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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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島野菜は軽トラに乗って消えた ――みうちゃん、しおかぜ初めての聞き込み任務

朝の「しおかぜ」は、黒糖プリンの甘い匂いと、深煎りコーヒーの苦い香りで始まる。


宮良美海――みうちゃんは、まだ少し眠そうな顔でテーブルを拭いていた。繁忙日だけのアルバイトだったが、今ではすっかり店の顔である。


「ご注文を確認します。以上で相違ありませんか?」


その明るい声は、黒糖プリンに次ぐ名物になっていた。


その朝、常連のおじいが血相を変えて飛び込んできた。


「玲奈ちゃん、大変さぁ。直売所に出す島野菜の箱が消えたさぁ」


玲奈はコーヒーミルを止めた。


「消えた?」


「ゴーヤー、島らっきょう、オクラ、ナス……朝出す分を軽トラの横に置いてたんよ。ちょっと目を離したら、三箱なくなってるさぁ」


おじいは困り果てていた。

盗まれたのか、積み間違いなのかも分からない。だが今日の直売所に出す分で、もうすぐ業者も来るという。


玲奈の目が、静かに鋭くなった。


みうちゃんは、その目を見て背筋を伸ばした。


この人は、ただのカフェ店主ではない。

元警察官で、戦隊ヒロインだったらしい。詳しいことは知らない。けれど、何かあると玲奈の空気は一瞬で変わる。


「まず確認します。最後に箱を見た時刻、置き場所、箱の特徴、関係者、軽トラの出入り。順番に整理しましょう」


おじいが目を丸くする。


「玲奈ちゃん、もう警察さぁ」


玲奈は即答した。


「現在はカフェ店主です」


みうちゃんが小声で言う。


「でも完全に警察です……」


玲奈は伝票の裏に時系列を書き出した。

朝七時十分、箱を三つ準備。

七時二十分、おじいが倉庫へ戻る。

七時三十分、箱がなくなっている。

その間に直売所へ出入りした軽トラが二台。


玲奈はすぐに指示を出した。


「みうちゃん。直売所のおばあたちに、誰が何時に来たか聞いてきて。責めるように聞かないこと。困っているから教えてほしい、という言い方で」


「えっ、私がですか?」


「あなたの方が島の人から話を聞きやすい」


「聞き込み……ですか?」


「情報確認です」


みうちゃんは一瞬おろおろしたが、困っているおじいの顔を見て、きゅっと口を結んだ。


「行ってきます!」


いつものんびりしたみうちゃんが、珍しく駆け出した。


直売所では、みうちゃんの人懐っこさが効いた。


「おばあ、今朝の軽トラ、誰が来てたか覚えてる?」


「みうちゃん、どうしたのさぁ」


「おじいの野菜が見当たらないの。盗まれたとかじゃなくて、間違いかもしれないから、確認したくて」


その柔らかい聞き方に、おばあたちは次々と思い出してくれた。


「新城さんの軽トラが来てたさぁ」

「あと、金城さんとこの若いのも来てたねえ」

「箱、似てたよ。青いテープ貼ってるやつ」


みうちゃんはスマホにメモを取りながら、何度も確認した。


「七時二十五分くらい? 相違ありませんか?」


おばあたちは笑った。


「みうちゃん、こんな時まで調書さぁ」


その頃、玲奈はおじいと一緒に軽トラの出入りを確認していた。

タイヤの泥、箱を置いた場所、直売所の納品表。盗難にしては動きが雑すぎる。むしろ、誰かが自分の荷物と間違えて積んだ可能性が高かった。


みうちゃんが戻ってきた。


「玲奈さん、新城さんの軽トラが怪しい……じゃなくて、可能性が高いです。青いテープの箱を積んだって話がありました」


「よく聞けました」


玲奈は短く褒めた。


みうちゃんの顔がぱっと明るくなる。


すぐに新城家へ連絡を取ると、案の定、箱はそこにあった。

新城さんは自分の野菜箱だと思い込んで積み、隣町の市へ出す直前だったという。


「すまん、すまん! 箱が似てたからよぉ!」


おじいは胸を撫で下ろした。


「よかったさぁ……盗まれたんじゃなくて、本当によかった」


無事に戻ってきた島野菜の箱を見て、みうちゃんもほっとした。

ゴーヤーも、島らっきょうも、オクラも、ナスも、朝の光の中で瑞々しく光っている。


おじいは「しおかぜ」に戻ると、玲奈とみうちゃんに深々と頭を下げた。


「玲奈ちゃん、みうちゃん、本当にありがとう。二人がおらんかったら、今日は直売所に出せんところだったさぁ」


玲奈は静かに言った。


「無事に見つかって何よりです」


みうちゃんも胸を張る。


「聞き込み、頑張りました!」


おばあが横から笑う。


「玲奈ちゃんとみうちゃん、島の特捜班さぁ」


玲奈は即答した。


「カフェ店主とアルバイトです」


みうちゃんも続ける。


「以上で相違ありません!」


店内に笑いが広がった。


その日の黒糖プリンは、いつもより少し甘く感じた。


閉店後、誰もいなくなった「しおかぜ」で、玲奈はカウンター端の席を丁寧に拭いた。

まだ帰らぬ亮介のために空けている席。


外では南ぬ島の夜風が、木製看板を小さく揺らしている。


玲奈はその席へ向かって、神戸訛りの混じった声でそっと呟いた。


「今日は島野菜の箱が消えてな。まあ、ただの積み間違いやったんやけど……困ってる人を見たら、やっぱり私は動いてしまうんやね」


少しだけ笑う。


「やっぱり私は、警察官で戦隊ヒロインなのだよね。事件があると、つい動いてしまうんや」


玲奈は椅子の背に手を置いた。


「けど、みうちゃんもようやってくれはったわ。いつものんびりやけど、あの子、島の人の懐に入るのが上手いんよ」


返事はない。


けれど玲奈は、どこか満足そうだった。


「私ひとりやったら、あんなふうには聞かれへんかったかもしれん。あの子には、あの子の力があるんやね」


黒糖プリンの甘い香りが、まだ店の奥に残っている。


玲奈は亮介の席をもう一度だけ拭いた。


「あなたが帰ってきたら、みうちゃんの話をするわ。しおかぜには、島の小さな相棒ができたんよ」


南ぬ島の夜は静かだった。

小さな事件は、小さな笑顔に変わった。


そして「しおかぜ」は、明日もまた店を開ける。

困っている誰かが扉を開けてもいいように。

帰ってくる誰かの席を、今日と同じように空けておくために。

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