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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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潮風のベンチで止まった夢――しおかぜ店主、島の青年を叱って励ます

南ぬ島の港には、昼間でもどこか夕方のような場所がある。


船のエンジン音、ロープの軋む音、潮の匂い。観光客が通り過ぎたあと、港のベンチには島の時間だけが残る。


そのベンチに、最近よく座っている青年がいた。


名前は新里航太。二十三歳。漁協で働く、優しいが少し気弱な青年だった。みうちゃんは彼を「航太兄ちゃん」と呼んでいる。


「玲奈さん、航太兄ちゃん、最近ずっと港でぼーっとしてるんです」


閉店後、宮良美海――みうちゃんが心配そうに言った。


「仕事は?」


「行ってると思うんですけど……なんか、魂抜けてるみたいで」


玲奈はカップを拭く手を止めた。


「理由は?」


「同級生が本土に行ったり、那覇で就職したりして。あと、彼女さんも那覇に行っちゃったらしくて。自分だけ島に残ってるみたいで、しんどいって」


玲奈は黙って窓の外を見た。


若い子が、進む道に迷っている。


かつて戦隊ヒロインとして、健全な青少年育成の名目でイベントや現場に立っていた頃、玲奈は似た顔を何度も見てきた。

前に進みたいのに、足が出ない顔。

置いていかれた気がして、わざと立ち止まっている顔。


放っておけなかった。


翌日の定休日、玲奈はみうちゃんを連れて港へ向かった。


航太は、やはりベンチにいた。缶コーヒーを片手に、海を見ている。


玲奈は真正面に立った。


「勤務時間中では?」


航太はびくっとした。


「え、あ、いや……休憩っす」


「本当に?」


「……昼休み延長中っす」


みうちゃんが思わず吹き出した。


「航太兄ちゃん、正直すぎ」


玲奈は容赦なく言った。


「休憩の延長が常態化しているなら、業務姿勢として問題です」


「玲奈さん、いきなり厳しいっすね……」


「厳しい話をしに来ました」


航太は肩を落とした。


「俺、別にサボりたいわけじゃないんです。ただ、なんか……みんな島を出ていくのに、自分だけここで魚の箱運んで、伝票見て、船の手配して。これでいいのかなって」


玲奈は隣に座らなかった。立ったまま海を見た。


「外へ出るのも良い。島に残るのも良い。問題は、自分で決めていない顔をしていることです」


航太は顔を上げた。


「自分で……」


「置いていかれたと思っているうちは、どこにいても苦しいわ。島に残るなら、残る理由を自分で持ちなさい。出るなら、出る準備をしなさい」


航太は苦笑した。


「玲奈さんみたいな人には、分からないっすよ。都会から来て、何でもできそうで、店も持ってて」


みうちゃんが少し慌てた顔をした。


だが玲奈は怒らなかった。


「私も、選べなかった時期があります」


航太が黙る。


「神戸で両親を亡くして、丹波篠山の祖父母の元で暮らしました。周りからは大学へ行ける、もっと別の道があると言われた。でも私は警察官になった」


玲奈の声は静かだった。


「正しい選択だったかどうかは、今でも分かりません。ただ、自分で決めた道だから、後悔を人のせいにはしていない」


航太は驚いたように玲奈を見た。


都会的で、冷たく美しいカフェ店主。

元警察官で、元戦隊ヒロイン。

どこか遠い人のように思っていた玲奈に、そんな過去があったことを知らなかった。


玲奈は続けた。


「港の仕事は、地味かもしれない。でも、島の暮らしを支えている。魚も、荷物も、人も、港が動くから届く。あなたの仕事は、島の血管みたいなものです」


航太は缶コーヒーを見つめた。


「俺、そんなふうに考えたことなかったです」


「考えなさい。サボるなら、夢ではなく怠けです。悩むなら、ちゃんと悩みなさい」


みうちゃんが小声で言う。


「玲奈さん、厳しいけど……優しいですね」


玲奈は少しだけ目を逸らした。


「事実確認です」


数日後、航太は「しおかぜ」にやってきた。


作業着姿だったが、顔つきが少し違っていた。


「玲奈さん。あの日、ありがとうございました」


玲奈は水を置く。


「仕事は?」


「ちゃんとやってます。まだ迷ってますけど……俺、島の港守る仕事、嫌いじゃないっす」


みうちゃんが嬉しそうに笑った。


「航太兄ちゃん、ちょっと顔変わった!」


航太は照れながら、差し入れの島バナナを差し出した。


「初給料じゃないけど、気持ちです」


玲奈は静かに受け取った。


「ありがとうございます」


その日の閉店後、玲奈はカウンター端の席を丁寧に拭いた。

まだ帰らぬ亮介のための席。


外では、夜の港から来る潮風が看板を揺らしていた。


玲奈は誰もいない席へ、少し嬉しそうに呟いた。


「今日は、島の若い子が少し前を向きました」


返事はない。


「港で夢をサボっていた子に、少し厳しいことを言ったの。私らしいでしょう」


玲奈は小さく笑った。


「でもね、ちゃんと戻ってきてくれた。自分の仕事、嫌いじゃないって」


カウンターに置いた島バナナを見て、玲奈の目元が柔らかくなる。


「人って、ほんの少し話を聞いてもらうだけで、また歩けることがあるのね」


そして、亮介の席をもう一度だけ拭いた。


「あなたも、どこかで少しずつ前を向いていますか」


南ぬ島の夜は静かだった。

しおかぜは今日も、誰かが立ち止まるための場所であり、また歩き出すための場所になっていた。

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