黒糖プリンの打ち上げライブ――島の高校生バンド、最後の夜に帰る場所を見つける
みうちゃんの高校卒業が、少しずつ近づいていた。
島カフェ「しおかぜ」で繁忙日だけ働き始めた頃は、黒糖プリンを運ぶ手も危なっかしかった。けれど今では、明るい声で「以上で相違ありませんか?」と注文を確認し、常連たちから「みうちゃん調書」と笑われるほど、店の顔になっていた。
そんなある日、みうちゃんが少し寂しそうに言った。
「玲奈さん、友達のバンドが解散するんです」
島の高校生たちで組んだ軽音バンドだった。文化祭や地域イベントで演奏してきたが、卒業後は進学、就職、島に残る子、本土へ行く子と進路がバラバラになる。最後の文化祭ライブを終えたら、一区切りにするという。
「打ち上げする場所、まだ決まってないみたいで……」
玲奈はカップを拭く手を止めた。
「しおかぜを使っていいわ」
みうちゃんは目を丸くした。
「えっ、いいんですか?」
「卒業前の記念くらい必要でしょう」
ただし玲奈は、すぐに条件を出した。
「未成年なので泡盛は出しません。騒ぎすぎないこと。近隣に迷惑をかけないこと。片づけをすること。終了時刻は厳守」
「玲奈さん、打ち上げなのに利用規約みたいです」
「必要です」
かつて島出身の高校球児が、飲食店で泡盛を飲んだことで大きな問題になり、プロ入りの時期が揺れたことがある。玲奈はそういう線引きには厳しかった。
「青春と無秩序は違います」
「名言っぽいけど厳しいです」
文化祭の日の夜、「しおかぜ」は小さな打ち上げ会場になった。
テーブルには、玲奈お手製のミニ黒糖プリン、島野菜のサンド、さんぴん茶、ジュース。泡盛は当然ない。代わりに、みうちゃんが手書きで作った小さなメニューには「未成年につき健全打ち上げ」と書かれていた。
バンドメンバーたちは、最初は少し緊張していた。
「玲奈さんって、みうが言ってた怖い美人店主ですよね」
玲奈は淡々と返す。
「怖い、は不要です」
みうちゃんが笑う。
「でも優しいよ。ちょっと警察みたいなだけ」
「それも不要です」
やがて場はほぐれた。
文化祭ライブの話。
演奏で間違えた話。
最後の曲で泣きそうになった話。
進学先の話。
本土での不安。
島に残る子の寂しさ。
黒糖プリンを食べたボーカルの少女が、ぽつりと言った。
「島を出ても、絶対帰ってきます」
ギターの青年も頷く。
「この店、なくならないでください。帰ってきた時、またここで集まりたいです」
玲奈は少しだけ目元を緩めた。
「できる限り、開けています」
その言葉に、メンバーたちは大感激した。
「約束ですよ!」
「努力目標です」
「そこは約束って言ってください!」
みうちゃんが笑い、店内に明るい声が広がった。
その光景を見ながら、玲奈はふと自分の青春時代を思い出した。
丹波篠山市の山深い町。
静かな通学路。
冬の冷たい朝。
両親を失ったあと、祖父母のもとで過ごした日々。
玲奈の青春は、彼らほど賑やかではなかった。
軽音バンドも、文化祭の打ち上げも、仲間と涙を流す夜も、あまり縁がなかった。
けれど、だからこそ分かる。
こういう時間は、大人になってから取り戻せない。
だから、壊してはいけない。
きちんと守られた場所で、ちゃんと笑わせてやりたい。
閉店後、片づけを終えたみうちゃんが言った。
「玲奈さん、今日、先生みたいでした」
玲奈はカウンターを拭きながら答える。
「昔、若い子を育てる仕事も少ししていました」
「戦隊ヒロインの時ですか?」
「ええ」
みうちゃんは少し誇らしげに笑った。
「玲奈さんに育てられた人、きっと幸せですね」
玲奈は返事をしなかった。
ただ、少しだけ照れたように目を伏せた。
その夜、誰もいなくなった「しおかぜ」で、玲奈はカウンター端の席を拭いた。
まだ帰らぬ亮介のための席。
「今日は高校生たちの最後の打ち上げをしたわ」
誰もいない席に向かって、静かに報告する。
「青春って、眩しいね。あの子たちを見ていたら、少し羨ましくなった」
外では、南ぬ島の夜風が木製看板を揺らしている。
「でも、帰ってきたい場所があるって言ってくれた。しおかぜも、少しは誰かの記憶に残る店になっているのかもしれない」
玲奈は亮介の席をもう一度だけ丁寧に拭いた。
「あなたが帰ってきた時にも、ここがそういう場所でありますように」
黒糖プリンの甘さが、まだ店の奥に残っていた。
高校生たちの最後の夜は、泡盛ではなく、黒糖プリンで乾杯した。
それは少し健全すぎて、少し可笑しくて、けれど一生忘れられない島の青春だった。




