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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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晩冬のしおかぜに、都会の風が三人分吹いた ――みうちゃん、洗練された女性たちに見とれる

石垣の晩冬は、やさしい。


本土の冬のように肩をすくめる寒さはない。けれど、真夏の熱気は遠ざかり、海からの風には少しだけ透明な冷たさが混じる。空は高く、雲は軽く、観光客の数も落ち着いている。島の人たちは、この季節をよく知っていた。


「ほんとは今くらいが一番ええさぁ。暑すぎんし、空も海もきれいさぁ」


平久保岬へ向かう幹線道路沿いの島カフェ「しおかぜ」も、その晩冬の静けさの中にあった。


白い壁。

木製の看板。

入口で鳴る貝殻飾り。

カウンターには、深煎りコーヒーの香りと黒糖プリンの甘い匂い。


玲奈はいつものようにカップを磨き、宮良美海――みうちゃんはテーブルを拭いていた。


「玲奈さん、今日は予約ありましたっけ?」


「午後に三名。知人です」


「知人?」


「元戦隊ヒロインの後輩」


みうちゃんの目が輝いた。


「また都会の美人さんですか?」


玲奈は少し考えた。


「……かなり鋭い美人ね」


「鋭い美人」


みうちゃんは、その言葉だけで少し背筋を伸ばした。


午後、店の扉が開いた。


最初に入ってきたのは、西川彩香だった。


黒髪をすっきりまとめ、品のある淡い色のブラウスに、細身のパンツ。派手ではないのに、視線を引く。目元は涼しく、姿勢はまっすぐで、玲奈とはまた違う冷たさと強さを持っていた。


その後ろから、二人の女性が入ってきた。


どちらも彩香と同じ関西の名門私大時代の友人らしかった。

一人は柔らかな巻き髪に上品なワンピース、もう一人はシンプルなジャケット姿で、都会的で知的な雰囲気がある。三人並ぶと、石垣の小さなカフェに、三宮か西宮あたりの洗練された空気がそのまま流れ込んできたようだった。


みうちゃんは、水を持ったまま固まった。


「……きれい」


小さく漏れた声を、玲奈は聞き逃さなかった。


彩香は店内を見渡し、静かに息を吐いた。


「玲奈さん……ここ、本当にいい店ですね」


玲奈はいつもの調子で答える。


「褒めすぎです」


「いいえ。派手じゃないのに、全部に芯があります。玲奈さんの店です」


友人の一人が、レジ横のハンドメイド雑貨を手に取った。


「これも手作りですか? すごく可愛い。大人っぽいのに、島らしさがありますね」


もう一人も頷く。


「観光地のお土産というより、ちゃんと暮らしの中から出てきた感じがします」


玲奈は少しだけ目を伏せた。


「ありがとうございます」


彩香はその様子を見て、どこか誇らしげだった。

まるで、自分の尊敬する人を友人たちに紹介できたことが嬉しいように。


みうちゃんが水を運ぶ。


「い、いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、お呼びください」


彩香は、みうちゃんを見て少し笑った。


「あなたが、みうちゃん?」


「はい! 宮良美海です!」


「玲奈さんから聞いてます。しおかぜの大事な戦力やって」


みうちゃんは顔を真っ赤にした。


「玲奈さん、そんなこと言ってたんですか?」


玲奈はカウンターの奥で答える。


「業務評価として妥当です」


彩香の友人二人が笑う。


「玲奈さんらしい言い方ですね」


みうちゃんは、三人を見つめていた。


都会的で、落ち着いていて、服も髪も言葉遣いも洗練されている。

けれど、気取ってはいない。笑う時は自然で、店の空気を乱さず、玲奈への敬意もある。


みうちゃんの中で、都会への憧れがまたひとつ形になった。


「やっぱり……神戸とか、その辺りの人って美人が多いんですね」


彩香は少し照れたように笑う。


「ウチは姫路やから、神戸とはちょっと離れてるけどな」


友人の一人が茶化す。


「彩香、照れてる」


もう一人も笑う。


「珍しい。いつもそんな顔しないのに」


彩香は少しだけ眉を寄せる。


「余計なこと言わんでええ」


みうちゃんはそのやり取りまで眩しそうに見ていた。


玲奈は伝票を持って席へ向かう。


「ご注文は」


彩香が言う。


「ブレンド三つと、黒糖プリン三つでお願いします」


その瞬間、みうちゃんが一歩前に出た。


「ご注文を確認します。ブレンド三点、黒糖プリン三点。食後の追加注文は現時点では不要。以上で相違ありませんか?」


三人は一瞬、固まった。


それから彩香が吹き出した。


「玲奈さん……この子にも仕込んだんですか」


玲奈は真顔で答える。


「確認は重要です」


みうちゃんも胸を張る。


「確認は重要です!」


友人二人は笑いながら頷いた。


「相違ありません」


「完璧です」


カウンターの常連のおばあが満足そうに言う。


「みうちゃん、今日も調書さぁ」


店内に、あたたかな笑いが広がった。


黒糖プリンを食べた三人は、そろって表情を和らげた。


「美味しい……」


彩香が静かに言う。


「玲奈さんが、ここでちゃんと生きてる味がします」


その言葉に、玲奈は返事をしなかった。

けれど、ほんの少しだけ目元が柔らかくなった。


三人は神戸や姫路の話、大学時代の話、旅行の話をした。

みうちゃんは仕事の合間に耳を傾け、時々たまらず質問した。


「電車って、乗り換え難しいですか?」


「最初は難しいけど、案内見たら大丈夫」


「姫路城って本当に白いんですか?」


「ほんまに白いよ。階段は結構しんどいけど」


「都会の女の人って、みんなそんなに服が上手なんですか?」


友人の一人が優しく笑った。


「最初から上手な人ばかりじゃないよ。失敗しながら覚えるの」


彩香も頷く。


「みうちゃんは、そのままでええと思う。島の明るさがあるから」


みうちゃんは、胸の奥が少し熱くなった。


憧れている相手から「そのままでいい」と言われることは、思っていたより嬉しかった。


帰り際、彩香は玲奈と少しだけ目を合わせた。


「玲奈さん。また来ます」


「お待ちしています」


深い話はしなかった。

けれど、それだけで十分だった。


彩香は次に、みうちゃんへ向き直る。


「みうちゃん、またな。神戸、楽しんできてな」


「はい! 姫路も行きたいです!」


「なら、姫路城も予定に入れとき。歩きやすい靴でな」


「分かりました!」


彩香は少し笑って、友人二人とともに晩冬の島風の中へ出ていった。


扉が閉まっても、みうちゃんはしばらくその場に立っていた。


「玲奈さん……彩香さんたち、すごく綺麗でした」


「そうね」


「都会の人って感じでした。でも、冷たくなくて、かっこよくて、優しくて」


玲奈はカップを拭きながら言う。


「彩香は努力の人よ。見た目だけじゃない」


「玲奈さんも、彩香さんも、かっこいいです」


「過大評価です」


「過小評価です」


みうちゃんは、少しだけ大人びた顔で笑った。


「私、本土に行ったら、あんなふうになれますかね」


玲奈は少し考え、静かに答えた。


「みうちゃんは、みうちゃんのままでいいわ。ただ、見たいものは自分の目で見てきなさい」


その夜、閉店後。


玲奈はいつものように、カウンター端の席を丁寧に拭いた。

まだ帰らぬ亮介のための席。


外では、晩冬の石垣の風が看板を揺らしている。


玲奈は小さく呟いた。


「今日は彩香が来たわ。友人を二人連れて」


返事はない。


「相変わらず真面目で、少し不器用で、でも優しい子だった。みうちゃんは、また都会に憧れを強くしたみたい」


玲奈は少しだけ笑う。


「この店にいると、みんな少しずつ次の場所へ向かっていくのね」


そして、誰も座っていない席をもう一度だけ拭いた。


「あなたも、いつかここへ向かってきてくれるといいのだけど」


晩冬の「しおかぜ」は静かだった。

けれどその静けさの中には、再会の余韻と、少女の憧れと、まだ帰らぬ男を待つ小さな灯りが残っていた。

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