言葉を差し出す。


最初は無料。

次に登録料。

さらに事務手数料。

契約解除には違約金。

そして、友人を紹介すれば負担が減るという仕組み。


被害者を、次の被害者を呼ぶ道具にする。

それが一番悪質だった。


みうちゃんは、その罠にかかった。

善意で友人に声をかけた。

結果として、警察からは“紹介者”に見える位置に置かれた。


玲奈の指先が、契約書の一文で止まった。


「ここ」


全員が覗き込む。


契約書には、登録料と違約金の条項がある。

しかし、みうちゃんが署名した控えには、重要事項説明の欄に空白が残っていた。

別の被害者の契約書には、その欄が後日書き足されたような形跡がある。


彩香の目が鋭くなる。


「説明前に署名させた可能性がありますね」


「ええ。それに、みうちゃんが友人へ紹介した時点では、この違約金の説明を受けていない」


玲奈は、みうちゃんのスマートフォンから保存したメッセージを表示した。


無料です。学生支援なので安心してください。

詳しい費用の説明はこちらでします。友達にはまず撮影の話だけで大丈夫です。


麻衣が息をのむ。


「つまり、みうちゃんは金銭請求の実態を知らずに紹介している」


「そう」


玲奈は静かに頷いた。


「みうちゃんを勧誘側に見せるため、業者が意図的に重要な情報を伏せている」


その時、美音から追加資料が届いた。

浜松からオンラインでSNSの広告経路を追っていた彼女が、募集アカウントの過去投稿と関連会社の痕跡を掴んだのだ。


玲奈は資料を開いた。


そこに出てきた名前を見た瞬間、空気が変わった。


日協商事。


正確には、日協商事本体ではない。

かつてNSTと県警が追い詰めた悪質商法組織の残党。

名義を変え、業種を変え、金地金のペーパー商法から若者向け撮影契約商法へ鞍替えしていた。


玲奈の美しいアーモンドアイが、凍るように冷たくなった。


彩香も、資料を握る手に力を込めた。


「まだ残っていたんですか……」


「詐欺師は、商材を変えても匂いが変わらない」


玲奈の声は、怒りを抑え込んでいるほど静かだった。


「高齢者から金を奪っていた連中が、今度は若い子の夢を食い物にしている」


美月が低く言う。


「最低やな」


あかりも珍しく黙った。


玲奈は怒っていた。

だが、怒りで動くほど若くはない。


「まず、みうちゃんを救う。次に、この会社の構造を崩す」


彩香が頷く。


「契約書の矛盾を突きましょう」


「その前に、法的な裏取りが必要です」


玲奈はヒロ室本部へ連絡した。


対応したのは、内田あかねだった。


かつて法学を武器に戦隊ヒロインとして活動していた彼女は、今ではヒロ室の顧問弁護士となっていた。


画面越しのあかねは、契約書データを見てすぐに眉を寄せた。


「これはかなり雑ですね。説明義務、消費者契約、未成年・学生相手の勧誘方法、いくつも突けます」


玲奈が尋ねる。


「みうちゃんの関与は」


「現時点の資料を見る限り、故意の勧誘者というより、重要事項を伏せられた被害者側と見る余地がかなり強いです。ただし、証拠を整理する必要があります」


「お願いします」


「任せてください。こういう契約書、嫌いなんです」


あかねの声にも、静かな怒りがあった。


霧笛のテーブルに、資料がさらに積まれる。

証言。

メッセージ。

契約書の差異。

業者名義の変遷。

日協商事残党との関係。

若者向け広告の出稿履歴。


それぞれの持ち味が噛み合い始めた。


麻衣は学生から安心して話を引き出す。

あかりは足で動く。

澄香は説明会参加者の言葉のズレを拾う。

美咲は行政相談と契約書類を静かに整理する。

美音はネットの痕跡を追う。

結月は撮影場所の動線を確認する。

美月は周辺の生の証言を拾う。

彩香は県警側の正式な手続きに繋げる。

あかねは法的な矛盾を切り出す。


そして玲奈は、そのすべてを一本の線にしていく。


霧笛の女主人が、ぽつりと言った。


「ほんまに戻ってきたんやね。NSTが」


玲奈は資料から目を上げない。


「一時的です」


「そういう顔やないで」


玲奈は返事をしなかった。


深夜、最後の資料を確認した玲奈は、全員へ静かに告げた。


「明日、会社へ行きます」


あかりが身を乗り出す。


「乗り込みですね!」


「面談です」


「言い方が上品!」


「録音、記録、同席者、退路。すべて確認します。感情的な発言は禁止。相手に逃げ道を作らない」


彩香が立ち上がる。


「同行します」


麻衣も頷く。


「私も被害学生の証言整理を持って行きます」


美月が笑う。


「ほんならウチは周辺固めとくわ」


玲奈は全員を見渡した。


「目的は、みうちゃんを調書の向こう側から連れ戻すこと。そして、二度と同じ手口で若い子を泣かせないこと」


霧笛の窓の外で、神戸港の灯りが揺れていた。


黒いモデル契約。

甘い夢の皮をかぶった、古い詐欺の残党。

その扉を、数年ぶりに復活したNSTが叩こうとしていた。


玲奈はコートを手に取る。


その横顔は、島カフェの店主ではなかった。

冷徹なる美貌のボスだった。

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