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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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黒糖プリンを守った小さな広報官 ――みうちゃん、SNSの海で嘘を見抜く

島カフェ「しおかぜ」の黒糖プリンが、沖縄グルメの小さな賞を取ってから、店の風向きは少し変わった。


それまで「しおかぜ」は、平久保岬へ向かう途中にある、知る人ぞ知る静かなカフェだった。地元のおじい、おばあが昼下がりに集まり、観光客がふらりと迷い込み、玲奈の調書のような注文確認に少し緊張する。そんな店だった。


だが賞を取ってからは、黒糖プリンを目当てに来る客が増えた。


「これが噂の黒糖プリンですか」


「写真で見ました」


「小さな賞って書いてあったけど、めちゃくちゃ評判いいですね」


玲奈は相変わらず淡々と答える。


「ご注文を確認します。黒糖プリン二点、ブレンド二点。以上で相違ありませんか」


初めての客は一瞬固まり、常連のおばあたちは笑う。


「玲奈ちゃん、賞取っても調書さぁ」


そんな穏やかな日々の中、宮良美海――みうちゃんが、珍しく真剣な顔でスマートフォンを握りしめてやってきた。


「玲奈さん、これ……偽物ですよね?」


画面には、見覚えのない販売ページが映っていた。


しおかぜ監修・限定黒糖プリン通販

店主公認

数量限定、先払いのみ


玲奈の目が、一瞬で冷えた。


「完全に偽物です」


声は静かだった。

だが、みうちゃんは知っている。玲奈がこの声になる時は、ただのカフェ店主ではない。元警察官で、警部補まで昇進した人の目になる。


「うちは通販を行っていません。監修もしていません。これは詐欺の可能性が高い」


みうちゃんは息を飲んだ。


「じゃあ、誰かが黒糖プリンの名前を勝手に使ってるんですか?」


「そういうことです」


玲奈はすぐに動いた。


画面を保存する。

投稿日時を確認する。

販売ページのURL、決済先、連絡先、使われている写真、文面の特徴を整理する。

被害が出ていないか、常連や観光協会にも確認を入れる。


みうちゃんは横でぽかんとしていた。


「玲奈さん……完全に警察です」


「現在はカフェ店主です」


「でも目が警察です」


「必要な対応です」


玲奈は関係機関へ通報し、観光協会にも連絡した。

店の公式SNSには、すぐに声明を出した。


島カフェしおかぜは、現在、黒糖プリンの通販・監修販売を一切行っておりません。

不審な販売ページ、先払いを求める投稿にはご注意ください。

ご不明な点は店舗へ直接お問い合わせください。


文章は正確だった。

ただ、少し硬かった。


みうちゃんは画面を覗き込み、遠慮がちに言った。


「玲奈さん、これ、大人には伝わると思います。でも若い人は、長い文章だと読まないかもしれません」


玲奈は眉を少し動かす。


「では、どうするの」


「短い動画で告知しましょう。若い人は動画の方が見ます。偽物に注意って、分かりやすく」


「私は出ません」


即答だった。


みうちゃんは困ったように笑う。


「まだ何も言ってないです」


「顔出しは最小限です」


「でも、玲奈さんが出たら絶対広まりますよ。美人店主が注意喚起って」


「出ません」


頑なだった。


玲奈は、昔から人前に出るのが得意ではない。県警の広告塔にされたことも、カラーガード隊に入れられたことも、戦隊ヒロインとして注目を浴びたことも、必要だからやっただけだった。


今の「しおかぜ」では、静かに店を守りたかった。


すると、みうちゃんがスマートフォンを握りしめたまま、一歩前に出た。


「じゃあ、私が出ます」


玲奈は顔を上げた。


「みうちゃんが?」


「はい。私、しおかぜのアルバイトです。黒糖プリンを運んでます。お客様にも説明できます」


「危険なことはさせません」


「危険じゃないです。注意を呼びかけるだけです」


みうちゃんの声は、いつもの明るさとは違っていた。

少し震えていたが、まっすぐだった。


「私、黒糖プリンを守りたいんです」


玲奈は黙った。


「玲奈さんが大事に作って、おばあたちが喜んで、観光客の人も美味しいって言ってくれて。私も、この店で働けて嬉しくて。だから、偽物に勝手に使われるの、嫌です」


みうちゃんは真剣な目で続けた。


「私にやらせてください。相違ありませんかって、ちゃんと確認しますから」


その一言に、玲奈は少しだけ目元を緩めた。


「……動画の内容は、私が確認します」


「はい!」


「過度に煽らない。断定しすぎない。正確に。店の公式声明へ誘導すること」


「はい!」


「それから、顔が近すぎる撮り方は避けなさい」


「そこもですか?」


「そこもです」


みうちゃんは笑った。


動画は、その日の夕方に撮影された。


「こんにちは。島カフェしおかぜのアルバイト、宮良美海です」


みうちゃんは少し緊張しながらも、明るく話した。


「最近、しおかぜの黒糖プリンの偽物通販が出ています。でも、しおかぜは今、通販をしていません。先払いのページや、店主公認って書いてある投稿は偽物です。見つけたら買わずに、公式のお知らせを確認してください」


最後に、みうちゃんは少しだけ照れて言った。


「黒糖プリンは、お店で食べるのが一番です。以上で、相違ありませんか?」


その締めで、動画は一気に広まった。


常連たちは大喜びした。


「みうちゃん、広報官さぁ!」


「最後の相違ありませんか、最高さぁ!」


若い世代にも届いた。

島の子たちが共有し、観光客も反応し、地域の人たちが注意喚起を広めた。

偽物の販売ページは通報によって停止され、同じような投稿も次々に姿を消していった。


数日後、玲奈は店のカウンターで、みうちゃんに黒糖プリンを一つ出した。


「みうちゃん」


「はい」


「今回、あなたがしおかぜと黒糖プリンを守ってくれました」


みうちゃんは目を丸くした。


「私が、ですか?」


「ええ。初動の報告も、若者向けの発信も的確でした。非常に良い判断です」


みうちゃんは、みるみる顔を赤くした。


「玲奈さんにそんなに褒められると、どうしたらいいか分からないです」


「受け取りなさい」


「はい……嬉しいです」


みうちゃんは黒糖プリンを一口食べた。

嬉しさで泣きそうな顔になりながら、でも笑っていた。


その夜、閉店後の「しおかぜ」は静かだった。


玲奈はカップを洗い、テーブルを拭き、最後にカウンター端の席を丁寧に拭いた。

まだ帰らぬ亮介のための席。


外では、南ぬ島の夜風が木製看板を揺らしている。


玲奈はその席へ向かって、小さく呟いた。


「今日は、みうちゃんが守ってくれたんだ」


返事はない。


「しおかぜと、黒糖プリンを。あの子、いつものんびりしているけど、ちゃんと見ていた。ちゃんと怒って、ちゃんと動いた」


玲奈は少しだけ微笑んだ。


「嘘を見抜くのは、私の役目だと思っていたけど……今は、みうちゃんも一緒に見てくれるのね」


嘘で塗り固めていた男を、玲奈は待っている。

その男がいつか本当の言葉で帰ってくることを、まだ信じている。


だからこそ、今日の出来事は胸に深く残った。


「あなたが帰ってきたら、みうちゃんの動画を見せるわ。きっと笑うと思う。最後に“相違ありませんか”って言うの」


玲奈は亮介の席をもう一度だけ拭いた。


「この店は、少しずつ強くなっているわ。私ひとりじゃなくなったから」


黒糖プリンの甘い香りが、まだ店の奥に残っていた。

小さなカフェの小さな嘘は、島の少女のまっすぐな声で退けられた。


そして「しおかぜ」は明日も開く。

本物の黒糖プリンを出すために。

帰らぬ男の席を守るために。

そして、みうちゃんの明るい声がまた店内に響くために。

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