表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/146

県警の扉を叩く女 ――霧笛を本部に、眠っていたNSTが動き出す

神戸の夜は、まだ冷たかった。


純喫茶「霧笛」のカウンターで、玲奈は黒いコーヒーを前に資料を並べていた。みうちゃんから聞き取ったメモ、業者の名刺、契約書の写し、SNSの画面保存。薄い紙の束は、どれも軽い。けれど、その裏側にある悪意は重かった。


女主人は黙ってカップを置いた。


「玲奈ちゃん、顔が戻っとるな」


「戻っていますか」


「昔の顔や。笑わへん時の、怖い顔」


玲奈は否定しなかった。


「みうちゃんは悪くありません。ただ、状況は悪い。だから、こちらも正式に動きます」


まず玲奈が叩いたのは、県警時代の扉だった。


かつての同僚、上司、そして今は自分を追うように警察官となった後輩。

西川彩香。


播州の烈火。

戦隊ヒロイン時代、玲奈の背中を追い続け、ついには兵庫県警の警察官になった女である。現在は地域安全系の部署に配属され、若者向けの防犯啓発や悪質商法対策にも関わっていた。


彩香は事件の概要をすでに知っていた。


県警本部近くの喫茶スペースで、玲奈と向かい合った彩香は、いつもの冷静な顔をしていた。だが目の奥には火があった。


「玲奈さん。みうちゃんの件、私も気になっていました」


「協力してもらえる?」


「当然です。玲奈さんのためにも、みうちゃんの無実を晴らすためにも」


玲奈は静かに頷いた。


「違法なことはしなくていい。正式に確認できる範囲で、同様の被害相談、業者名、関連アカウント、学生への接触状況を確認して」


「分かりました」


彩香は一拍置いて、少しだけ表情を緩めた。


「玲奈さんが戻ってきたみたいで、少し怖いです」


「怖い?」


「はい。でも、頼もしいです」


玲奈は短く答えた。


「今は怖いくらいでちょうどいいわ」


次に向かったのは、大阪府内のヒロ室西日本分室だった。


かつての空気は変わっていた。けれど、熱は残っていた。

第一線には、まだ四日市の突貫娘・山本あかりがいた。大学は相変わらず留年を繰り返し、学年だけがなかなか進まない。それでも現場では頼りになる。


「玲奈さん! みうちゃんのためなら何でもやります!」


「まず、余計なことをしないで」


「いきなり釘刺された!」


「必要です」


隣で、白浜麻衣が苦笑した。

紀州の舞姫。今は幼稚園教諭として働きながら、必要に応じてヒロイン活動にも協力している。かつて頼りなかった少女は、今や聞き取りも人当たりも抜群の大人になっていた。


「玲奈さん、学生さんたちからの聞き取りは私がやります。怖がらせずに話してもらえるようにします」


「お願い」


大阪に残っている迫田澄香にも連絡が入った。

双子ならではの観察力と、潜入・撹乱に強い元NSTメンバーである。


「業者側の説明会に参加した学生の証言、私が拾います」


奈良県庁職員となった春日美咲は、地味だが正確な資料整理を買われた。


「契約書や行政相談の類似事例、確認します」


浜松の河合美音は、SNS上の募集経路と移動ログの分析を担当した。


「アカウントの動き、かなり不自然です。広告文面の使い回しがあります」


代打の切り札、大西結月は機動力を活かして、神戸市内の雑居ビル周辺や撮影場所候補を確認する。


「動線、押さえます。自転車でも徒歩でも回れます」


さらに、地元の大手ガス会社でOLとして働きながら、時折戦隊ヒロインとして活動する赤嶺美月も動いた。


「玲奈さん、ウチも行くで。悪徳業者とか、ほんま腹立つわ」


「勤務先に迷惑をかけない範囲で」


「そこ真面目に言わんでええねん」


「言います」


美月は笑ったが、目は本気だった。関西弁の押しの強さと人懐っこさで、雑居ビルの管理会社や周辺店舗から、短時間でかなりの情報を引き出してきた。


そうして、純喫茶「霧笛」は数年ぶりに作戦本部となった。


カウンターの奥には女主人。

テーブルには資料。

深夜のコーヒー。

神戸の地図。

スマートフォンに届く各地からの報告。


玲奈はその中央に座った。


冷徹なる美貌のボス。

その呼び名は、誰も口に出さなかった。

だが、全員が思い出していた。


「麻衣、被害学生の証言を時系列に」


「はい」


「彩香、県警側の被害相談と業者名の一致を確認」


「了解しました」


「美月、雑居ビルの管理会社。契約名義と実際の使用者にズレがないか」


「任せとき」


「あかり」


「はい!」


「突っ込まない」


「まだ何もしてません!」


「しそうな顔をしています」


霧笛の女主人が、思わず笑った。


だが、集まる情報は笑えないものだった。


美容学生ばかりを狙っている。

地方出身者が多い。

最初は無料。

あとから登録料。

さらに違約金。

友人紹介を促し、被害者を“勧誘側”に見せる。

そして、みうちゃんの名前は、その仕組みに都合よく使われていた。


玲奈は資料を一枚ずつ並べた。


「目的は二つ」


全員の視線が集まる。


「みうちゃんが善意を利用された被害者であることを証明する。そして、この業者の詐欺性を明確にする」


彩香が静かに頷く。


「やりましょう」


麻衣も言った。


「みうちゃんを守ります」


あかりは拳を握った。


「私、今度こそ余計なことしません!」


美月が笑う。


「それが一番心配や」


玲奈は冷たいほど落ち着いた声で言った。


「時間はありません。短期で詰めます」


霧笛の窓の外では、神戸の夜が深くなっていた。


港町の灯りは美しい。

だが、その光の裏側には、若者の善意を食い物にする黒い契約が潜んでいる。


玲奈はコーヒーを一口飲んだ。


苦味が、ちょうどよかった。


「みうちゃんを、調書の向こう側から連れ戻します」


その言葉を合図に、数年ぶりのNSTが動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ