黒糖プリンを守った小さな広報官 ――みうちゃん、SNSの海で嘘を見抜く
島カフェ「しおかぜ」の黒糖プリンが、沖縄グルメの小さな賞を取ってから、店の風向きは少し変わった。
それまで「しおかぜ」は、平久保岬へ向かう途中にある、知る人ぞ知る静かなカフェだった。地元のおじい、おばあが昼下がりに集まり、観光客がふらりと迷い込み、玲奈の調書のような注文確認に少し緊張する。そんな店だった。
だが賞を取ってからは、黒糖プリンを目当てに来る客が増えた。
「これが噂の黒糖プリンですか」
「写真で見ました」
「小さな賞って書いてあったけど、めちゃくちゃ評判いいですね」
玲奈は相変わらず淡々と答える。
「ご注文を確認します。黒糖プリン二点、ブレンド二点。以上で相違ありませんか」
初めての客は一瞬固まり、常連のおばあたちは笑う。
「玲奈ちゃん、賞取っても調書さぁ」
そんな穏やかな日々の中、宮良美海――みうちゃんが、珍しく真剣な顔でスマートフォンを握りしめてやってきた。
「玲奈さん、これ……偽物ですよね?」
画面には、見覚えのない販売ページが映っていた。
しおかぜ監修・限定黒糖プリン通販
店主公認
数量限定、先払いのみ
玲奈の目が、一瞬で冷えた。
「完全に偽物です」
声は静かだった。
だが、みうちゃんは知っている。玲奈がこの声になる時は、ただのカフェ店主ではない。元警察官で、警部補まで昇進した人の目になる。
「うちは通販を行っていません。監修もしていません。これは詐欺の可能性が高い」
みうちゃんは息を飲んだ。
「じゃあ、誰かが黒糖プリンの名前を勝手に使ってるんですか?」
「そういうことです」
玲奈はすぐに動いた。
画面を保存する。
投稿日時を確認する。
販売ページのURL、決済先、連絡先、使われている写真、文面の特徴を整理する。
被害が出ていないか、常連や観光協会にも確認を入れる。
みうちゃんは横でぽかんとしていた。
「玲奈さん……完全に警察です」
「現在はカフェ店主です」
「でも目が警察です」
「必要な対応です」
玲奈は関係機関へ通報し、観光協会にも連絡した。
店の公式SNSには、すぐに声明を出した。
島カフェしおかぜは、現在、黒糖プリンの通販・監修販売を一切行っておりません。
不審な販売ページ、先払いを求める投稿にはご注意ください。
ご不明な点は店舗へ直接お問い合わせください。
文章は正確だった。
ただ、少し硬かった。
みうちゃんは画面を覗き込み、遠慮がちに言った。
「玲奈さん、これ、大人には伝わると思います。でも若い人は、長い文章だと読まないかもしれません」
玲奈は眉を少し動かす。
「では、どうするの」
「短い動画で告知しましょう。若い人は動画の方が見ます。偽物に注意って、分かりやすく」
「私は出ません」
即答だった。
みうちゃんは困ったように笑う。
「まだ何も言ってないです」
「顔出しは最小限です」
「でも、玲奈さんが出たら絶対広まりますよ。美人店主が注意喚起って」
「出ません」
頑なだった。
玲奈は、昔から人前に出るのが得意ではない。県警の広告塔にされたことも、カラーガード隊に入れられたことも、戦隊ヒロインとして注目を浴びたことも、必要だからやっただけだった。
今の「しおかぜ」では、静かに店を守りたかった。
すると、みうちゃんがスマートフォンを握りしめたまま、一歩前に出た。
「じゃあ、私が出ます」
玲奈は顔を上げた。
「みうちゃんが?」
「はい。私、しおかぜのアルバイトです。黒糖プリンを運んでます。お客様にも説明できます」
「危険なことはさせません」
「危険じゃないです。注意を呼びかけるだけです」
みうちゃんの声は、いつもの明るさとは違っていた。
少し震えていたが、まっすぐだった。
「私、黒糖プリンを守りたいんです」
玲奈は黙った。
「玲奈さんが大事に作って、おばあたちが喜んで、観光客の人も美味しいって言ってくれて。私も、この店で働けて嬉しくて。だから、偽物に勝手に使われるの、嫌です」
みうちゃんは真剣な目で続けた。
「私にやらせてください。相違ありませんかって、ちゃんと確認しますから」
その一言に、玲奈は少しだけ目元を緩めた。
「……動画の内容は、私が確認します」
「はい!」
「過度に煽らない。断定しすぎない。正確に。店の公式声明へ誘導すること」
「はい!」
「それから、顔が近すぎる撮り方は避けなさい」
「そこもですか?」
「そこもです」
みうちゃんは笑った。
動画は、その日の夕方に撮影された。
「こんにちは。島カフェしおかぜのアルバイト、宮良美海です」
みうちゃんは少し緊張しながらも、明るく話した。
「最近、しおかぜの黒糖プリンの偽物通販が出ています。でも、しおかぜは今、通販をしていません。先払いのページや、店主公認って書いてある投稿は偽物です。見つけたら買わずに、公式のお知らせを確認してください」
最後に、みうちゃんは少しだけ照れて言った。
「黒糖プリンは、お店で食べるのが一番です。以上で、相違ありませんか?」
その締めで、動画は一気に広まった。
常連たちは大喜びした。
「みうちゃん、広報官さぁ!」
「最後の相違ありませんか、最高さぁ!」
若い世代にも届いた。
島の子たちが共有し、観光客も反応し、地域の人たちが注意喚起を広めた。
偽物の販売ページは通報によって停止され、同じような投稿も次々に姿を消していった。
数日後、玲奈は店のカウンターで、みうちゃんに黒糖プリンを一つ出した。
「みうちゃん」
「はい」
「今回、あなたがしおかぜと黒糖プリンを守ってくれました」
みうちゃんは目を丸くした。
「私が、ですか?」
「ええ。初動の報告も、若者向けの発信も的確でした。非常に良い判断です」
みうちゃんは、みるみる顔を赤くした。
「玲奈さんにそんなに褒められると、どうしたらいいか分からないです」
「受け取りなさい」
「はい……嬉しいです」
みうちゃんは黒糖プリンを一口食べた。
嬉しさで泣きそうな顔になりながら、でも笑っていた。
その夜、閉店後の「しおかぜ」は静かだった。
玲奈はカップを洗い、テーブルを拭き、最後にカウンター端の席を丁寧に拭いた。
まだ帰らぬ亮介のための席。
外では、南ぬ島の夜風が木製看板を揺らしている。
玲奈はその席へ向かって、小さく呟いた。
「今日は、みうちゃんが守ってくれたんだ」
返事はない。
「しおかぜと、黒糖プリンを。あの子、いつものんびりしているけど、ちゃんと見ていた。ちゃんと怒って、ちゃんと動いた」
玲奈は少しだけ微笑んだ。
「嘘を見抜くのは、私の役目だと思っていたけど……今は、みうちゃんも一緒に見てくれるのね」
嘘で塗り固めていた男を、玲奈は待っている。
その男がいつか本当の言葉で帰ってくることを、まだ信じている。
だからこそ、今日の出来事は胸に深く残った。
「あなたが帰ってきたら、みうちゃんの動画を見せるわ。きっと笑うと思う。最後に“相違ありませんか”って言うの」
玲奈は亮介の席をもう一度だけ拭いた。
「この店は、少しずつ強くなっているわ。私ひとりじゃなくなったから」
黒糖プリンの甘い香りが、まだ店の奥に残っていた。
小さなカフェの小さな嘘は、島の少女のまっすぐな声で退けられた。
そして「しおかぜ」は明日も開く。
本物の黒糖プリンを出すために。
帰らぬ男の席を守るために。
そして、みうちゃんの明るい声がまた店内に響くために。




