島野菜は軽トラに乗って消えた ――みうちゃん、しおかぜ初めての聞き込み任務
朝の「しおかぜ」は、黒糖プリンの甘い匂いと、深煎りコーヒーの苦い香りで始まる。
宮良美海――みうちゃんは、まだ少し眠そうな顔でテーブルを拭いていた。繁忙日だけのアルバイトだったが、今ではすっかり店の顔である。
「ご注文を確認します。以上で相違ありませんか?」
その明るい声は、黒糖プリンに次ぐ名物になっていた。
その朝、常連のおじいが血相を変えて飛び込んできた。
「玲奈ちゃん、大変さぁ。直売所に出す島野菜の箱が消えたさぁ」
玲奈はコーヒーミルを止めた。
「消えた?」
「ゴーヤー、島らっきょう、オクラ、ナス……朝出す分を軽トラの横に置いてたんよ。ちょっと目を離したら、三箱なくなってるさぁ」
おじいは困り果てていた。
盗まれたのか、積み間違いなのかも分からない。だが今日の直売所に出す分で、もうすぐ業者も来るという。
玲奈の目が、静かに鋭くなった。
みうちゃんは、その目を見て背筋を伸ばした。
この人は、ただのカフェ店主ではない。
元警察官で、戦隊ヒロインだったらしい。詳しいことは知らない。けれど、何かあると玲奈の空気は一瞬で変わる。
「まず確認します。最後に箱を見た時刻、置き場所、箱の特徴、関係者、軽トラの出入り。順番に整理しましょう」
おじいが目を丸くする。
「玲奈ちゃん、もう警察さぁ」
玲奈は即答した。
「現在はカフェ店主です」
みうちゃんが小声で言う。
「でも完全に警察です……」
玲奈は伝票の裏に時系列を書き出した。
朝七時十分、箱を三つ準備。
七時二十分、おじいが倉庫へ戻る。
七時三十分、箱がなくなっている。
その間に直売所へ出入りした軽トラが二台。
玲奈はすぐに指示を出した。
「みうちゃん。直売所のおばあたちに、誰が何時に来たか聞いてきて。責めるように聞かないこと。困っているから教えてほしい、という言い方で」
「えっ、私がですか?」
「あなたの方が島の人から話を聞きやすい」
「聞き込み……ですか?」
「情報確認です」
みうちゃんは一瞬おろおろしたが、困っているおじいの顔を見て、きゅっと口を結んだ。
「行ってきます!」
いつものんびりしたみうちゃんが、珍しく駆け出した。
直売所では、みうちゃんの人懐っこさが効いた。
「おばあ、今朝の軽トラ、誰が来てたか覚えてる?」
「みうちゃん、どうしたのさぁ」
「おじいの野菜が見当たらないの。盗まれたとかじゃなくて、間違いかもしれないから、確認したくて」
その柔らかい聞き方に、おばあたちは次々と思い出してくれた。
「新城さんの軽トラが来てたさぁ」
「あと、金城さんとこの若いのも来てたねえ」
「箱、似てたよ。青いテープ貼ってるやつ」
みうちゃんはスマホにメモを取りながら、何度も確認した。
「七時二十五分くらい? 相違ありませんか?」
おばあたちは笑った。
「みうちゃん、こんな時まで調書さぁ」
その頃、玲奈はおじいと一緒に軽トラの出入りを確認していた。
タイヤの泥、箱を置いた場所、直売所の納品表。盗難にしては動きが雑すぎる。むしろ、誰かが自分の荷物と間違えて積んだ可能性が高かった。
みうちゃんが戻ってきた。
「玲奈さん、新城さんの軽トラが怪しい……じゃなくて、可能性が高いです。青いテープの箱を積んだって話がありました」
「よく聞けました」
玲奈は短く褒めた。
みうちゃんの顔がぱっと明るくなる。
すぐに新城家へ連絡を取ると、案の定、箱はそこにあった。
新城さんは自分の野菜箱だと思い込んで積み、隣町の市へ出す直前だったという。
「すまん、すまん! 箱が似てたからよぉ!」
おじいは胸を撫で下ろした。
「よかったさぁ……盗まれたんじゃなくて、本当によかった」
無事に戻ってきた島野菜の箱を見て、みうちゃんもほっとした。
ゴーヤーも、島らっきょうも、オクラも、ナスも、朝の光の中で瑞々しく光っている。
おじいは「しおかぜ」に戻ると、玲奈とみうちゃんに深々と頭を下げた。
「玲奈ちゃん、みうちゃん、本当にありがとう。二人がおらんかったら、今日は直売所に出せんところだったさぁ」
玲奈は静かに言った。
「無事に見つかって何よりです」
みうちゃんも胸を張る。
「聞き込み、頑張りました!」
おばあが横から笑う。
「玲奈ちゃんとみうちゃん、島の特捜班さぁ」
玲奈は即答した。
「カフェ店主とアルバイトです」
みうちゃんも続ける。
「以上で相違ありません!」
店内に笑いが広がった。
その日の黒糖プリンは、いつもより少し甘く感じた。
閉店後、誰もいなくなった「しおかぜ」で、玲奈はカウンター端の席を丁寧に拭いた。
まだ帰らぬ亮介のために空けている席。
外では南ぬ島の夜風が、木製看板を小さく揺らしている。
玲奈はその席へ向かって、神戸訛りの混じった声でそっと呟いた。
「今日は島野菜の箱が消えてな。まあ、ただの積み間違いやったんやけど……困ってる人を見たら、やっぱり私は動いてしまうんやね」
少しだけ笑う。
「やっぱり私は、警察官で戦隊ヒロインなのだよね。事件があると、つい動いてしまうんや」
玲奈は椅子の背に手を置いた。
「けど、みうちゃんもようやってくれはったわ。いつものんびりやけど、あの子、島の人の懐に入るのが上手いんよ」
返事はない。
けれど玲奈は、どこか満足そうだった。
「私ひとりやったら、あんなふうには聞かれへんかったかもしれん。あの子には、あの子の力があるんやね」
黒糖プリンの甘い香りが、まだ店の奥に残っている。
玲奈は亮介の席をもう一度だけ拭いた。
「あなたが帰ってきたら、みうちゃんの話をするわ。しおかぜには、島の小さな相棒ができたんよ」
南ぬ島の夜は静かだった。
小さな事件は、小さな笑顔に変わった。
そして「しおかぜ」は、明日もまた店を開ける。
困っている誰かが扉を開けてもいいように。
帰ってくる誰かの席を、今日と同じように空けておくために。




