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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第2章 しおかぜは、まだ帰らぬ男を待っている

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瓜二つの夏、黒糖プリンは同じ顔で笑う ――迫田ツインズ、しおかぜに一週間差で現れる

玲奈が南ぬ島・石垣に島カフェ「しおかぜ」を開いて、二年以上が過ぎていた。


平久保岬へ向かう幹線道路沿いの小さな白い店は、もう島の日常に溶け込んでいた。昼下がりには地元のおじいが新聞を読み、おばあたちが黒糖プリンを分け合う。観光客は海風に押されるように扉を開け、玲奈は相変わらず、調書のような注文確認で初めての客を少し緊張させていた。


その夏の午後、涼しげなワンピース姿の若い女性たちが、明るい笑い声とともに「しおかぜ」に入ってきた。


玲奈は水を用意しながら、先頭の女性を見て一瞬だけ目を細めた。


見覚えのある顔だった。

いや、見覚えがありすぎる顔だった。


「澄香?」


その女性は、少しだけ拗ねたように笑った。


「澪香ですよ、玲奈さん」


カウンター席の常連のおばあが、すぐに反応する。


「玲奈ちゃん、間違えたさぁ」


玲奈は表情を崩さずに言った。


「識別情報が不足していました」


迫田澪香。

宮崎県都城市出身の一卵性双子、迫田ツインズの片割れ。かつて戦隊ヒロインとして活動し、隠密任務では瓜二つの容姿を生かして、潜入や撹乱で何度も玲奈を支えた。華やかな美貌と、見分けのつかなさ。それは時に武器であり、時に玲奈の頭痛の種でもあった。


澪香は都内の会社の同僚たちと、夏休みのバカンスで石垣に来たのだという。


「やっぱり海が綺麗ですね。東京にいると、こういう青さって忘れます」


玲奈は黒糖プリンとアイスコーヒーを運ぶ。


「ご注文を確認します。黒糖プリン四点、アイスコーヒー四点。以上で相違ありませんか」


澪香の同僚たちは一瞬だけ背筋を伸ばした。

澪香は慣れた様子で笑う。


「玲奈さん、変わらないですね」


「確認は重要です」


黒糖プリンを一口食べた澪香は、目を細めた。


「美味しい……幸せ」


友人たちも声を上げる。

石垣黒糖の深い甘さと、やや苦いカラメル。玲奈が霧笛から受け継ぎ、この島で育てた味だった。


澪香は、少し真面目な顔になった。


「大学を卒業して、戦隊ヒロインも卒業しました。私は東京で就職します。澄香は大阪です。ずっと一緒に見られてきたけど、これからは別々の場所で頑張ろうって」


玲奈は静かに頷いた。


「いいことね」


「戦隊ヒロイン時代、玲奈さんには感謝してもしきれません。隠密活動では本当に良くしていただきました。普通の学生では絶対にできない経験をたくさんさせてもらいました」


澪香の声は穏やかだった。


「厳しいことも多かったです。でも、やりがいがありました。楽しかったです。あの経験は、これから若い人たちに還元したいと思っています。健全な青少年育成の理念は、卒業しても忘れません」


玲奈は、ほんの少し目元を緩めた。


「あなたたちなら、大丈夫」


澪香は嬉しそうに笑い、友人たちと黒糖プリンを食べ終えると、夏の海へ戻っていった。


それから一週間後。


「しおかぜ」の扉が開いた。


玲奈は顔を上げ、動きを止めた。


また、同じ顔がいた。


今度は若い男性を連れている。

店内の常連たちも、さすがにざわついた。


「玲奈ちゃん、先週も来てなかったかね?」


「いや、同じ顔の別の子さぁ?」


「でも、同じ顔すぎるさぁ」


玲奈は慎重に言った。


「澪香?」


女性は上品に微笑む。


「澄香です」


玲奈は一拍置いた。


「……失礼しました」


常連のおばあは、黒糖プリンのスプーンを持ったまま肩を震わせた。


「玲奈ちゃん、また間違えたさぁ」


玲奈は淡々と返す。


「今回は同伴者情報が異なっていましたが、判断材料が不足しました」


迫田澄香は、男性と席についた。


そして、驚くほど澪香と同じ話を始めた。


大学卒業後、戦隊ヒロインも卒業したこと。

澪香は東京へ、自分は大阪へ就職すること。

ずっと同じに見られてきたけれど、これからは別々の道で頑張ること。

戦隊ヒロイン時代、玲奈に本当に世話になったこと。

隠密活動での経験は厳しかったが、貴重で、やりがいがあって、楽しかったこと。

健全な青少年育成の理念は、卒業しても忘れないこと。


玲奈は途中から、妙な既視感に包まれていた。


語順まで似ている。

カップを持つ角度も似ている。

黒糖プリンを見る時の表情も同じ。

しかも、澄香は一口食べるなり、澪香とまったく同じように目を細めた。


「美味しい……幸せ」


玲奈は、ついに噴き出した。


ほんの一瞬だった。

けれど、確かに笑った。


店内が静まる。


おばあが目を丸くした。


「玲奈ちゃんが笑ったさぁ!」


おじいも新聞を畳む。


「これは事件さぁ」


澄香はきょとんとして、それから楽しそうに笑った。


「玲奈さん、もしかして澪香も同じこと言いました?」


玲奈は少しだけ視線を逸らした。


「……かなり類似していました」


澄香の恋人も笑い、常連たちも笑った。

「しおかぜ」の午後は、夏らしい明るさに包まれた。


玲奈は思った。


別々の街へ行く。

別々の会社に入る。

違う人生を選ぶ。


それでも、澪香と澄香は迫田ツインズなのだ。

同じ顔で笑い、同じ声で懐かしい話をして、同じ黒糖プリンに同じ幸せを見つける。


けれど、それは二人が同じ人間だという意味ではない。


同じように見えても、それぞれが自分の道を選び始めている。

それが玲奈には、少し嬉しかった。


閉店後、「しおかぜ」は静けさを取り戻した。


玲奈はカップを洗い、テーブルを拭き、最後にカウンター端の席を丁寧に拭いた。

まだ帰らぬ亮介のために空けている席。


外では、石垣の夜風が木製看板を揺らしていた。


玲奈は、その席へ向かって小さく呟いた。


「今日は澪香……じゃなくて、澄香が来たわ。一週間前には澪香も来た」


返事はない。


「二人とも別々の道を歩くって言っていた。でも、黒糖プリンを食べた反応まで同じだった」


玲奈は思い出して、ほんの少し笑った。


「ツインズは、いつまで経ってもツインズなのね」


少し間を置き、声をやわらげる。


「でも、同じ顔でも、ちゃんと別々の人生を選んでいる。あなたと私も、遠く離れて別々の時間を過ごしているけれど……いつか同じ店で、同じプリンを食べられる日が来るのかしら」


夜の「しおかぜ」に、黒糖の甘い香りが残っていた。


玲奈は亮介の席をもう一度だけ拭いた。


「その時、あなたが“美味しい、幸せ”なんて言ったら……少し笑ってしまうかもしれないわ」


南ぬ島の夏は、静かに更けていく。


瓜二つの笑顔が一週間差で訪れた午後は、玲奈の胸に、懐かしい任務の日々と、これから別々に歩いていく若い二人の未来を残していった。

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