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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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島のアルバイト娘、調書を取る ――黒糖プリン受賞後、しおかぜに小さな後輩ができた日

黒糖プリンが沖縄グルメの小さな企画で賞を取ってから、島カフェ「しおかぜ」の客足は、目に見えて増えていた。


大きな行列ができるほどではない。けれど、平久保岬へ向かうレンタカー客が、昼前にふらりと立ち寄る。観光情報誌を片手にした夫婦が、「ここですよね」と扉を開ける。地元のおじい、おばあも、どこか誇らしげに黒糖プリンを頼む。


玲奈は相変わらず、一人で店を切り盛りしていた。


コーヒーを淹れ、黒糖プリンを出し、軽食を作り、会計をし、空いた席を拭く。手際はいい。無駄もない。だが、土日や連休になると、さすがに一人では厳しい日が出てきた。


そんなある午後、常連のおばあが黒糖プリンを食べながら言った。


「玲奈ちゃん、うちの孫娘、週末だけアルバイトにどうね?」


玲奈は水差しを持ったまま止まった。


「アルバイトですか」


「高校生さぁ。名前は美海。宮良美海。島の子らしくのんびりしてるけど、ええ子よ。人見知りせんし、ちゃんと挨拶できるさぁ」


「飲食店経験は?」


「ないさぁ」


玲奈は少し考えた。


繁忙日だけでも手があれば助かる。

ただし、接客を任せるなら教える責任がある。


「繁忙日の補助としてなら、お願いできます」


おばあは嬉しそうに笑った。


「よかったさぁ。美海も、玲奈ちゃんの店ならやってみたいって言ってたよ」


数日後、宮良美海が「しおかぜ」にやってきた。


長い髪を後ろでゆるくまとめた、明るい目をした高校生だった。島の娘らしい日焼けした頬に、どこかのんびりした空気がある。制服姿で、少し緊張しながらも、きちんと頭を下げた。


「宮良美海です。よろしくお願いします」


玲奈は静かに頷いた。


「岡本玲奈です。よろしくお願いします」


美海は目をぱちぱちさせた。


「玲奈さん、知ってます。おばあがいつも、怖いけど優しいって言ってます」


「怖い、は不要な情報です」


カウンター席のおばあが吹き出した。


「ほんとのことさぁ」


研修は、まず基本から始まった。


水の出し方。

グラスの持ち方。

注文の聞き方。

伝票の書き方。

黒糖プリンの扱い。

客席の拭き方。

他の客を映す写真撮影を避ける注意。

入口近くの段差に気をつけること。


玲奈の教え方は、丁寧だった。

だが、少し硬かった。


「注文を取る時は、曖昧にしないこと。数量、温冷、提供順、追加注文の有無を確認します」


「はい」


「復唱は必ず行います」


「はい」


「確認は重要です」


「はいっ」


美海は真面目にメモを取った。


そして、初めて観光客の席へ注文を取りに行った。


若い夫婦が、黒糖プリンとアイスコーヒーを頼む。

美海は緊張しながら、玲奈に教えられた通りに背筋を伸ばした。


「ご注文を確認します。黒糖プリン二点、アイスコーヒー二点。食後の追加注文は現時点では不要。以上で相違ありませんか」


観光客夫婦は、ぽかんとした。


「あ、はい……相違ないです」


カウンターの常連たちは、肩を震わせていた。


おばあが小声で言う。


「増えたさぁ」


おじいも新聞を下ろす。


「調書が二人体制になったさぁ」


玲奈はカウンターの中で、真顔のまま頷いた。


「適切な復唱です」


「そこ褒めるんかいな」


常連たちは大笑いした。


美海は戻ってきて、不安そうに尋ねた。


「玲奈さん、私、変でしたか?」


玲奈は淡々と答える。


「正確でした」


「でも、お客さん固まってました」


「初回接触ではよくあります」


「よくあるんですか?」


「あります」


常連のおばあが笑いすぎて、黒糖プリンのスプーンを落としそうになった。


それ以来、美海の注文取りは「しおかぜ」の新たな名物になった。


可愛らしい島の女子高生が、にこにこと水を出したあと、突然きっちりした調書のような注文確認をする。観光客は一瞬固まり、常連は待ってましたとばかりに笑う。


「ご注文を確認します。ブレンド一点、黒糖プリン一点、島野菜サンド一点。以上で相違ありませんか」


「え、あ、はい」


「相違ないって言いなさいさぁ」


おばあが横から茶々を入れる。


美海は照れながらも、少しずつ自信をつけていった。


最初は皿を置く手が震えていた。

会計で釣り銭を間違えそうになった。

黒糖プリンの皿を持つ時、緊張しすぎて歩幅が小さくなった。


玲奈は叱る時もあった。


「焦ると確認が抜けます」


「はい」


「失敗したら、まず原因を確認します。落ち込むのはその後で十分です」


「はい」


「ただし、同じ失敗を三回繰り返すのは改善不足です」


「厳しいです」


「必要な指導です」


それでも玲奈は、失敗の後には必ずフォローした。

客に謝る時は隣に立ち、会計を修正する時は一緒に確認し、閉店後には美海の良かった点も必ず一つ伝えた。


「今日は水を出すタイミングが良かった」


「本当ですか?」


「本当です」


「玲奈さんに褒められると、なんか通知表みたいで嬉しいです」


玲奈は少しだけ目を伏せた。


その姿を見ていると、遠い昔を思い出した。


戦隊ヒロイン時代。

そして、そこから派生した隠密活動の現場で、玲奈は若いヒロインたちを指導していた。


突っ走るあかり。

頼りなかった麻衣。

静かすぎた美咲。

能力はあるのに危なっかしい若い子たち。


叱った。

止めた。

時には突き放した。

けれど、本当は一人ひとりを見ていた。


美海に皿の置き方を教えながら、玲奈はふと麻衣が初めて現場で前に出た日のことを思い出した。

伝票の書き方を直しながら、あかりに何度も同じ指示を出した日のことを思い出した。


ずいぶん遠くまで来たものだと思った。


神戸から石垣へ。

警察官からカフェ店主へ。

ボスから、島の高校生のアルバイト指導係へ。


けれど、人を育てる時の緊張と、少しの楽しさは、変わっていなかった。


ある夕方、美海が帰る前に言った。


「玲奈さん、私、将来どうするかまだ決めてないんです。でも、ここで働いてると、ちゃんと働くってかっこいいなって思います」


玲奈はカップを拭く手を止めた。


「そう思えたなら、良い経験です」


「玲奈さんみたいには、なれないと思うけど」


「私みたいになる必要はありません」


美海が顔を上げる。


「あなたは、あなたの仕事の仕方を見つければいい」


美海は少し照れて笑った。


「はい」


閉店後、玲奈はいつものようにカウンター端の席を拭いた。

まだ帰らぬ亮介のために空けている席。


外では、南ぬ島の夜風が木製看板を揺らしていた。


玲奈はその席に向かって、小さく呟いた。


「今日は、美海が初めて一人で会計までできたわ」


返事はない。


「注文取りは、私に似すぎたかもしれないけど」


玲奈は少しだけ笑った。


「私、人を育てるのは向いていないと思っていたけど、案外嫌いじゃないみたい」


その声は、どこか懐かしそうだった。


あかりや麻衣たちを育てた日々。

そして今、島の高校生に水の出し方を教える日々。


形は違っても、誰かの未来に少し関わることは、悪くなかった。


「あなたが帰ってきたら、きっと驚くわよ。しおかぜには、調書を取れる女子高生がいるの」


玲奈は亮介の席をもう一度だけ丁寧に拭いた。


島カフェ「しおかぜ」は、また少し賑やかになった。

黒糖プリンと深煎りコーヒーの店。

帰らぬ男の席がある店。

そして、島の若い娘が少しずつ大人になっていく店。


明日も、美海はきっと元気に言うだろう。


「ご注文を確認します」


そのたびに、観光客はぽかんとし、常連は笑い、玲奈は少しだけ誇らしくなる。

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